第7話

フロアマスターとの勝負を終えた僕は、ネムの手を引き、このタワーから逃げるように飛び出した。


この場所に長時間いると自分が自分でなくなるような………そんな…言葉に出来ない恐怖がある。


「怒ってるの?」


「怒ってない……。ごめんね、ネム。いきなり、連れ出しちゃって。下界より、快適なあのタワーの生活の方が良かっただろ? ほんと、ごめん………」


ネムはピョンと跳ねると、いきなり僕の背に飛び乗った。


「うおっ!」


「私はさ、ダーリンがいればどこだっていいもん。ダーリンがいれば、地獄だって天国に変わるし」


恥ずかしかった。


純粋なネムの気持ちが、背中越しから伝わり、思わず涙が出そうになった。


小さな温もり。安心を乗せ、僕は愛しい我がボロ家を目指し、ゆっくり歩いた。


その帰り道ーーーー。


町のゴミ捨て場で、捨てられたゴミを漁っている人間がいた。


その人間と偶然目が合った。色のない目だった。


「っ!?」


心拍数が一気に跳ね上がる。

目の前にいたのは、あの鮎貝だった。


「……どうし…て……鮎貝が……」


彼女もこの異世界に転生したのか?

彼女に会えた喜びで、脳がビリビリ痺れた。


「鮎貝……」


「……………」


「鮎貝だろ? 僕だよ。前田。あの……前田 正義」


「………………ごめんなさい。分かりません」


彼女と僕は中学からの知り合いで、一緒に遊んだことも一度や二度じゃない。でも今、彼女からは僕に対して何の興味、関心も感じられなかった。


「僕…のこと……分からないの?」


「はい……。ごめんなさい」


僕とは違い、前世の記憶がないのだと分かった。何も知らない彼女をこれ以上困らせるのは可哀想だと思い、


「あ……えっ…と、ごめん。知り合いと勘違いしてたよ。あの…さ、もし良かったら、一緒に飯を食べないか? ご馳走するよ」


全く僕のことを覚えてなくても、彼女をこのゴミ捨て場に残していくことは、どうしても出来なかった。


背中から飛び降りたネムに横腹をつねられた。


「痛っ、いたたたたたッ!」


「このメス、誰?」


「あ、後で説明するから! 待って」


「後じゃなく、今言え! すぐ言え! この、このバカ」


ネムの猫パンチでポカポカ殴られている僕の様子をジィーーーーと見ていた鮎貝は、クスクス笑いだした。


「…………面白い……人…」


ネムのパンチを受け止めながら、鮎貝をチラチラ見る。………やはり彼女には、全く『運』がなかった。不思議なのは、運がない人間は死ぬしかないのに、彼女はこうして普通に生きていると言う事実。前の世界でも、それだけは理解出来なかった。


運がない。


例えば、植物……葉っぱ一枚にすら、運は存在するのに。


それは…もう……機械でしかあり得ない。


彼女は、人間じゃないのか?


鮎貝………。


……。


キミは、いったい何なんだ?

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