10.悪魔の力の使い道_02

 遠くからプレクトの名前を呼ぶ女性の声が聞こえてくる。アタシの悪魔化した聴覚はそれを完全に聞き取った。

 アタシは息を殺してしゃがみ込んでいた。遠くの女性が呼んでいるプレクトは、アタシが安楽死と言う名の殺しをして、亡骸は森の中に埋葬し、今はアタシの中に魂があるのみだ。つまりプレクトは死んでいる訳で、遠くの女性がいくらプレクトを呼んでも彼女は生き返らない。アタシがこの手で殺したんだから、生き返る訳がない。

 アタシは罪の意識から急激に気分が悪くなって、吐き気すら催している。


「プレクト!どこだー!?出てきてくれー!」

「プレクト!戻ってきてー!お母さん怒ってないからー!」


 少なくとも3人、男性1人に女性2人が、アタシが殺したプレクトを探して名前を呼んでいる。

 プレクトの家族がアタシが殺したプレクトを探していると言う事実に、気持ち悪さで吐きそうになる。


(母親が1人、そうなるともう一人の男性は父親、最後は恐らく、プレクトが最後に言っていたお姉さん……)


 プレクトは死に際に姉の事を呼んでいた。アタシの手を握り、アタシを姉だと思って死んでいった。

 ふと、メグやおばあちゃんが誰かに殺されたとして、その犯人がその辺をふら付いていたら?と考える。許せるはずがない、許すはずがない。だが、今回その犯人に当たるのは他でもないアタシだ。苦しそうだったので安楽死させました、だなんてアタシの勝手な理由だ。許されるわけがない。


「うぅっ、うえぇぇっっ!」


 思わず地面に四つん這いになり吐いてしまった。だがアタシの胃からは何も出ない。悪魔の胃からは何も出てこない。


「はーっ、はーっ、はーっ」


 アタシは荒い息をしながら、口の周りに垂れる透明な液体を左腕の袖で拭う。


(帰りたい)


 アタシはこのまま逃げ出してしまいたかった。全部聞かなかった事にして、彼女達から逃げ出して忘れてしまいたかった。


(マース会いたいよ、マース、助けてよ)


 だがアタシはプレクトを殺した罪悪感と自責感から足が動かせず、その場から逃げる事が出来ない。だからアタシは地面を見つめて苦い顔をしたまま、首のチョーカーを触ってマースに助けを求めた。だがアタシの声はマースには届かない。

 そして、アタシの中のプレクトがその場で留まる事すら許してくれなかった。


(姉さん!父さん!母さん!)


 急に頭の中にプレクトの家族を呼ぶ声が響く。そしてアタシの身体が勝手に立ち上がり、遠くプレクトを呼ぶ声のする方向へ、走り出していく。


(えっ!?)


 昨日ゴブリンに身体を乗っ取られ暴走した時のように、勝手に走っていってしまうアタシの身体。ただ昨日と違い、アタシの意識は奥に追いやられてはいない。アタシの意識のほんの少し前に、身体を乗っ取っているプレクトの魂が感じられる。


 -ザッザッザッ-


「姉さんっ!父さんっ!母さんっ!」


(待って!プレクト!待って!この姿じゃ!悪魔のままじゃ!)


 何の心の準備も出来ていないアタシ。せめて悪魔の姿だけでも元に戻したいと自分の身体を乗っ取っているプレクトを止めようとするが、彼女に対する負い目から強く言い出せない。アタシがプレクトを止めようとしている間にも、プレクトは家族の元へアタシの身体を走らせた。プレクトに呼びかける声に一気に近づいていく。そうして、遠く離れていたプレクトの家族の元へ、無駄に早いスピードを誇るアタシの身体はあっという間に駆け込んでしまった。


「姉さーんっ!」


 プレクトがアタシの身体を乗っ取ったままアタシの声で姉を呼んで叫ぶ。


「えっ!?」

「なんだ!?」

「なに?」


 突然の姉を呼ぶアタシの声に困惑する3人の声。

 そしてそのままアタシの身体は森の木々の隙間から、姉らしき黒い翼を生やした女性に飛びかかってしまう。


 -ドシャッ!-

 -ゴロゴロ-


「姉さん!姉さん!ごめん姉さんっ!」


 アタシの身体を乗っ取ったまま、アタシの身体で姉に抱き着き、アタシの声で再会を喜ぶプレクト。


「あぐぁっ!?なっ?……いっ、いやああああっっっ!!??」


 アタシと言うデカい悪魔に突然押し倒され、アタシに覆い被されたまま恐怖の表情で悲鳴を上げるプレクトの姉。


「ひっ!?ばっ!化け物!?」


 母親らしき中年の茶色い翼の女性が、アタシを見て化け物と怯える。


「なっ!?こっ!このぉっ!ゼフィーから離れろっ!!」


 父親らしき中年の黒い翼の男性が、すぐさま長い槍でアタシを追い払おうと背中を突き刺してくる。だが、


 -キィンッ!-

 -カキィン!-


「なにっ!?クソォ!なんて硬さだ!?」


 アタシの悪魔の身体はプレクト父の槍を容易に弾いた。プレクト父の持っている槍は一見してただの長い槍だ。アタシの悪魔の皮膚を貫くにはボースの剣のような特殊な力を持った武器でないと歯が立たない。


