【短編】甘えて甘えて、クリスマス

春野 土筆

【短編】甘えて甘えて、クリスマス

 今日は十二月二十四日。

 つまりクリスマス・イヴ。

 つまり、自分と自分が一番好きな人が一緒に過ごす日。

 だからなのだろう。

 こんなに多くのカップルがこの町一番のショッピングモールに集結しているのは。あちらを見てもこちらを見ても、社会人から中学生に至るまで幅広い世代のカップルが見るからに幸せそうに僕たちの横を数多も通り過ぎていく。

 でもまぁ一応。

 僕達もはたから見れば彼らと同じように見えているのかもしれないけれど。

「凪君、今日はありがとう」

 前を歩いていた先輩が小鳥のような優しい笑みをこぼす。

 長めのコートを翻して、はにかみながらこちらを見るその姿に、僕は心臓が大きく跳ねてしまった。

 真っ黒い長髪とは対照的な白い肌。

 僕よりも高いその身長に比例するかのような長い脚。

 少し垂れた大きな瞳からは優しい雰囲気がにじみ出ている。

 間違いなく美少女。

 派手さはないけれど、見れば見るほど整ったその容姿に釘付けになってしまう。

「……どうしたの?」

「い、いえっ、何でもないですっ!」

 コクッと軽く首をかしげて見せるその姿もまた可愛らしい。

 僕は自分の頬に手を当てた。

 若干熱くなっている。

 今照れてしまったことがバレてないだろうか。

「それじゃあ、今日はよろしくね」

 腕を後ろに回すと、先輩は優雅に振り返って微笑んだ。

 これも多分素でやっているであろう彼女に対して、こちらも下手に言うこともできず。

「…………は、はぃ…」

 僕はさりげなく彼女から視線を逸らした。

 眼福すぎる。

 こんなの、僕が独り占めしちゃいけない光景すぎる。

 今日僕はショッピングモールに部活の先輩と訪れている。

 先輩の名前は、咲野風花。僕が所属している文芸部の2年生だ。さっきも言ってしまったけれど、見た目は超絶美少女で、学校でも人気が高い。

 よく色々な男子から告白されたって話も聞くし、クラスでも男子達の間でよく話題に上がっており、学校でのあだ名は白雪姫。その透き通った肌とおしとやかで優しそうな雰囲気からそう呼ばれている(噂では今までされてきた告白をすべて断ってきたから、純真という意味でも白雪姫って言われてるとかいないとか……)。

 今、雰囲気が優しそうって言ったけれど、もちろん性格も折り紙付き。いつもニコニコしているし、困ったことがあると何かと助けてくれる。勉強が分からないときはよく隣に座って教えてくれたりもする気配り上手な先輩だ。

 と、風花先輩のことをとても良く書いてしまっている(実際とてもいい人なんだけど)ことからも分かるかもしれないけれど、僕もさっき言った男子達の一人だ。初めて彼女を見たときから、すっかり彼女の虜になってしまった。

 だから、今日のショッピングに彼女から誘われたときはもちろん即答した。

 荷物を持ってほしい――いわゆる荷物持ちとして呼ばれただけなんだけど、それでも彼女に頼られていると思っただけで嬉しかった。

 彼女が僕の事を好きになってくれる、なんてただの夢物語だとは思うけれど。

 風花先輩と二人でクリスマス・イヴを過ごせるなんて、今後絶対ないだろうから。

 今日は思う存分堪能しよう。

「そういえば、凪君は今日ほんとに大丈夫だったの?」

「…………え、え~っと?」

「い、いやね、今日はクリスマス・イヴだから…………凪君一緒に過ごす人がいたんじゃないかなぁって思って。私が無理やり連れてきちゃってないかなって」

 一緒に来てくれても良かったのかな、と苦笑いで訊ねてくる。

 やっぱり先輩、優しすぎる。

 僕が本当にクリスマス・イヴに用事がなかったのか心配してくれてるなんて。でもその優しさは逆に傷つくっていうか、何ていうか……。

「大丈夫です。そもそも僕に一緒に過ごす人なんている訳ないじゃないですか」

 ハハハ、と作り笑顔を向ける。

 自分で言ってて悲しくなるけれど、それに耐える。

 自分で言うのもどうかと思うけれど、僕は「男の娘」っぽい男子だ。どういうことかっていうと、身長低くて見た目が女の子っぽくて。彼氏にしたいじゃなくて、彼女にしたい男子ってクラスでもよくネタにされてる。

