第5話 学園のアイドルの連絡先を手に入れました

「—―未来人ね!」

「…………はい?」


 めっっっちゃ勘違いされてた!?

 虚を突かれ、呆然となる俺の前で、香澄ちゃんはドヤ顔で推理を展開していく。


「だからあなたは見計らったように昨日の路地裏に居合わせていたし、私の裏の顔を見ても、驚かなかった。そうでしょ?」

「えぇ……な、なんで?」


 いやいや、どうしてそうなるの!?

 でも……よくよく俺の言動を思い返したら、そうとも取れる、か?


 香澄ちゃんがあの路地裏で不良に絡まれたり、彼女一人で撃退することを知っていたのも、そして彼女の最大の秘密である、裏表がある二面性のある人間だってことを知っていた。

 普通なら怯える展開にも関わらず、俺は慣れていたもんな。


 だから先の展開みらいを知っているような奴の発言のそれだと思ってもしょうがないのか……?


 いやでも、そうはならんだろう!?

 それで俺が未来人って発想に至るか、普通?


 誰かに変な入れ知恵でもされたのだろうか。

 香澄ちゃん、結構チョロいから騙されやすいんだよな。

 詐欺師に騙されるサブイベントがやたらと多かったし。


「動揺してるわね。まさに図星を突かれてぐうの音も出ない、といったところかしら」


 香澄ちゃんは勝ち誇ったように、ふふんと大きな胸の前で腕を組んでいる。

 でかい。何がとは言わないが……とにかくでかい。大きいのは良いことだ。


 いまさら弁明するようなことじゃないが……俺は未来人じゃない。

 ゲームを何週も遊んで、何でも知り尽くしていただけ。


 まあ、めんどくさいからここは香澄ちゃんの言葉に乗っておこう。

 それで信じてくれるなら説明の手間が省けるし、馬鹿正直にゲーム世界へ転生しましたよって言っても信じてくれるとは思えない。


 ぶっちゃけこの世界のこと、俺だってはっきりと分かっていないし、まだ曖昧なことを教えるのは良くないと思った。

 香澄ちゃんに嘘をつくのは気が引けるが—―


「……バレてしまってはしょうがないか。君の言う通り、俺は未来からやってきた人間だ」


 ちょっと大げさに驚いて見せると、香澄ちゃんは嬉しそうに目を細めた。

 してやったりと言わんばかりだ。可愛い。


「やっぱり! ただの変態じゃなくて、特別な変態だったのね!」


 それだと俺が変わった性癖持ちみたいに聞こえるからやめて欲しい。

 しかし未来人認定してくれても扱いは変態なのか……。


 それともまだ心の底では俺を疑ってるのだろうか。

 ……ならばここはひとつ、未来人らしいことをしてみよう。


「じゃあ香澄ちゃんにこれから起こる出来事をひとつ言い当てよう」

「未来予知ってやつね。どんと来なさい」


 予知というか知ってるんだけど。意味、分かってるんだろうか。

 なんかワクワクと目を輝かせている香澄ちゃんを見ると、指摘しづらい。

 頭の中でゲーム知識を総動員し、直近で起こるイベントを思い出す。


「今から15秒後に、香澄ちゃんの携帯電話に着信がある」

「着信?」

「そう。相手は君の親友の六条ゆかりさん」

「ゆかりから?」

「ああ。電話の内容は、宿題を忘れたから写させてほしい、だ」

「宿題を? 数学のノートじゃなくて?」

「それとはまた別だな。今日提出の日本史のプリントだ」


 そこまで言い終わったとき、香澄ちゃんのバッグからスマホが鳴った。

 ぱちくりと目を瞬かせる香澄ちゃん。

 おそるおそると言った顔つきで、スマホを取り出して通話ボタンを押す。


「も、もしもし? ゆかり?」

『ごめん、香澄! 日本史の宿題忘れたからコピらせてー!』

「え……う、うん。いいけれど……」

『おっ、説教でも飛んでくるかと思えばあっさりと承諾したなー。今日の香澄はなんだかしおらしいなー。やっぱ結婚して身を固めると性格丸くなるって本当なんだね』

「う、うるさい……そんなこと言うと写させないから」

『めんごめんご、冗談だから! んじゃま、よろしくねー!』


 プー、プー、と通話が切られる。

 香澄ちゃんが信じられないものを見た顔で、俺をまじまじと凝視している。


「……ほ、本当に、ゆかりから電話かかってきた! しかも宿題の電話!」

「どうだ、これで少しは俺のこと、信じてくれたか?」

「す、すごい! 未来からやってきたのは、本当だったのね!」


 お星さまのようにきらきらと目を輝かせる香澄ちゃん。

 気持ちのいい騙されっぷりだ。


 この子、本当に大丈夫だろうか。……いくらなんでもチョロすぎて心配になる。

 俺が悪い奴だったら香澄ちゃんを一瞬で誘拐できる自信がある。


 いや、でもそうとは限らないか。

