承.1

『いい経験になるから、連れてってちょうだいな』


 母からそう許可を得たランズのおっさんは、ある程度の装備を整えた俺を村の中心まで引っ張っていく。

 アデルはともかく、俺みたいなひ弱が護衛なんか務められるのか?とランズのおっさんに言うと、


『安心しろ!

 お前はいざって時に、機転が回るから他のやつに指示を出してくれたんでいい。

 骨と皮だけのお前に、守衛の働きなど求めてないさぁ!』


 ガッハッハ。と盛大に笑うランズのおっさんに引きずられながら、俺は少しイラッとした。

 確かに自分からひ弱とは言ったが、もう少し言葉を飾ってくれよ。

 んで、肝心のアデルはというと、


『僕は父さんの付き添いで何度か行ってるし、ここで残るよ。

 だから……護衛の任務は任せるね、兄さん。

 あ、そうそう。お土産は期待してないから』


 爽やかそうな笑顔を浮かべ、そう言い放って台所へと消えていった。

 あいつ、兄貴を売りやがってからに。

 単純に、めんどくさがって逃げたな?


「そういや、お前さん。

 魔法だ何だって言って、剣を握った姿なんて見たこと無かったが、

 それ、扱えんのか?

 一二回ほどの手ほどきは受けたって聞いたけど?」


「……そう、だな――。って、なんでおっさんがそのこと知ってんの?」


「ウィルの兄貴がぼやいてた。

 アルが俺から剣術を教わろうとしねぇ、そんなに剣が嫌いなのかよ~。って」


「いや、そういう訳じゃないけど」


 弟やランズのおっさんの言う通り、この17年間で真面に剣を握ったことなど無い。

 単純に、剣を振るうやる気がなかったのと、村の人達からの雑務の手伝いのせいで時間がなかった。


 言葉が喋れるようになった年から、魔法魔法と言い続けていた俺に、危機感を抱いた両親。


 打開策として、他のことに集中させようと思い立ったようで。

 何らかの仕事を紹介してくれないかと、村の人達に頼み込んで回ったのだ。


 そのせいか、村に住む全員に顔を覚えられ、今でも雑務の手伝いを言いつけられる。

 多少の駄賃が出るので、そこに文句はないが、剣がどうやらと言うなら話は別。


 稽古させたいなら、手伝いをさせるなよ。


 都に居る父に向けて、呆れるようにため息を吐くと、腰に差した剣を抜いた。

 単に興味が湧いたのだ。


 俺が真面に剣を扱えないと知って、どういうつもりでこれを持たせたのか、答えがある気がした。


 だから、剣を抜いた。


「これは……また」


「メルさん……。

 どうしてこんな物を、アルに渡したんだ?」


 引き抜いた刀身は――カットされたダイヤモンドのような水晶状の刃で、光り輝いていた。

 鞘の形状的に長剣だと思っていたのだが、見る限り短剣や短刀に近い。

 綺麗だけど、斬れ味には期待できなさそう。


「……どうすんよ、アル?」


「普通の長剣よりは、こっちのが扱えそうけど、……壊さないか怖いなぁ。

 まぁ、元々戦闘面では期待されて無いみたいだし、他の奴に任せる。

 っていうか、他にもいるんだよな?」


「おう!!お前やアデルだけに任せるわけないだろう?

 安心して、支持出しに専念してくれ」


「はいよ、任されて」


 抜いた短剣を納め、他愛も無いやり取りをしていると、とうとう村の中心へとたどり着いた。

 そこには、顔馴染みの友人と、お世話になってる人達が集っていた。


「あ!お〜い!!アル君〜!」


「げぇっ!!レナ!?」


「むぅ……!げぇっ、とは何さ!

 村一番の美女に対して、その反応は酷いんじゃないかい!?」


 プクーっと頬を膨らませ、そう突っかかってきたのは、レナ・ロストアーク。

 淡い瑠璃色の長い髪と瞳が特徴な、この村唯一の医師の一人娘だ。


 自称した通り、村一の美女に成長した……筈なんだが、幼少期のお転婆さが抜けきっていない為か。

 未だに、幼い妹と接している感じが拭いきれない。


 にもかかわらず、俺の事を弟みたいと言って絡んでくるのだ。幼いのはどっちなんだろうね?


「おはようざいます、ランズさん。

 アルの方は、いつも通りに修行に行ってたんすか?」


「ご想像の通りだよ、ブレイブ。

 今日は滝行をしてたんだと」


「はぁー……。朝は寒い、ってのに良くやるよ。

 風邪引かねぇのが不思議なくらいだなぁ。

 あれか?修行と称して、毎度無茶なことを繰り返してるから、神経が麻痺したんじゃねぇ?」


「全くもって同意見だわ。

 それか、日頃から魔法魔法って言ってるから、自分自身に何かの暗示が掛かってんじゃねえか?」


「うわぁ……、それは引くわぁ」


 レナの相手をしている中、おっさんと後ろで好き勝手言ってるのは、ブレイブ・ヴォルフ。

 萌葱色の髪と瞳をした、高身長にガッチガチの体躯を持った村長の息子である。


 因みに、俺とブレイブは同い年、レナは一つ上、弟のアデルは一つ下という感じだ。


 年齢的にアデルが一番下なのだが、身長は俺が一番下なために。

 周りからは、アルの方が弟に見えるとよく言われる。

 ……納得がいかない。


「おい、そこのむさ男2人組。

 俺が相手に出来ないからって、好きって言ってんじゃねぇよ!