 周りの女子からも、「凪君って彼氏にしたいっていうより、弟にしたいっていう感じだよね」ということを幾度となく言われた。身長を伸ばして、みんなを見返してやる!と意気込んで色々試してはみたけれど、どれもこれと言って効果は出ておらず、未だに入学当時のまま今日この日まで来てしまっている。

「そっか、ならよかった」

 少しホッとしたように息を吐く風花先輩。

 僕に彼女はいませんけど、こうして間近で先輩と過ごせて幸せです………なんてキザなセリフ、口が裂けても本人には言えないけれど。

「そうだ、ここで一枚写真撮ろっか」

 先輩が指さしたのは、高さ10メートルはあろうかというクリスマスツリー。ショッピングモールに来る人を出迎えるかのように佇むツリーは電飾がキラキラ輝いていて、幻想的な光を醸し出している。

「えっ、いいんですか?」

「だって今日せっかく来たんだもん。記念に、ほら」

 先輩はそう言うと、僕の肩を抱き寄せスマホを向けた。

 甘い香りが広がる。

 柔らかな彼女の体温が伝わってくる。

「はい、チーズっ」

「ち、チーズ…………!」

 僕が冷静さを取り戻す前に。

 心臓の音がうるさく鳴り響く中、シャッター音が微かに聞こえた。

「それじゃあ、これ凪君にも送っておくね」

と、今撮った写真を見せてくれる。

そこには真っ赤に赤面した僕と、いつも通り微笑む風花先輩が映っていた。

な、情けない……。

心の中で自分自身に失望してしまうけれど。

僕が照れていたことがバレバレになってしまった代わりに先輩とのツーショット写真を撮れたのなら、ある意味結果オーライのような気もする。

スマホが鳴り、確認すると早速先輩が写真を送ってくれていた。

「ありがとうございます」

「…………凪君、照れてたね」

 フフッ、と口に手を当てて笑う先輩。

「そ、それはっ……忘れてくださいっ!」

 あんなことされたら、彼女なし歴=人生の人は絶対照れますから。

ていうか先輩、刺激強すぎます。

未だに僕の心臓はうるさく鳴ってるんですから!

「じゃ、行こっか」

 赤面して言い訳をする僕をよそに先輩がお店に向かっていく。

「ち、ちょっと待ってくださいよ!」

 先輩の背中を追う僕。

 そんな後輩の姿が微笑ましいのか、それとも後輩をからかえて楽しいのか、僕の呼びかけに、 風花先輩はいたずらっぽく振り返る。

 そして。

「今日はたくさん回るから、凪君も覚悟しててね?」

 軽くウインクしたその姿に、僕の心は一気に彼女に奪われてしまう。

 これは、今日一日心が耐えられるだろうか……。

 そんな不安を感じつつも、先輩とのクリスマスショッピングが幕を開けたのだった。


     ※


 ――で、そんな楽しい時間というものはあっという間に過ぎてゆくもので。

 外はすでに真っ暗になっていた。

 現在、僕たちはスタート地点である、クリスマスツリーの前に佇んでいる。

 周りを見渡せば相変わらず、というかこの時間になってさらにカップルが増えたような気がする。昼頃よりも腕を組んで歩いているラブラブなカップルだらけになっている。そんな中、恋人たちを祝福するかのようなイルミネーションが夜になって一段と映えていた。

