第拾幕 波濤

「じゃあな。お地蔵様を見つけてくれよ?」


 懐中電灯の動きを確認した椎名は、透と一緒に技術室を出た。


 廊下は静寂に支配されており、物音一つ聞こえない。もう何回も見て来た光景だ。


「花火でもあればなー派手にいけるのにな」


「やりすぎは逆効果だろ? 聡明な相手なら陽動を見抜くものさ。まつろわぬものが聡明でないことを祈ろう」


 二人は図書室前に移動し、椎名が大声を出した。その声は静寂を切り裂き、校舎中に響いた。その数秒後、待ち望んだ返答が聞こえて来た。


「かかった!」


 すぐにテケテケたちの咆哮が聞こえ、一階からも足音らしき音が聞こえてきた。その物音が大きくなり、廊下に姿を現したのは、切り刻まれた女と黒い塊だ。


「お客様だ。エスコートを頼むよ?」


「お任せください」


 恭しく頭を足れた椎名は、黒い塊を凝視しないように気を遣いながら二体に自分の存在をアピールし、透とともに教室棟へ向かって走った。


「横を見てごらん、別のお客さんだ!」


 隣を走る透に促されて横を見ると、走る自分たちを中庭から追いかけるボロ雑巾の姿が見えた。どうやら陽動はうまくいっているみたいだ。


 その時、目の前の教室棟ドアが勢い良く開き、二体のテケテケが我れ先にと廊下へ飛び込んで来た。


「うぉ……! 挟撃か……プランB!」


 透は即席案に従い、椎名を連れてT字路を曲がり、勢い良くドアを抜けた。その背後からはテケテケたちの追撃が迫る。


 後は任せたよ……御三方。


「透、どこまで逃げる気だよ!」


「とりあえず……教室棟まで逃げようかなぁ!!」


 角を曲がり、教室棟に飛び込もうとしたが、また勢い良くドアが開き、くせ毛のテケテケが現れた。どうやら先回りして来たようだが、二人は止まらず翳の助言通りにテケテケの動きに集中し――。


 目が一点集中になったことを確認した二人は――飛びかかって来たテケテケの下をスライディングでくぐり抜けた。その予想外の動きに驚いたテケテケは、二人を追いかけていた二体のテケテケとぶつかってしまい、無様に廊下へ転がった。


「はっ! 昭和のアニメみたいだな」


 椎名はわざわざ振り返ると、もがいているテケテケたちを大声で嘲笑った。ビデオカメラにもしっかり録画されているだろう。


「上品なエスコートって言ったろ?」


 余計なことをする椎名を咎め、透は教室棟に飛び込んだ。


 廊下には先回りをした化け物の姿はなく、安堵しながら南側階段を駆け下りた。透の考えではこのまま中央階段まで向かい、もう一度二階に上がって旧実習棟を経由し、本棟へ向かうつもりだ。


 中央階段を上がり、掃除用具が散らばった旧実習棟のドアを抜けようとした時、椎名は箒やモップに混じって汚れた木刀が落ちていることに気付いて拾い上げた。


「何してる、そんなものを持っていたって対抗出来ないよ!」


「いや……流華なら出来るな」


「はあ?」


 椎名の言っている意味がわからず、透は思わず立ち止まった。どう見ても流華は戦えるマッチョには見えない。


「これがあればお前より強いって!」


 ニヤリとした椎名は帯刀して走り出す。そう、これがあれば武器持ちには流華で充分対抗出来るだろう。


「……来たよ、お客様だ!」


 透の呟きを聞いて振り向く椎名。その先には階段を駆け上がって来るテケテケの姿が見えた。切り刻まれた女と黒い塊が消えていることに気付きはしたが、伏兵として使うには敏捷性が足りない。すなわち待ち伏せは無理だ。


「透! 待ち伏せはないだろうからさ、このまま本棟まで突っ切ろうぜ!」


「楽観視は危険だけど……よしきた!」


 隣に並んだまま二人はスピードをあげる。椎名の楽観視の通り、角を曲がっても廊下を駆け抜けていても伏兵の姿は見当たらない。


 そのまま二人は本棟へ向かおうとしたが、角にある書道室の引き戸が開き、隻腕のテケテケが姿を現した。猟犬としての俊敏性が失われた以上、もう脅威じゃない。そして、その健気なテケテケが狙っているのは椎名だ。


 舐めているような素振りさえ見え、透は化け物に対する慢心を咎める意味で叫ぶ。


「椎名! 窮鼠猫を、だ! 相手を舐めるな!」


「わーってるよ!」


 叫んだ椎名はテケテケを注視し、その下を擦り抜けようとスライディングに備え――テケテケは跳躍しなかった。


「なに!?」


 咆哮をあげたテケテケは自らに向かって滑り込んで来た椎名に向かって駆け――擦れ違い様に彼女の左肩を切り裂いた。


 廊下に血が飛び散り、テケテケの横を抜けた透はすぐに椎名へ向き直った。切られたとはいえ、スライディングの勢いが止められたわけじゃない。テケテケとの充分な距離は作れた。


「言わんこっちゃない!!」


 椎名を抱き起こす。擦れ違い様に少しでも身体を捻らなければ、最悪首まで切られていただろう。血が激しいだけで済んだのは幸運だ。意識もある。


「悪い、今は優しく出来ないよ!?」


「……上等!」


 透は椎名を支えて、テケテケから逃げる。


 三人がお地蔵様を見つけ対抗手段を手に入れた、という吉報を聞くために透は本棟へ駆け込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る