 かかってくる電話の内容をはっきり言い当てられたら信じちゃうよな。

 俺だって信じると思う。……たぶん。


「ねえ、どうして月城くんは未来からやってきたの?」

「それは……言えないんだ」


 言えないというより、正確には分からないというべきか。

 便宜上、転生と評しているけれど……俺自身、なぜこの世界にやってきたのかはよく分かっていない。気づいたらこっち側にいたとしかいいようがないのだから。

 真実は神のみぞ知る、というべきか。


「そう……やっぱりね」


 俺の沈黙をどう受け取ったのか、香澄ちゃんはうんうんと訳知り顔で頷いている。


「その先を話すと未来人の禁足事項に触れてしまうのね」

「え?」

「いいわ、無理に全てを話す必要はない。あなたの事情は察してるから」

「お、おう……」


 何も言ってないのに、俺の行動を勝手に解釈しだした。

 やっぱり心配だ。あまりにもチョロすぎる。


 この子は絶対に都会へ出してはいけない。

 せめて保護者同伴じゃないとダメだ。


「それより月城くん。連絡先、教えてくれる?」

「…………っ!?」


 ほとんど不意打ちと言っても差し支えのない言葉に、脳みそがフリーズする。


 香澄ちゃんの連絡先。

 欲しい。そんなの欲しいに決まっている。

 そのためなら俺の魂を悪魔に売り渡してもいい。


 でも、なんだろう。

 俺にとって都合の良すぎる展開というか。

 あまりにも香澄ちゃんの会話に脈絡がなさ過ぎて、不安になる。


「聞こえなかったの? 連絡先、教えてって言ったんだけど」

「い、いいのか?」

「いいよ」

「……一応、理由を聞いてもいいか?」

「決まってるでしょ。月城くんが未来から来た理由を探るため。いわばあなたの弱みをつかむためよ。私だけ秘密を知られてるなんて不公平でしょ」

「あー……」


 秘密というと、香澄ちゃんの裏の顔のことだろう。

 現状それを知っているのは俺と、彼女の親友の六条ゆかりくらいだ。


 なるほどな、話が見えてきた。

 香澄ちゃんの素を見て引かなかった俺が、未来人であると解釈することで納得しているのか。


 だから俺に興味を持ってくれて。

 でも俺に秘密を一方的に知られたままなのは納得がいかなくて。

 逆に俺の秘密を握り返してやろうと、そういう魂胆なのだろう。


 興味を持たれているのは悪い気がしない。

 香澄ちゃんの申し出を断る理由など、あるはずないし。

 俺の弱味など、喜んで差し出そう。


「いいだろう。RAINはやってるか?」

「勿論よ」


 香澄ちゃんとスマホを近づき合わせて、互いに連絡先を打ち込んでいく。

 それだけのことがひどく緊張する。汗が止まりそうにない。


 こうやって女の子と連絡先を交換するのは初めてだ。

 ゲームの中では女の子たちと何度も連絡先を交換したけど、こんなふうにリアルでやり取りすると……心臓の鼓動が早まっていくのを感じる。

 その相手が好きな女の子とくれば、尚更だ。


「はい、交換完了ね」

「おう」

「まだ話し足りないけど……そろそろ1限始まるし、戻りましょうか」


 香澄ちゃんと俺の間に、縁が出来た。

 その事実に、胸を突き上げるような、途方もない歓喜が膨れ上がってきて。


「待ってくれ。ひとつだけ確認したいことがある」

「なに?」

「昨日の告白……その返事を聞かせてくれるか?」

「……っ!?」


 香澄ちゃんが目に見えて、うろたえはじめる。

 みなまで言わなくとも、俺の言わんとすることは伝わったのだろう。


「ぇ、えっと……その、あのっ、わ、私っ、用事を思い出したから!」

「あっ」


 香澄ちゃんは一目散に逃げだした。

 はぐらかされてしまったか。……でも照れる香澄ちゃん可愛いなぁ。


 まあいい、今日は香澄ちゃんの連絡先を知ることが出来た。

 それだけで充分な進歩だ。


 じっくり時間をかけて、彼女を俺に惚れさせて、恋人にすればいい。

 ゲーム内でも恋人関係になるにはヒロインの好感度を一定まで溜めてから、恋愛イベントをこなす必要がある。

 サブヒロインの香澄ちゃんに恋愛イベントなんて用意されてなかったけど、ここが現実ならそんな煩わしい制約はないはずだ。


 これから好感度を上げに上げて。

 告白すれば、俺たちは晴れて恋人になれる、そのはずだ。


 我ながらゲーム脳でどうかと思うけど。

 香澄ちゃんが俺に惚れてくれたら、彼女は泣かなくてもいい。


 もう二度と負けヒロインなんて言わせない。

 俺が彼女を、絶対に幸せにしてみせる。

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