「姉さん!姉さん!」


 アタシの身体を乗っ取ったままのプレクトは一心不乱に姉に抱き着き、離れようとしない。


「いやああっっ!?離してっ!?離してぇぇぇっっ!!」


 恐怖に顔を歪ませ、半狂乱になって暴れるゼフィーと呼ばれたプレクトの姉。だがアタシの身体は生半可な力では振りほどけない。現にゼフィーはアタシから逃れようと暴れているが、アタシの身体はびくともしない。

 するとその様子を見ていたプレクト母がプレクト父を下がらせて緑色の杖を掲げ、呪文を詠唱し始めた。


「あなた下がって!ゼフィーを離しなさい化け物!ケセラセラ!風の女神シレヌーよ、その美歌の力で我が敵を切り刻め、シャープウィンド!」


 -キィィィンッ-


 プレクト母の杖が緑色に輝き、彼女の杖から発射された風の刃がアタシの背中に襲い掛かる。


 -ヒュゥゥンッ!-

 -ズパッ-


「ぎゃあっ!?」


(あっぐっ!?)


 背中に激痛が走り、アタシの身体が仰け反る。アタシの身体からはプレクトが、頭の中ではアタシが、それぞれ悲鳴を上げた。アタシの身体は風魔術に対しては抵抗力を持たない。昨日の村でのゴブリンのように真っ二つにこそならならいものの、アタシに向かって放たれた風の刃は、アタシの背中にしっかりと斜めの切り傷を付けた。アタシの背中からは青色の血がぷしゅっと吹き出る。

 アタシが風の刃の衝撃で仰け反った隙に、ゼフィーがアタシの身体の拘束から抜け出し、少し離れた場所で立ち上がる。そしてアタシから距離を取って持っていた長物の斧、ハルバードだったか、それを構えた。


「お母さんありがとう!化け物!何故私達を狙う!?」


 ハルバードを構えたまま、アタシを睨みつけ問い掛けるゼフィー。


「痛いよっ!?母さんっ!?なんで俺を攻撃するのっ!なんでっ!?」


 母親に魔術で背中を切り裂かれたことに困惑しているプレクト。だがその身体はアタシの、それも悪魔の身体だ。ゼフィー達からしてみれば、プレクトを探していたら、茂みから突然巨体の悪魔がゼフィーに向かって飛びかかったようにしか見えないだろうし、実際飛びかかった。プレクトはアタシの悪魔の身体能力を知らない。ただ走ってゼフィーに飛びついたつもりだろうが、アタシの巨体と異常なまでのスピードでゼフィーに飛びかかれば、打ちどころ次第ではただのケガでは済まない。現にゼフィーを見てみれば、彼女は頭からタラリと赤い血を流している。抱き着いた時に地面に頭を打ったのだろう。


(待ってプレクト!お願い!)


 アタシは暴走するプレクトを止めようとするが、まだ強く出られない。アタシの身体越しとは言え、今なら死んだハズのプレクトが家族と話せる。これをアタシが奪っていいのか、アタシにその機会を奪う権利があるのか。おばあちゃんを亡くし、メグと離れ、マースやキートリー達と出会た今のアタシだからこそ、この機会の重要性を重く受け止め、迷ってしまっている。

 だが、目の前の彼らはプレクトをプレクトと認識できない。当然だ、今プレクトが動かしているのはアタシの身体、それも悪魔化しているアタシの身体だ。声も姿も元のプレクトとは似ても似つかない。故に拒否される。


「私は化け物の母親ではありませんっ!」

「そうだ!何を言っているんだこの化け物は!」


 アタシの身体を乗っ取っているプレクトに母親と呼ばれ怒るプレクト母と、同様に怒るプレクト父。

 そしてプレクト父の目線が、アタシの黒装束の左胸辺りに移る。


「……ちょっと待て、なんだ、その左胸の羽は?」


 プレクト父は、アタシの左胸の茶色い羽をを指差して言う。彼はアタシの黒装束の左胸に差してあるプレクトの亡骸の羽、それに気付いてしまった。


「それは、プレクトの、羽?まさか……まさかっ!?」


 ゼフィーもアタシの左胸に差してあるプレクトの羽に目をやった。ほんの少しの沈黙の後、次第にその表情が怒りの形相に変わり、アタシの顔を睨みつけて来る。同様にプレクト母もアタシの付けている茶色い羽を見て驚きの顔をした後、アタシを怒りの目で見てくる。

 プレクトの家族3人の空気が変わる。困惑と恐怖の混じった空気から、怒り一色への空気へと変わっていく。

 アタシは3人の怒りを感じ取り、その意味を理解する。


(ち、違うの、事情があったの、事情が!)