 しかし先輩は、そんなカップルにもクリスマスツリーにも目を向けていなかった。

 彼女の眼は僕の手元に釘付けになっている。

 と、いうもの。

「な、凪君、大丈夫?」

「っだ、大丈夫、です…………」

 引きつった笑顔を彼女に向ける。

 ジーッと彼女が見つめる僕の両手は先輩が買った衣料品やインテリアの袋でいっぱいになっていた。今日一日彼女の買い物に付き合い、それを全部持っていたらいつの間にかこうなってしまっていたのだ。

 何本ものひもが指に食い込み、結構痛い。

 だけど、少しぐらいは彼女に男らしい所を見せたい。

 そういう思いだけで、ここまで頑張ってきました。

 彼女が買い物から戻ってくるたびに、「僕が持ちます、持たせてください」と自分から志願したせいで、このような状態になっている。

 こういう時、もっと体格がよかったらなぁ、って思う。

 男らしかったら、もっと先輩からも頼りにされるんだろうなぁって。

 まぁ仕方のないことなんだけど。

「辛くなったら、いつでも言ってね?」

 無理しているのが顔に出てしまったせいで、風花先輩は心配そうな声を上げる。

 女子に心配されてしまうなんて、なんて情けない………とは思ってしまうが。

 僕は、風花先輩が見せた儚い表情に目が奪われた。

 髪をなびかせるその姿に。

 いつもの彼女もいいけど、こういう表情もまた美しくて。

 何か心なしか元気が一割増しになった気がする。

 もちろん先輩を心配させてしまっているのは申し訳ないけれど、僕にはやらなければならないことがあるんです。

 持たなければならない戦いが、ここにはあるんです。

 いや、ないんだけど。

「……あっ、本屋さんに寄ってもいいかな?そういえば、買いたい本が買えてなくて」

「も、もちろんです!」

「じゃあ、あそこのベンチで待ってて。すぐ買ってくるから」

 風花先輩が指さした先には、誰も座っていないベンチが。

 僕は彼女が書店に入っているのを見届けてから、ベンチにドスンと腰を下ろした。

「ふぅ~、疲れたぁ」

 荷物を横に置いて、肩をグルグル回す。そして、片手でもう一方の方を揉みながら筋肉をほぐしていく。

 あぁ~、気持ちいぃ~~。

 肩もかなり凝っていたから、ほんと助かる。

 もしかしたら、先輩も僕の事を心配して買い物に行ってくれたのかもしれない。

「はぁー」

 ふと大きく息を吐いた。

 すると白い靄が広がって、数秒の間に透明になって消えていった。

 クリスマス・イヴに家族以外の人と過ごしたのは今年が初めてだった。最初は変に緊張してしまったけれど、途中からは先輩の買い物について色々な商品を見たりできて結構楽しかったな。

 色々と今日の出来事を思い出す。昼食の時に、頬についたケチャップを苦笑しながらとってくれたこと。服の試着と称したファッションショーを見せてくれたこと…………。

 先輩、可愛かったなぁ……。

 しばらくクリスマスツリーを眺めながら、先輩のことばかり考えていると。

「凪君、お待たせ~」

 書店から笑顔の先輩が戻ってきた。

 その手には袋が一つ下げられている。

 お目当ての本があったのか、若干テンションも高くなっている気がした。

 僕はひじ掛けに手をかけて。

「それじゃあ、行きま………」

「その前に、ちょっとトイレ行ってくるから、本ここに置いておくね」

 もう少し待ってて、と本を置いた先輩は再びショッピングモールの中へと消えていった。

 一瞬立ち上がろうとしたんだけど、あとちょっと休憩できそうなので、もう一度ベンチに座り直すことにした。

 今のうちに疲れを出来るだけ取っておかないと、これじゃあ帰りまで持たないかもしれない。ここまで頑張ってきたのだから、最後まで荷物持ちとしての任務を全うしたいところだ。

