第47話

「私の話は、以上です。ご清聴ありがとうございます」


「その女の子は、今は大丈夫なの?」


鮎貝の横顔に質問した。


「はい。後日、お祓いをしたら、お腹は元に戻ったそうですよ」


「鮎貝さん。ありがとうございます。怖さレベルは、3チビリでした。はぁ~」


近づいてきたネム。そのフワフワした尻尾が、首の辺りをサワサワ触る。小刻みに震えていた。


「そういえば、ネムってさ、凄い怖がりじゃん。使者との運試しジャンケンでも漏らしてたし……。それなのに、どうしてこんな企画をした?」


「次は、正義さんですね」


首に絡み付いた尻尾が、ぎゅうぎゅう首を締め上げる。


「やめっ! 苦…し………。ゴホッ、ゴホッ!! あ~~、この話でネムに引導を渡してやる。覚悟しろ」


尻尾を首から引っ剥がし、ネムを睨む。


「へぇ~~。なかなか言うじゃねぇか。もし私が、1チビリもしなかったら、今夜抱いてもらうからな。お前こそ、覚悟しろ」


腕を組み、背後で仁王立ちのネムを無視し、僕は静かに話始めた。




【語り手:自分】



「どうしたの?」


「……なんでもない」


俺は両目を閉じ、現実逃避を繰り返す。

最初は、空耳程度だったのに……。今では、はっきりと聞こえるようになった。


【絵の中の女】は、今日も俺に話しかけてくる。この絵は、大学の入学祝いに祖母から渡されたもので。廃棄することも考えたが、確実に呪われそうだったので、仕方なく今もタンスの上に立て掛けている。



絵(彼女)に背を向け、テレビのお笑い番組を見ながら、カップ麺を食べていると。



「野菜も食べないと栄養が偏るよ?」


「うるさいっ! 俺の勝手だろ、何食おうと」


「ごめんなさぃ………」



深夜。


寝ている俺を見下ろす女の存在に気づいた。最近では喋るだけじゃなく、深夜2時過ぎに絵の中から出てくるようになった。昔見たホラー映画を少し思い出す。すでに俺は、呪われているんだろう。


「そうやって見られてると、気になって寝れない」


「ごめんなさい……。可愛い寝顔だったから…………。戻るね」


その言葉が、あまりにも悲しく部屋に響き、気づいたら絵の中に戻ろうとする女の手を掴み、後ろから抱きしめていた。


「キツイ言葉ばかり言って、ごめん」


「ううん、いいの。あなたが優しいってことは、昔から知っているから。ずっと前………。あなたは覚えていないだろうけど、お婆様の蔵で眠っていた私を幼いあなたが起こしてくれた。埃や蜘蛛の巣、虫の死骸を必死に両手で取って、優しく拭いてくれて………。キレイにした私を蔵から出してくれたよね。日の当たる場所に連れ出してくれた」


「あんなにさ、綺麗な絵が汚れた場所に放置されているのは勿体ないって思っただけだよ。ただ…それだけ……」


「それでも私は、すごく嬉しかったの。だから、成長したアナタの側にいられる今が一番幸せ」



女から体温は感じなかったが、予想していたよりもその体は柔らかく、か弱い印象を受けた。俺の両手に今も包まれている絵の中の女は、現実の女とは比べ物にならないほど魅力的に思えた。


………………………………。

………………………。

…………………。



数年後ーーー。


「行ってきます」


無事に就職先が決まった俺は、彼女にいつものキスをしてから出勤する。


「うん。行ってらっしゃい。無理しないでね」



四角い絵の中。


愛おしそうに、その膨れたお腹をさする俺だけの聖母。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る