 プレクトを吸精し喰った状況を想起し、アタシは弁解のため言葉を発しようとするが、身体はプレクトに乗っ取られたまま声が出ない。頭の中でいくら弁解しようがプレクトの家族には伝わらない。


「姉さん、会いたかったんだ、姉さん……」


 プレクト自身はこの家族の怒りの意味を読めず、そのまま彼女達にゆっくりとアタシの身体を近づかせてしまった。子を殺した犯人を前にした親が、妹を殺した犯人を前にした姉がどう動くか、当人であるプレクト自身には想像もつかないことだろうけれど、少なくともこの動きは最悪だった。

 そして最初にプレクト母が動く。


「ケセラセラ!風の女神シレヌーよ、我らの刃に全てを断ち切る風の加護をあたえよ!エクシードスラッシュ!」


 -キィィィンッ-


 アタシに怒りの形相を向けつつ呪文詠唱をするプレクト母。彼女の杖が緑色に光り、杖から出た緑色の風の塊がゼフィーのハルバードと、プレクト父の槍の刃に共に宿った。うっすらと緑色に光る両者の武器。

 その直後、ゼフィーが武器を構えアタシに向かって走り寄る。


「お前がああああああぁぁぁぁぁーーっっっ!!??」


 血が逆流するほどに怒り、憎悪をむき出しにして、アタシの身体にハルバードを振り下ろしてくるゼフィー。


(マズイっ!?)


 アタシは緑色に光るハルバードの刃に危険を感じて身体のコントロールを取り戻し、


 -ブゥンッ!-

 -ガギィィィンッ!-


 瞬時に左の爪を伸ばしてゼフィーのハルバードを弾いた。一瞬飛び散る火花。


「ぐぅっ!?なんて力っ!?」


 ゼフィーはアタシに弾かれたハルバードの勢いに手を取られ、一旦後退する。


「どうして姉さんっ!?どうして姉さんは俺を攻撃するんだっ!?どうしてっ!?」


 またアタシの身体を乗っ取り返したプレクトが姉へ疑問の声を上げるが、この行為はゼフィーの神経を逆なですることにしかならない。妹を殺した化け物が、妹のフリをしている、彼女達にはそうにしか見えないのだ。


「ふざけるなぁぁぁっ!!お前がっ!!お前が殺したんだろうがぁぁぁっっ!」


 怒りに身を震わせ叫ぶゼフィー。彼女はその大きなハルバードでまたアタシの身体に切り掛かってくる。


「よくもっ!!よくも息子をぉぉぉぉっっ!!!」


 プレクトの父親も、長い槍でアタシの身体を突き殺そうとしてくる。


「よくも息子をっ!プレクトを返してっっ!!」


 プレクトの母親も杖を掲げたまま怒りの声をあげている。


「くっ!?」


 再び身体の主導権を取り戻したアタシは、ゼフィーとプレクト父親の攻撃に対して、両方の爪を伸ばした。


 -ガギィィィンッ!-

 -ギィィンッ!-


(風の魔術付きの刃はマズイっ!)


 切り掛かってきたハルバードと突きの槍を爪で弾く。

 アタシの身体が風魔術に耐性が無いのは先刻証明済みだ。そんな物の付いた武器で切られたらアタシの身体はそれはもう見事にスパスパ斬れるだろう。幸いアタシの無駄に堅い爪はそんな風属性な武器にも負けない堅さを持っているらしく、爪で弾けば防御出来た。そして二人ともスピードはそれほど速いわけでは無く、今のアタシなら反応は容易い。


(この程度なら見て躱せるっ!このまま隙を見て逃げ……あっ!?)


「姉さんっ!父さんっ!俺だよ!プレクトだよ!」


 撤退しようとしていたアタシの身体が、またプレクトに身体を乗っ取られその場に留まってしまう。そして口から出てしまう相手を挑発することにしかならない言葉。


「お前えええええっっ!!」

「息子を騙るなあああぁぁっっ!」


 当然、ゼフィーとプレクト父親は激怒する。千切れんばかりに各々の武器を握りしめる二人。

 そしてそんな二人の後方のプレクト母が呪文詠唱を開始する。


「ケセラセラ!風の女神シレヌーよ、我らに疾風と時の祝福を与えよ、エクシードアクセル!」


 -キィィィンッ-


 彼女の杖が緑色に光り、ゼフィーとプレクト父の身体を薄っすらと透明な緑色の光が包んだ。


(何の魔術を掛けた!?アクセル!?ヤバっ!スピード上昇かっ!!)