 というか、レナを宥めるの手伝――」


「「だが断る!!」」


「断るなよ!!!」


「ア〜ル〜君〜!!

 私の話を無視するなんて、お仕置が必要みたいだね!」


「どうもすいませんでした。

 本当にすいませんでした。

 出来心でした。

 反省してます。

 どうか許してください」


 絵に書いた即落ち二コマのような、丁寧な土・下・座☆を披露して事なきを得ようとした。

 こいつのお仕置は、洒落にならない。

 具体的な例だと、女装した格好で村を徘徊させられた。

 あんな事で羞恥死したくないので、勘弁してください。


「おーい皆!そろそろ出発するから、早く乗り込んでくれぇ!!」


「えっ!!この状況を無視すんですか?

 いたいけな子供が、今まさに窮――」


「はーい!こいつらの事は放っておいて、都へ行く奴はさっさと荷台に乗り込んでくれ!

 言った通りもう出発するぞ!!」


「……どいつもこいつも!

 話の腰折ってんじゃねぇよ!!

 そんなに俺の話しが聞きたくないか!?」


「「「うん」」」


「即答ぅ!!」


 雷が落ちたように、ショックを受けて固まっている俺を他所に、荷車には荷物と4、5人と村人が中へと入っていく。

 道中、絶対に口を聞いてやんねぇ!!と心に誓いながら、レナに首根っこを掴まれて荷車へと運ばれて行った。


◇◇◇◇


 ガタ、ガタ、ガタ……。


 舗装された道……とまではいかないが、綺麗に整備された道を荷車がゆっくりと進んでいく。

 爽やかな風に揺られながら、俺は欠伸を漏らした。


「はぁ……、暇だなー」


 村から外へと出たというのに、全くと言って緊張感がない。

 レリックの守りがない以上、外を出れば常に危険が伴う筈の場所なのだが。

 モンスターが出る兆候もなく、先程から気が抜けっぱなしなのである。


「……ドナドナ、ドーナ、ドーナ〜」


「美少女、乗〜せ〜て〜」


「……被せてくんじゃねぇよ、レナ。

 というか背中に抱きつくな。

 後、自分で美少女言うなし」


「暇そうにしてたから、構いに来てあげたんじゃないか。

 背中に柔らかい膨らみが当たって嬉しいだろ?

 後、誰も私とは言ってないよ?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、レナは俺の揚げ足を取りに来る。

 はぁー……、こいつのニヤつき顔がムカつく。

 というか、どこでドナドナ覚えやがった?


「ほら、何とか言ったらどうかな?

 嬉しいだろ!嬉しいに決まっている!

 だって、こんな美少女の柔らかい感触を堪――」


「……うるせぇよ、まな板。

 硬い胸の感触で喜ぶ趣味は、俺にはねぇよ」


「ぐふっ!!

 言っては……いけない……事を」


 胸を鋭い何かに刺されたように、胸を抑えて仰け反るように後ろへと下がった。

 ダメだとは思ったが、イライラが抑えられなかった。


「はぁ……。ま~た、やってるやがるよ、こいつら。

 村を出たってのに、相変わらずのラブラブっぷり。

 ……爆発しねぇかな?」


「今のやり取りの何処をどう見たら、そういう考えに至るんだよ!

 ガチで、鳥肌立つからやめろな。

 後、こんなやり取りを続けられるかよ。

 都につく前に、ゲシュタルト崩壊しちまうわ!!」


「ア〜ル〜君〜!!」


「やっべぇ!!

 持ち直しやがっ――」


「ねぇねぇ」


「なんだよ、お前らに構ってやる余裕は――」


「退屈だよォ……、アル兄ちゃ」


 レナを宥めようと言い訳を考えている最中、後ろへと引っ張る感覚に振り向く。

 そこには、欠伸を漏らしながら瞼を擦る2人の子供がこちらを見上げていた。


 うーむ……。

 遊び盛りの子供にとって、なんの娯楽も無い移動時間は地獄と言っても過言じゃないだろう。

 何か、暇を取り消せるものは……、そういやいい物があったな。

 というか、隣の子寝てないか?


「これでも使いな」


「……これってぇ?紙?」


「そうだぞ、紙だ。

 それとほら、色筆。

 それでお絵描きでもして、時間を潰してな」


 カバンをゴソゴソと漁りながら、そう言って取り出したのは数枚の紙と、俺の世界で言う色鉛筆を渡した。

 驚いたように目を見開いて、子供は受け取った物と俺を交互に見やる。


「い、いいの?」


「ああ、いいぞ。

 2人で仲良く、分け合って使うんだぞ」


「うん!

