モーニングコール (2023.9.25)

 やはり物語は嘘つきである。「……きて、起きて」なんて聞こえ方はしない。

 考えてみると不思議なことだ。それまで意識は現実に向いていないのに、どうしてきみの声を、一つも聞きこぼさずにいれるのだろう。


「しーさん、起きて、朝だよ」

「ん……」


 ベッドの軋む音がする。そうだ、僕たちは今旅行に来ていて、人生で初めて、二人きりで夜を明かしたところなのか。

 眠たい頭でぼんやりそんなことを考えながら、体を起こす。冷房が効いていて心地良い。毎朝こんなふうに起きれたらいいのに。まあ、電気代が高くなるから無理だろうけど。


「ところで、なんでこっち側にいるんだっけ、反対側にいなかった?」

「……お前ってやつは本当に」


 ……危ない。きょとんとした顔で聞いてくる彼をはっ倒すところだった。この人寝てやがったから、昨晩のこと知らないんだ。


「四時ぐらいに寒くて目が覚めたと思ったらさあ、お前が毛布取ってやがるし、毛布引っ張っても全然取り返せねぇし、諦めてどうにかせっまい隙間にはいったんだよばーか」

「あっ、それは、ごめん……寝相悪いからさ」


 素直に謝られた。首裏を掻いているのは、ただの彼のくせだろう。

 そう簡単に引き下がるとは思っておらず、なんとなくきまりが悪くて、まあいいけど、なんて呟く。


 少しの間、沈黙が場を包む。遠くで鳥の鳴く音がする。


「ああ、言ってなかった」

「ん? なにさ」


 そっと頬に手を添えられ、間もなく唇が触れ合った。優しく微笑むきみの顔が、ひどく心臓に悪い。


「おはよう」

「……ん、おはようさん」


 甘く響いたきみの声は、なるほど、好きだから聞きこぼさないのだな、とどこかで納得がいっていた。

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