 咄嗟に魔術の効果に感づいたアタシは、再び自分の身体のコントロールを取り戻した。そしてアタシの予感は当たる。一瞬でアタシの眼前に迫るゼフィーとプレクト父。二人の動きは先ほどまでとは比べ物にならないほどに速くなっていた。


 -ガギィィィンッ!-

 -ギィィンッ!-

 -ギギィィンンッ!-


「くっ!?このっ!!」


(早いっ!?スピードだけならキートリー並みっ!?)


 一撃の重みは無いが、単純に武器を振るう速度だけならキートリーの格闘並みのスピードだった。アタシは右爪でゼフィーのハルバードを、左爪でプレクト父の槍を弾く。だがアタシに武器を弾かれてもすぐに体勢を整え攻撃してくる二人。スピードを増した両者の連携は凄まじく、次第にアタシは攻撃に反応して爪で防御するだけで精一杯になっていく。両者の連携の前には、攻勢に出る暇も背中を見せて逃げる暇も無い。


 -ギィィンッ!-

 -ガィィンッッ!-


「だあああっ!!このおっ!!」

「そりゃあっ!まだだっ!どりゃあっ!!」


 防戦一方のアタシに攻勢を続けるゼフィーとプレクト父。アタシはなんとか一方を力で弾き飛ばすが、もう一方がアタシの隙を逃さない。


 -カキィィィンッ!-

 -ギィィンッ!ギィィンッ!-


 二人の連携にジリジリと押されるアタシ。プレクト母は二人の後方で緑に輝く杖を掲げ続けている。マースの使っていた強化魔術と違い、常に魔術を掛け続けていなければ速度上昇の効果が続かないようだった。

 その様子を見てアタシは考える。


(全力で一人をプレクト母のところまで吹き飛ばせば、あの魔術を中断させられるっ!そうすれば、残ったもう一人をこの爪で突き刺して殺せばっ!)


 まだ挽回は可能だった。殺す気なら、プレクトの家族を爪で突き刺して殺すのであれば。そう思ったところでアタシはハッとする。


(突き刺して?殺してどうする?プレクトを殺したのはアタシだぞ?彼女達まで手を掛けるつもり?そんなこと、そんなことしていいハズがないッ!)


 プレクトを殺したのは事実アタシだから、加害者であるアタシがさらに罪を重ねる訳にはいかない。故に全力を出す訳にはいかない。プレクトだけでなく、プレクトの家族にまで手を掛ける訳にはいかなかった。そうして迷っているうちにアタシは二人の連携プレーにどんどん後ろへ押されて行く。


「待っ!待ってっ!!」

「返してっ!弟をっ!プレクトを返してよぉぉぉぉぉっっ!!」


 -ガギィィィンッ!-


 アタシの静止の声も聴かず、怒りに涙を流しながらアタシに斬りかかるゼフィー。彼女の表情を見たアタシの気力は罪悪感から減退していく。そして次第に身体が重く感じ、動きも鈍くなっていく。


(彼女を泣かせてしまったのはアタシっ!彼女の弟を呼ぶ声を聞こうと耳を澄ましたのはアタシっ!プレクトの羽を拾ったものアタシ!アタシは碌なことしてないっ!)


 二人の攻撃を防ぎながら、自責の念を強めるアタシ。

 そして動きの鈍ったアタシはどんどんと二人に押され、後退していくうちについに背中に大きな木を背負ってしまう。


(しまった!もう下がれないっ!?やられるっ!?やるしかないのっ!?馬鹿っ!やれるわけないっ!!)


 アタシは完全に迷ったままもう下がれないところまで追い詰められた。

 そしてこの時、


(姉さんっ!俺はここにいるよっ!!)

(……あっダメッ!プレクトっ!?)


 再びアタシの意識の前に出てこようとするプレクト。


「だあああああっっ!!」


 そんなアタシ目掛け、ゼフィーが全力でハルバードを振り下ろす。


 -ブゥゥンッ-


「姉さ……」


 プレクトは最悪のタイミングでアタシの身体を乗っ取ってしまう。


 -ザシュウゥゥゥッ!-


 ゼフィーのハルバードがアタシの身体を袈裟斬りに斬り裂いた。


「ぎゃああああっっ!?」


(あぐああああっっっ!?)