「あぁ~、今日もこれで終わりか……」

 頭に出た言葉を口に出すと、不意に寂しさが襲ってきた。

 ここに来た時から、「こんな時間がずっと続かないかな~」って思ってはいたけど、終わってみればやっぱりあっという間で。

 楽しい時間って過ぎ去るのも早い。

 本当に夢のような時間だった。

 先輩の色々な可愛い顔が見られて、何回も照れて。

 まるで、二人っきりでクリスマスデートをしているような気分だった。別に悪いことはしてないんだけど、誰も知らない二人っきりのお出かけに。まるでいけないことでもしているかのような胸が高鳴る感覚。

 って、さっきからずっと先輩のことしか考えられていない。

 今日見せてくれた可愛い表情が何度も何度もフラッシュバックする。

「風花先輩…………あぁ、もうっ!」

 ブンブンと頭を大きく振る。

 彼女と僕は釣り合わない、って分かっているのに。今日一日、ずぅーと先輩と過ごして、今まで以上に彼女のことが好きになってしまった。

 逆に嫌いになる要素なんてどこにもない。

 これじゃあ……。

 ふと先輩が買ってきた本が入った袋が目に留まる。

 と、同時に彼女が買った本に興味が湧いた。

 ………先輩、どんな本買ってきたんだろ。

 そういえば、いつも先輩がどんなジャンルを読んでいるかあまり知らない。

 大体他の人たちが話している内容に笑顔で頷いてはいるけれど、自分から話題を提供して話しているタイプではないような気がする。

 個人的なイメージは、純文学なんだけど。

 因みに、うちの文芸部には幅広い読書家が集まっている。王道の純文学が好きな人もいれば、ミステリー小説が好きな人やライトノベルが好きな人などその分野のスペシャリスト、ともいうべきメンツが揃っている。

 先輩がよく話している女子達は多分ラノベとかそっち方面の人だから、そう考えると先輩もラノベとかも結構読むのかな、って感じもするけれど。

 僕はあまり知らないけれど、ドストエフスキーみたいな海外の文豪が書いたような小説を読んでいる彼女も言わずもがな。

 めちゃくちゃ似合っている。

 知的な彼女の印象ととてもあっているように感じる。

 で、風花先輩の買った本だけど…………チラッ。

 もう一度彼女が買った本が入った袋を見つめる。

 彼女が何を買ってきたのか、やっぱり気になるし見てみたい。

今日一日過ごしたせいか、いや、そうとしか考えられないけど。彼女の僕がまだ知らない面をちょっとだけ見てみたくなってしまった。

「少しくらいなら………………いいよね?」

 僕はあたりをキョロキョロ見渡してから、彼女が置いていった袋にそっと手を伸ばした。

 そして先輩が戻ってきていないか、彼女が消えた方向を確認してからさりげなく袋の中に手を忍ばせる。と、数冊の本が指にあたる感触。

 どうやら先輩は何冊か購入したらしい。

 その中の一冊を手に取り、そーっと袋の中から半分だけ顔を出し……。

「…………え?」

 と、同時に僕の手が止まった。

 半分だけ出してすぐに袋の中に戻すつもりが、その半分飛び出た表紙に釘付けになってしまう。僕はすぐさま残りの半分を見るべく、その本を袋から取り出した。

 表紙を見ていきなり飛び込んできたのは、二人の男女だった。ショートカットの可愛い顔をしたキャラクター。そしてそのキャラを可愛がっているお姉さん。

 お姉さんが少年に、所謂あーんをしているイラストがそこには描かれていた。

「こ、これって……」

 至急、彼女が購入した他の本も物色する。

 先ほどまでは見るのもビクビクしていたのに、今や彼女が買った本ということを無視して彼女の袋を漁りまくる。すると、どの本も幼い容姿の可愛いキャラクターとその子を甘えさせようとするお姉さんキャラが描かれていた。