 ありがと、アル兄ちゃ!!」


「ありやと〜」


 パタパタという足跡を立てて、嬉しそうに荷車の中へと消えていった。

 元気だなー、と思いながら一息ついていると、頭に突き刺さる二本の視線に気が付く。


 視線をブレイブ達に戻すと、ブレイブはもちろんのこと、怒髪天だったレナも、じーっと黙って見つめていた。

 無言でこっちをじーっと見つめるのやめろ。

 何か俺がやらかしたみたいだろうが!!


「な、なんだよ……」


「いいや」


「べっつにー」


「…………」


 ……気に入らねぇ!!!んだよ、こいつら!

 どもる俺に、そういえばこんな奴だったな、っていう顔で生暖かい視線を向けてきやがって。


 居心地が悪いと顔を顰めながら、追い払うように手を振るって中へと入るように促した。

 それに苦笑いを浮かべながら、レナは二人の子供たちの元へ。

 ブレイブは、馬の手網を引いているランズのおっさんの元へと向かった。


「さて……。

 時間もある事だし、研究の続きを始めますかね」


 指を解すように、ワキワキとした動きをさせながら、鞄の中から数枚の紙束と筆。

 そして、線を引くための定規と、円を描くためのコンパスもどきを取り出した。


「昨日は……っと、ここまではやってたのか。

 ほんじゃ、今日はここからだな」


 肩をコキコキと鳴らしながら、下敷きと代わりの硬い板を取り出して、作業を開始する。

 暇だからって、幼い子供たちと同じようにお絵描きで時間を潰している訳では無い。

 まぁ……、周りからしてみれば、同じようなものなのかもしれないが。


 俺が書いているのは、転生前の世界で言う〝魔法陣〟みたいなものだ。

 みたいというのは、アニメや漫画、小説などの創作物に登場した、それっぽいのを書いているに過ぎない。


 それでも、何もしないよりはマシだー、と思って描き始めたが……どんな事をしても発動しない。

 詠唱を唱えようが、自分の血を付着させようが、うんともすんとも言わない。


 危機的状況でしか、スキルは発現しないようになっているのだろうか。

 それなら納得できるが、普段使いができないって不便だなぁ……。


「わぁぁああ――……綺麗!!」


「お?これの良さが解るの!!

 いや〜、嬉しいなぁ――」


 粛々と魔法陣を描き始めた俺の後ろから、感嘆の息を漏らした称賛の声が聞こえた。

 描き始めて十数年、綺麗などと称賛されることは無かった。

 嬉しさのあまりに、後ろへと振り向いた。


 そこには……。


 驚いたように青紫色の瞳見開いて……、

 白金色の髪を揺らしながら静かに佇む……、

 純真無垢な少女が立っていた。


「……」


「……ど、どした?」


「う、ううん!大丈夫……だから!!」


「?」


「そっか……。

 ふふっ……!そっか!!」


 信じられないと驚くように……、

 この一瞬を噛み締めるように……、

 何より、隠しきれない喜びを醸し出して……、

 白い少女は、万感の笑みを浮かべた。


 それに対して小首を傾げるていると、喜びをたたえた青紫色の瞳が、俺の顔を真っ直ぐ写した。

 吸い込まれるように、無言になって見つめてしまう。

 それと同時に、むず痒さを背中に感じた。


「ねぇ。

 良かったらその絵、もっと見せて欲しいなぁー。

 見てもいい?」


「……お、おう。

 いいぞ、ほら」


「うん!ありが――」


 もっと見てみたいと言われ、彼女に魔法陣が描かれた紙束を渡そうとした瞬間。


「ゴァァアアア"ア"!!!!」


「ぐっ!!」


 音速のジェット機が真上を通ったような、張り裂けんばかりの轟音が響き渡る。

 同じくして、地割れのような強い揺れが、ゆっくりと進んでいた荷車を襲う。

 咄嗟の判断で、少女を抱き抱えた俺は、荷車の支柱にしっかりと掴んで、収まるのを待つ。


『あ、危ない!!』


『うぉ!?』


『皆!!柱か椅子にしっかり掴まってろ!!』


 中にいるレナとアデル、ブレイブの悲鳴――。

 そして、ランズのおっさんの怒号が、荷車の中にに響き。

 乗り込んだ面々は、各々安全だと思う何かに捕まって、必死に耐える。


 そして、ある程度揺れが収まったのに気がつきながら、俺は辺りを見渡した。

 トリケラ〇プスのような草食種のモンスターが、森の外へと一斉に動き出していた。

 何かから逃げようと、一心不乱に。


「なっ……!?あれは!!」


 逃げてきた草食種の方角を観察すると、そこには――。


 大きな両翼を広げ、

 大空へと君臨する、

 強大な飛竜が姿を現した。

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