 アタシの身体からはプレクトが、頭の中ではアタシが、それぞれ悲鳴を上げた。身体の主導権をプレクトに取られていたアタシは、全くのノーガードでゼフィーの一撃を喰らってしまった。アタシの肩から胸の肉がベロンと捲れ、青色の血が勢いよく噴き出る。風魔術の加護を受けたハルバードに危険性を感じては居たが、予想以上にズッパリと斬られてしまった。アタシはこの一撃で完全にノックダウンしてしまい、地面に立膝の状態でガクンと崩れ落ちた。

 だがアタシへの攻撃は終わらない。


「息子のっ!息子の仇ぃぃぃぃっっ!!」


 プレクト父親の投げた槍がアタシに追い打ちを掛ける。


 -ブォォンッ!-

 -ブシュゥゥゥッ!-


 彼の放った槍は、アタシの腹を見事に貫いた。


「げぁぁあああっっ!?」


 自分の腸が槍で貫かれるこの感触。熱い、ただただ熱い。そしてねじ込まれる槍に引っ張られ外部に出ようとする内臓の気色悪い感覚。気持ち悪くてまた吐きそうだった。

 プレクトは家族から攻撃されることのショックと、斬撃のあまりの痛みで既に身体の主導権をアタシに受け渡している。だがこのタイミングで身体の主導権を戻されても、アタシも痛みで身動きが取れない。

 プレクト母はアタシのダウンを見て速度上昇の魔術を止め、再び杖を掲げて呪文詠唱に入った。


「ケセラセラ!風の女神シレヌーよ、その暴歌の力で我が敵を貫き滅ぼせ!ディープリィピアース!」


 -キィィィンッ-

 -ヒュォォォォォォッッ!-


 プレクト母の掲げた杖が緑色に輝く。周囲の空気が彼女の杖の先の空間に集まっていき、緑に輝く巨大な風の槍となった。


「息子の仇ぃぃっ!!」


 プレクト母が杖を振り下ろし、巨大な風の槍をアタシに射出する。


 -ドシュウウウゥゥゥッッ!!-


 轟音と共に暴風の槍がアタシの胸を刺し貫いた。


「があああああっっっっ!?」


 -ブシャアアッ!-


 アタシは風の槍の勢いで身体ごと後ろの木に背中からぶつけられる。風の槍はアタシの胸に直径15cm程度の大穴を空け、アタシごと後ろの木まで貫いた。アタシの黒装束から離れ、風に煽られてヒラヒラと宙を舞うプレクトの茶色い羽。アタシの胸に空いた穴から青色の血が大量に噴き出し、ドクドクと身体と木を伝い地面へ流れ出て行く。


「……っ……ぁっ……」


 痛みと衝撃で、最早アタシは意識を保ち続けることが出来ない。次第に目の前が暗くなっていく。


「やったか!?」

「やったわ!」


 アタシの撃破を確認するプレクト父と母の声。


「やった……やったよプレクト……貴方の仇を……あああーーっっ!!」


 プレクトの仇を取ったと、泣き崩れるゼフィーの声が聞こえた。アタシは背中の木にズルリともたれ掛かりながら、吹き飛んだプレクトの茶色い羽が地面に落ちるのを見つつ、意識を失った。


【後書き】

お読みいただきありがとうございます。

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------------------------- 第44部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

10.悪魔の力の使い道_03


【本文】

 どれくらい気絶していたのだろう?


「……はっ!?」


 アタシはゼフィー達家族の連続攻撃を受け、木にもたれ掛かったまま気絶していたらしい。アタシはさっと起き上がり、自分の身体の損傷を確認してみる。


「痛み、無い、お腹、穴空いて無い、胸、穴空いて無い、肩から胸、切り傷無い、背中、切り傷無い。服……なんで戻ってんの?」


 アタシの身体は悪魔化したまま、傷は全て治っていた。何故か切り裂かれ穴だらけにされた黒装束も、プレクトの墓標に使った右腕の袖以外は元に戻っている。爪は長く伸びっぱなし。そして周りを見渡したが、もうゼフィー達家族の姿はなかった。


(プレクトの羽は、無いか)


 気絶する直前、アタシの身体を離れ地面に落ちたプレクトの羽。それはもうそこには無かった。

 恐らくプレクトの仇であるアタシを殺し復讐を遂げたゼフィー達は、プレクトの羽を、彼の遺品を持って帰って行ったのだろう。


 空を見上げてみればもう日が傾き始めている。


(アタシ、人を殺した罰が当たったのかなぁ?)