 一冊だけなら、まぁよくあることだと思っていた。

 こういう系って、ゆるくて可愛くて、たまに見ると心が癒される。

 そういう視点で買っているのだと思っていた。

 だけど、他の二冊もこの本と同じような系統のものだということは…………。

 僕が一つの答えに行きついたその時。

「…………な、凪君、何見てるのっ⁉」

 素っ頓狂な声が目の前で聞こえたので勢いよく顔を上げると、そこにはトイレから返ってきた風花先輩が瞠目してこちらを見つめていた。正確に言うならば、僕が持っている三冊を、顔を真っ青にして見ていた。

「え、ええっと、これって………」

「か、返してっ!」

 すぐさま僕の手から本を奪い取る風花先輩。

 いつものおっとりした雰囲気からは考えられないような、俊敏な動きにこちらは見ている事しかできなかった。呆ける僕を恥ずかしそうに頬を染めながら睨みつける。

 悔しそうな、後悔しているような表情。

 購入した本を取られないよう、大事そうに胸に抱いている。

 これは、聞いていいのだろうか。

 彼女に核心をついてもいいのだろうか。

 なんて言葉を紡げばいいのか分からず、彼女と視線を絡ませたまま何も言葉を発せない。

 ただ視線だけが絡み合う、そういう時間が数瞬続いた後。

「…………幻滅した?」

 フッと、睨むのを止めた風花先輩は、自嘲気味に僕から視線を逸らした。真っ黒い瞳は色を失い、絶望したようなそんな雰囲気が満ち溢れている。シルクのような滑らかな声が今回ばかりは掠れて聞こえた。

 彼女のこんな姿は見たことがなかった。いつも泰然として、自然体なその姿だけで頼れる先輩っていった感じの先輩が、今は生気を無くして目の前で佇んでいる。

 やはり、まずかった――。

 そんな彼女の姿を見て、自分がしたことを悔やむ。

 見るんじゃなかった。

 彼女が何を買ったかなんて。

 落ち込んでいる彼女の姿には心が痛む。

 その表情は本当に恥ずかしそうで。

 僕に何を言われるのか、怖がっていそうで。

 でも、このことを聞かなくちゃいけない――そう思った僕は思い切って口を開いた。

「……先輩が買っていた本って…………ショタ系ですよね?」

「ふ、ふぃっ⁉」

 僕からの指摘に、先輩はビクッと肩を跳ねさせる。

 変な声も漏れた。

 僕からの問いかけに、彼女は目を伏せる。

 すぐに答えは返ってこなかった。

「…………せっ、先輩は、ショタが好きなんですか?」

 もう一度問いかける。

 すると彼女はプルプルと小刻みに震えながらも再び視線を僕に向けた。

 顔は真っ赤に染まっている。

「……そ、そうだよっ。わ、私はショタコンなんだよ、悪い?」

 なんか逆ギレしている。

 先輩の怒っている姿、初めて見た。

 怒気の孕んだ声に、眉をわずかに逆立てている。

 ていうか、さっきまで絶望してたのに、急に元気になってる。

 でもそうしないと、自分を保っておけないのかもしれない。フルフルと体をわななかせながら僕睨みつけるが、その姿は誰がどう見ても可愛くて。

 迫力は全く何も感じなかった。

 怒り慣れてないのがバレバレだ。

「もしかして、ですけど…………今日もそれで?」

 話の流れに乗って訊ねる。

 今日のクリスマス・イヴに僕を誘ったのは、そういうことなのか。

 すると先輩は、フッと息を一つ吐いて。

「……そ、そうだと、なにっ?可愛い凪君を愛でたくって、なんて理由で誘ったら、ダメなのかな?」

 いきなりツンデレみたいな態度になる。

 あぁ、もうっ。

 ダメじゃないに決まってる。

 あと、もう気付いてください。それただ可愛いだけですから。

 年上だけど可愛い、可愛すぎる。

 強気に出てはいるけれど、その瞳は不安に溢れていて。

 触ると崩れてしまう砂城のように、繊細で切ない風花先輩が僕を見つめている。

 そんな先輩がずる過ぎる。

 こんなの、ダメだなんて言う男子が存在するわけないじゃないですか。

「ダメじゃ、ないです……けど」

「そ、そうだよねっ。私が凪君をそういう目で見てても……も、問題ないよねっ」

 先輩は自分に言い聞かせるように、繰り返す。

 いや問題はあると思うけど……。

 人の事を、可愛いショタと見てることに対して、「全然問題、ありませんっ!」と笑顔で親指を立てる自信はない。正直、僕も自分がショタだなんて言われていい気がするわけはないけれど。