 今日も今日とて散々な一日だった。ゴブリンに連れ去られたプレクトを助けるハズが安楽死とは言え殺してしまい、そしてその家族に敵討ちとして身体中穴だらけにされたのだ。

 アタシは首のチョーカーを触り、マースを想う。


「はぁ……帰ろ……帰ってマースに背中ぽんぽんしてもらお……」


 ぐったりとしたまま元来た道を歩くアタシだったが、ゼフィー達との闘いの途中からプレクトがアタシの意識の表に出てこなくなっていたのが気になっていた。なのでアタシの中のプレクトの魂にもう一度語り掛けてみる。


(プレクト、プレクト、聞こえる?)

(……うん)


 静かに返事をしたプレクト、彼女の魂は引っ込まずにアタシの意識の前に立ち続けていた。どうもプレクトはアタシと会話を続けてくれるようだ。


(大丈夫、じゃあないよね……ごめ……)

(ごめんっ!)


 アタシが謝ろうとした先に、食い気味にプレクトの方から謝ってきた。


(プレクト?)

(勝手に身体使っちゃって、ごめん。俺が殺してって千歳に頼んだんだ。千歳は何も悪くないのに、姉さん達はそれで勘違いしてちゃって、こんなことになって、本当に、ごめん)


 真摯にアタシに謝り続けるプレクト。プレクトのその声色と言うか喋り方は、女性と言うより男性に近い感じだった。


(どうしてアタシの身体、勝手に使っちゃったの?)

(どうしても姉さんと、父さんと、母さんと、もう一度話したかった……話したかったんだ……)


 プレクトの魂に映る彼女の表情と、もう一度家族と話したかったと言う彼女の言う言葉に、どことなく悲哀を感じ同情してしまった。もう一度家族と話したい、その気持ちはアタシもよくわかる。アタシだっておばあちゃんともう一度話せるなら他人の身体を乗っ取ってでも話に行ってしまうかもしれない。そしてその他人が強く止めないなら猶更だ。故に、彼の暴走には強く止めなかったアタシにも責任がある。もうアタシは彼女を責める気にはなれなかった。


(そっか。うん、それじゃあ、しょうがないね、しょうがないよね)

(お、俺を、許してくれるのか?)


 アタシはあっさりとプレクトを許した。アタシの許しを聞いてプレクトは不思議そうに聞き返してくる。


(キミをしっかり止めなかったアタシにも責任があるし、それに最初からキミを救えていれば、こんな事にはならなかったんだし)


 なぜマースと一緒に来なかったのか、なぜスタミナ回復薬だけでも持ってこなかったのか。なぜ彼女の死に責任を取れるなどと驕り高ぶってしまったのか。アタシは後悔ばかり思い浮かぶ。


(アタシは何一つ出来てない、これじゃあきっとメグの事も……)


 一度ネガティブな思考に陥ったアタシはどんどんと悪い考えへと転がり落ちて行く。


(いや千歳は、俺を助けてくれただろ?)


 だがプレクトはそんなアタシのネガティブ思考を否定する。


(ちょっと前まで痛くて、寒くて、見えない、聞こえない、動けない、またいつアイツラに蹂躙されるかもわからない、最悪のオンパレードだったからな。怖くて怖くて気が狂いそうだったよ。特に何も聞こえない暗闇の中放って置かれるのが本当に怖かった。死にたいって思ったのは初めてだったよ。そう思ってたら千歳が俺の手を握ってくれただろ?そしたら苦しいのも怖いのも全部飛んでっちゃってさ、暖かかった、あ、俺天国に行くんだなって思ったよ。まあ、気付いたら千歳の中に居てびっくりしてたんだけど。ここが天国なのかな?なーんて、ははっ)


 プレクトは強がりなのか呑気なのかわからないがアタシに笑って見せる。


(でもアタシは、プレクトを、キミを殺してしまったわけで)

(それって俺を苦しいのから解放してくれたわけじゃん?俺的にはすっげー感謝してるんだぜ?それに俺今こうやって千歳と話せてるから、あんまり死んだって気がしないし。あ、姉さん達ともう一度話せて俺嬉しかったよ。まああんなことになっちゃったけど、声聞けただけでも儲けものさ。だからさ、そんな辛そうな顔しないでくれよ。ほら、千歳はきっと笑ってる方が可愛いぜ?)


 ちょっと前に殺して欲しいと願っていたプレクト当人は、やたらサバサバとアッサリした性格をしていた。どうもアタシ程深刻には受け取っていないらしい。さらに見た目こそ中性的であるが、中身と口調はどうも男性に近い。プレクトの家族たちもプレクトの事を息子と言っていたし、両性具有と言っても元は男の子扱いだったのだろうか。

 そしてアタシは今、頭の中に居る自分が殺した死人に口説かれると言うよくわからない事態に陥っている。このまま自分を責めようにも、被害者当人が庇ってくれてしまうので責めきれない。元気を出そうにも、被害者が自分の中にいるので元気が出し切れないと言う板挟み。頭がどうにかなりそうだ。


(それにしても、千歳の身体ってすげえな!あれだけ姉さん達にグサグサ刺されたのに生きてるし、治るのもスゴイ早いし。母さんに開けられた身体の穴、もう完全に治っちゃってるじゃん。)


 プレクトはキラキラした目でアタシの悪魔の身体を褒め始める。かなり興味津々な様子だ。


(え?まあ、アタシ悪魔だから、多少の傷は治っちゃうんだけど)

(悪魔?本物の?すっげー!そういやさっき姉さん達をバンバン弾き飛ばしてたよな!?足もすっげー早かったし!?爪も伸びるし!?なあ、その爪ってどこまで伸びる!?どんな魔術使えんの!?千歳ってどこに住んでる!?この世界って他にも千歳みたいな悪魔っている!?他にはどんな奴がいんの!?)


 今度は質問攻めだった。珍しい物を見つけた、と言うよりは今まで見たことの無い物を見てはしゃいじゃっている子ども、そんな感じだ。


(爪?爪はどこまで伸びるかやってないから知らないけど、う、うーん、爪伸びろ~)


 アタシはプレクトに聞かれた爪の長さを測るため、一旦外に意識を戻して、右の手のひらを前に開き爪を伸ばせるところまで伸ばしてみる。


 -にゅぅぅぅー-

 -ドスッ-


 アタシの爪は10メートル程度伸びた辺りで、その先にあった木の幹に突き刺さり止まった。


(これくらい?)

(うおおおー!すげー!魔術は!?魔術は使えんの!?)


 アタシは伸びた爪を元に戻しながら、プレクトの質問に答える。


(アタシは魔術使えないよ。闘気なら使えるけど)

(闘気?闘気って何!?見たいっ!!)


 余計なことを口走ってしまったようで、プレクトは闘気の話に喰いついてきた。

 アタシは右拳を握り、闘気を集めるイメージをする。すぐに右手が熱くなり、橙色のオーラがアタシの右拳を覆う。


(うわああぅっ!?何これ!?これが闘気!?これどうなんの!?どうなんの!?)

(えぇっと、これはまだアタシも使いこなせてないんだけど、とりあえずこんな)


 アタシは闘気を纏った右拳で近くの木の幹を軽く叩いた。


 -トンッ-

 -バギャァッ!-

 -グシャアッ!-


 アタシが軽く叩いたところから盛大に折れて遠くへ吹き飛ぶ木。予想以上の威力にアタシが一番驚いている。


(あちゃー、悪魔状態で闘気纏うとこうなるのか)

(すっげ!すっげぇパワー!あれ、なんでこれ姉さん達には使わなかったんだ?)

(え、もともとプレクトのお姉さん達と戦うつもりなかったし、これ使ってたらお姉さんを傷つけてしまってただろうし、まあすっかり忘れてたってのもあるんだけど)


 一番の本音は忘れていただけなのだが、今の自分の闘気の力を見て改めて使わなくて良かったと思う。軽く叩いだだけで木が幹ごと折れて吹っ飛んでいった。これを人の身体に打ち込めばどうなるか、想像できないアタシではない。

 

(ご、ごめん、俺が勝手に千歳の身体動かしちゃったてたのに、いろいろ変な事聞いちゃって。俺まだこの世界の事よくわからなくて)


 プレクトはアタシの身体を乗っ取ってしまった事を思い出したらしく、高かったテンションが元気無く萎んでいく。


(いや、いいんだけど。ん?プレクトってもしかしてこの世界来たばっかりだったりする?)


 まだこの世界の事をよく知らないと言うプレクトの言葉を聞き、アタシは彼らの島がまだこの世界に流着して間もない可能性を感づく。


(あ、うん、俺達は昨日の夜この世界に来たんだ。そしたらちょっとケバ目の化粧な黒服のねーちゃんがやってきてさ、ここは異世界のオードゥスルスだって言うから、俺ワクワクしちゃって探検しようって思って夜のうちに島を抜け出したんだ。そしたらあの緑色の連中に捕まっちゃって)

(あー、そう言う事)


 どうも彼はかなり無鉄砲な性格らしい。有翼人故に飛べるからいつでも逃げられると言う考えがあったのかもしれない。探検気分で軽率に夜の森の中に入り、そこをちょうど英雄弓ゴブリンの毒矢にやられ捕まった、そんなところだろう。


(そういやあの黒服のねーちゃんと千歳の服似てるけど知り合い?)

(あ!?うん、ち、ちょっとねー?)