 だけど意中っていうか、憧れの人がそういう趣味だったら、その人に何て言われても僕は気にならない。

 むしろ逆に自分がショタであったことがラッキーであるとさえ思ってしまう。

 だから。

 僕はその自分の特性を目いっぱい活用することにした。

 僕のことをそういう目で見てくる先輩に、僕がどういう目で彼女を見ているか、見せつけることにした。

「な、凪君っ……⁉」

 僕は立ち上がると、風花先輩の胸の中に飛び込んだ。

 素っ頓狂な声を上げる先輩を無視して、ギューッと彼女を抱きしめる。何の前触れもなく、いきなり。

 もしかしたら、セクハラで訴えられるかもしれない。

「やめてっ!」と言って思いきり振り払われるかもしれない。

 それでも。

 僕は風花先輩に思いっきり甘えて見せた。

 ショタコンだという彼女に、僕ができる最大の甘えを披露する。

「……き、急にどうしたのっ。わ、私っ………⁉」

 突然の行動に大いに動揺する。

 前触れもなく先輩に抱き着くなんてどこの変態だと思うけれど。

 これも、僕の事を「可愛い」なんて先輩が言ってきたせいです。赤面して、人の事可愛いとか、我慢できなくなるに決まってるじゃないですか。先輩のことで、他のことなんて考えられなくなるに決まってるじゃないですか。

 今日一日、ずっと溜まりに溜まっていた感情のままに行動する。

 アワアワと分かりやすく戸惑う先輩に。

「ぼ、僕が先輩をこういう目で見るのだって、ダメじゃないですよねっ………?」

 唇を噛みしめながら。

 上目遣いで彼女をジッと見つめる。

 恥ずかしい。

 自分から甘えているくせに、頬が見る見るうちに熱くなる。

 しかし先輩はそんな僕を見つめたまま、突き放そうとはしなかった。

 見上げる僕と視線が絡み合う。

「そ、そんな目で私を見ないでよっ…………」

 ずるいよ……、とポツリとこぼれる。

 先輩の頬は上気して、いつもの白い肌が見る影もない。

 視線は泳ぎまくっている。

 恥じ入る表情も、やっぱり可愛い。

 緊張と抱きついているせいで、心臓がうるさいくらい鳴り響く。

 でも、でもでもでも。

 先輩に自分の想いを伝えられるチャンスなんて……。

 僕は意を決して。

「…………ぼ、僕をっ、先輩の……彼氏にしてもらえません、か……?」

 声を震わせながら彼女に告白した。

 ほんとははっきりとした声で告白したかったけれど。

 いざ声に出してみると尻すぼみに小さくなって。

 本当にカッコ悪い告白になってしまう。

 別に僕の事を恋愛対象として好きじゃないかもしれない。ただショタの一人として、僕の事を愛でたかっただけなのかもしれない。

 逆にそっちの可能性の方が高いだろう。

 そういう不安が頭をよぎってしまった。

 事実、僕は女子達にいつも弟候補にあげられてしまう始末なのだから。

 でもこんなチャンス、もう二度とめぐり合えないかもしれない。

 こんな優しくて綺麗で…………めっちゃ可愛い先輩に。

「……っ。お、お願いしますっ」

 僕は目を瞑って、駄々をこねる子どものように顔をうずめた。

 高校生にもなって恥ずかしい。

 自分でも、自分が子どもっぽいって思う。

 だけど、どれだけ恥ずかしい思いをしたとしても風花先輩には、自分の気持ちを伝えたかった。これから先、先輩との関係がどうなろうとも僕が入学してから彼女に夢中だったことは知って欲しかった。