 アタシのお爺ちゃんです、だなんて素直に答えられるハズも無く、答えを濁す。服も似てるどころかフライアから直々に貰ったサイズ違いの同じ服である。違いはプレクトの墓標を縛るのに破いて使った右袖が無いくらい。

 それにしても、アタシに喰われて死んでおきながらここまで物事に囚われない感じでけろっとして居られると、悩んでいるアタシの方がバカバカしくなってくる。


(ねえ、アタシ、悩まなくていい事で悩んでた感じ?)

(えっ?なんか悩んでんの?よっし!俺で良かったらなんでも聞くぜっ!?)


 サムズアップしつつ屈託のない笑顔で答えるプレクト。話して見て悪い感じはしない良い子ではあるのだが、無鉄砲でポジティブ、この世界じゃそりゃあ死にますわこの子。


(っと、そろそろ帰る感じ?俺邪魔でしょ?ちょっと下がるわっ)

(あ、プレクト、そっちゴブリンの魂ばっかりだけど……)


 下がると言ったプレクトの魂が向かった方向、そっちはアタシが喰ったゴブリンの魂がいっぱい密集している方だった。プレクトの魂はアタシの忠告を聞いて動きを止める。


(えっと、しばらくこの辺漂ってていいかな?)


 申し訳なさそうにアタシの意識の傍に戻ってくるプレクト。どうもゴブリン自体は苦手なようだ。まああの惨状を考えれば致し方無い事ではある。


(どうぞ、あ、勝手に乗っ取るのはやめようね?)

(はっはっはー、もうしないって)


 彼の笑い声を聞きつつ、アタシは意識を外の世界に戻す。


「あぁ~」


 どっと疲れが押し寄せ、その場にしゃがみ込む。余計なことで深刻に悩むのはアタシの悪い癖だろう。


「あほくさ、んーっ!帰ろ、かーえろー」


 アタシはもう悪魔化を解くのもめんどくさくて、立ち上がって両腕を上げて伸びをした後、そのままトコトコと道を戻る。

 そして日も落ちて暗くなり始めた、そんな時、


 -ヒュウウッ-


 何かが空から近づいてくる気配がした。アタシはその気配に気が付き、上空を舞う黒い翼の神の使い風の女性ををぼーっと見ていた。


(ああ、ヴァルキリーね。フラ爺は当分出てこないとか言ってたけど思いっきり二日連続で出て来てんじゃん)


 フライアの話によれば、黒いヴァルキリーはすぐには来ないと言う話だった。だが今現に目の前にヴァルキリーが飛んでいる。が、ここで一つ変な事に気づく。


(あれ?黒いヴァルキリー、二人……いや、三人いない?アタシ一人なのに?今日フライアいないんだけど?おー?三人はキッツイぞ?)


 ヴァルキリーは一人ならどうとでもなると思っていたが、二人を飛び越して三人となると流石にキッツイ。数の暴力はさっきプレクト家族に喰らったばかりだ。特にヴァルキリーの弓の性能を考えれば、殴り合っている最中に横から弓でバンバン撃たれると本当にキツイのだ。さらに全回こそ飛ばれなかったが、今回こそ空に逃げられる気がする。と言うか今絶賛飛んでいる。一度降りて来てもらわないと攻撃すら届かない。アタシは翼は出せても空を飛べない、ホント空に逃げられると困るのだ。


(黒い翼!?姉さ……んじゃないや、ごめん騒がしくて)

(いや、別にいいけど)


 プレクトが翼の色だけ見てヴァルキリーをゼフィーだと思ったらしい。彼の始め嬉しそうだった声が露骨にテンションが下がって行く。

 そんなプレクトの声を聞きつつ、アタシは悪い考えが浮かび出す。


(……ねえプレクト、腹いせとか八つ当たりとかしたくならない?あの黒いの相手にさ)


 彼に悪魔の囁きをする。


(腹いせって、あの黒い羽の女の人に?そんなことしちゃっていいの?)


 プレクトは当然の疑問を返してくる。そんなプレクトに、アタシは答える。


(あれは人形だからねぇ、喰って壊しても良いんだよねぇ)


 -ゴキゴキッ-


 準備体操をして首と指を鳴らすアタシ。アタシも相当鬱憤が溜まっていたので、遠慮しないで良い相手が来たのはとても都合がいい。


(相手がヴァルキリーなら人形だから人間じゃない。存分に壊していいし喰っていい。だから三人いようがが関係ない。全力で叩き潰すッ!)


 落ち込んでいた気分が、やる気が一気に上がっていく。すると鉛のように重く感じていた身体が、羽のように軽くなっていく。


「すーっ、はーっ」


 深呼吸し、両手で拳を握ったアタシ。


(悪魔の力と闘気、両方同時に使った時の本気、試してみたいんだよねぇっ!)

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