「……な、凪君は、私のこと……そういう風に見てたの?」

 震えた声で問いかけられる。

 ……やっぱり、答えはダメということなのかな。

 思いっきり戸惑ったような彼女の声に自信がなくなってしまうが。

「は、入った時からっ………………先輩のことが……」

 自分の心にあることを彼女に伝えようとする。

でも、最後に言おうと思っていた「大好きでした」の一言が、彼女の顔を見た瞬間に突然恥ずかしくなって詰まってしまう。

 もじもじしながら、視線を逸らすと。

「…………凪君、私といる時どう思ってくれてたんだ」

 いつもの優しいシルクのように滑らかな声が頭上に降ってきた。まるで母親のような慈愛に満ちた優しい声。どこか感慨深げでもあるその声に。

 思わず再び彼女に目を向けると。

「……ありがと、凪君」

 透明な、純真で真っすぐな瞳が僕の双眸を捉えた。

 そして、一回息をつくと。

「せ、先輩っ……⁉」

 先輩の両腕が僕の体を包み込んだ。

 隠れるくらいに彼女のコートの中に包み込まれる。

 そして。

「………今日、私は凪君と一緒にいるよ?」

 ボソッと。

 僕にだけ聞こえるくらい小さな声で囁きかけられる。

「えっ…………」

 思わず聞き返してしまう。

 すると彼女は。

「…………私、今日は凪君とだけ過ごしたかったんだよ?」

 今度は耳元に顔を寄せて、しっかりと聞こえるようにそう言った。

 その妖艶な雰囲気に頭がくらくらする。

 でも、全然悪い心地とかはしなくて。

 むしろずっとこの状態が続けばいいのに、なんて思ってしまう。

「あ、あのっ……先輩。それじゃあ…………」

「私も凪君のこと、大好きだよ………って、凪君また照れてるっ」

 可愛いね、と頬をちょこんとつつかれる。

 だ、大好きって。

 今、先輩が僕の事を大好きって……。

 自然と頬が発熱してしまう。

 ずっと今年一年、目で追ってきた憧れの先輩から言われた言葉を口の中で反芻した。

その言葉をかみしめる度、鼓動が早くなる。そのことを指摘されて、さらに頬が熱くなったように感じる。

 何か今日はずっと照れてばっかりだ。

 彼女に赤面する姿ばかり見られて……恥ずかしい。

 先輩はそんな僕の姿が面白いらしく、相好を崩して僕を見つめている。

「………そ、そんな顔で見ないでくださいよっ」

 赤面しちゃダメですか?と先ほどの先輩みたいに、彼女を睨み返す。………でも、やっぱり無理をしているせいか、先輩を見ながらプルプルしてしまった。

 ずっと彼女を見ていられない。

 さっきの彼女と同じように。

 すると。

「……凪君が睨んでも、可愛いだけだよ?」

 先輩はコクンと首をかしげると、さらに微笑みかけてきた。

 それ、先輩も同じですから……。

 先輩だって、めっちゃ可愛かったじゃないですか。

 でも、こんなに先輩がぐいぐい来てくれるなんて思っていなかった。

 可愛いとか、大好きとか……あんまり言わないタイプだと思ってた。

「凪君……どうしたの?」

「なんか、いつもとキャラが違うなって………」

 いつもの素朴な清楚キャラから、まるで悪戯っ子キャラのようになってしまっている。

 ま、まぁ……こういう先輩もめちゃくちゃ可愛いんだけど。

 これが、素の先輩ということなのかな。

 僕の表情を見て先輩が不安そうに眉を顰める。

「……こういう私、凪君は嫌い?」

「そ、そんな訳っ…………!」

「良かった♪――」

 すると突然。

先輩は僕の唇に人差し指を押し当てて。

「………二人だけの秘密だよ?」

 こんな姿君以外には見せないんだから―――と、軽くウインクしたのだった。

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