幼馴染に「好きな人できた」って言ったら、その夜に俺のベッドに忍び込んできて既成事実を作ろうとしてきました。……ちょっと待って。好きな人、お前なんだけど

本町かまくら

 


 それは何でもない、帰り道でのこと。



「そういえば俺、好きな人できた」


 

 俺がそう言うと、幼馴染の白花遥香(しろはなはるか)が口を開いたまま固まった。


「……え」


「いや、好きな人できたって」


「……え」


「お前は壊れたロボットか」


「……うそ」


「嘘じゃないし本当だし」


「……そ、そうなんだ」


 ようやく表情を取り戻す。


 しかし、何故だろう。


 いつもキリっとしている瞳がへにゃりと弱弱しく、おまけに薄っすらと涙が滲んでいる。


「ついにできたわー」


「……そ、それを私に言ってどうするのよ」


「どうするって、別に幼馴染だし、ちょうど今思ったから言っただけだけど」


「…………そう、なのね」


 力なく俯く。


 もう完全に、今にも泣きそうである。


 いつも仁王立ちして「あんたなんか知らないわよっ! ぷいっ」とツンなあの遥香が、だ。


「ま、一応お前に知っておいて欲しくてな」


「そう、なの」


「うん、そんだけ」


「…………」


 それっきり黙り切ってしまった遥香は、最後まで浮かない顔をしていた。






 その夜。


 俺は何度か遥香にメッセージを送ろうと思ったが、これといって思いつかず。


 明日会った時にでも話そうと思い、早めに眠りについた。






「――んしょ、お、起きてないわよね……」


 ぼんやりと何かが聞こえる。


「……んちゅ。……わ、私、しちゃった……」


 頬に微かに柔らかくて瑞々しい感触が伝わる。


「お、起きないみたいだし……もっと近づいてもいいわよね」


 ギシッ、とベッドが軋む音が聞こえ、それと同時に俺に何かが覆いかぶさったのか、温もりを感じた。


「真翔(まなと)。……しゅきぃ」


 さらに胸のあたりで、二つの大きくて柔らかな何が押しつぶされている。


「……好き、大好き。……んちゅ。んっ」


 そしてもう一度、頬にあの感触が……。


 ――って、なんだこれ。


 意識が底から一気に引き上げられ、五感が通常通りになる。


 恐る恐る目を開けると、俺に覆いかぶさっていたのは、幼馴染の遥香だった。


 透け透けのネグリジェを身に纏い、恍惚とした表情を浮かべている。


 ……そして。



「あ」


「あ」



 ばっちりと目が合う。


 みるみる注がれるみたいに顔が赤くなっていき、


「な、なんでっ……⁈」


 飛び跳ねるように瞬時に起き上がり、ベッドの隅に移動。


 その時にばっちりと赤い下着が見えた。


 ……いや赤って。


「はっ! な、何見てるのよっ!!」


 俺の視線に気づいたようで、必死に隠す。


 ただその姿の方が下着が見える事よりも刺激的で、俺は色々と抑えた。


「……お前、何してんの?」


「わ、私は、そ、その……」


 へったくそな口笛を吹き、必死に誤魔化そうとする遥香。


 だがもはや証拠は揃っていて……何ならその口笛が決定打です。


 俺がじーっ、と遥香を見つめると、


「あぁもうっ! 分かりましたよ言いますよ! 夜這いしてたんです! これでいいかしら⁈」


「いやよくねぇわ!」


「お、女の子にこんなこと言わせてよくないって……どんだけ変態なのよ!」


「それはこっちのセリフだ!」


「……あぁもう。なんかもう吹っ切れたわ」


 はぁ、とため息をついて、顔を真っ赤にしたまま俺に近づいてくる。


「お、おい。な、なんだよ」


「…………」


 何も言わずに寄ってきて、俺の腰辺りに馬乗りするような形で乗り、俺を見下ろす。


 そして、恥ずかしげもなく言った。




「真翔。私と子作りして!」




「なんでそうなる⁈」


 話が急展開過ぎて、寝起きの俺にはついて行けないんですが⁈


「は、早く脱ぎなさいよ! このままじゃ、で、できないじゃないの!」


「え、え⁈」


「あぁもうじれったい! 私が脱がすから!」


「ちょっおい! ぬ、脱がすなよ!」


「うるさい!」


「え、えぇ⁈」


 俺はなすすべなく脱がされ、何とか下半身は守ったが、上半身が露わになった。


 そんな俺の姿を見て「やってやったわ」と言わんばかりに息を切らし、満足げな表情で俺のことを見てくる。


「さぁ真翔。私としましょうか」


「いやちょっと待て! ちょっと待ってくれ!」


 顔を近づけてくる遥香の肩を持ち、距離を取る。


「な、何よ」


「……まず聞かせてくれ。なんでお前が、俺と子作りしようとしてるんだ?」


「それは、そ、その……」


 遥香が唇を尖らせ、ごにょごにょと口先だけ動かす。


「……って、言うからよ」


「え、なんて?」


「あんたが……って、言うからよ」


「だから聞こえないって」


「あぁーもうっ! だから――」




「あんたが『好きな人できた』って言うからよ!」




 涙を目尻にためながらそう言う遥香。


 ……そこで、俺の中で一つの疑惑が生じた。



 ……もしかして遥香は、盛大な勘違いをしてるんじゃないか?



「だったらどうして、夜這いなんてしたんだよ」


「だから、それは、その……」


「どうしてなんだ?」


「…………それは」


 遥香が俺のことを、弱弱しく見てきた。


 月明かりに照らされて、遥香のことがよく見える。


 艶やかで俺の頬の若干かかっているほど長い黒髪は、相も変わらず美しくて。


 何度も触れたいと思っていた頬は、これでもかというくらいに真っ赤に染まっていて。


 遥香の瞳から零れ落ちる涙が、俺の頬で弾ける。


 遥香は瞳の中に自信なさげながらも、確かな思いをそこに宿して、俺に言った。







「あんたのことが、好き、だからよ」







 そして遥香が続ける。


「だから他の女の子に取られたくないって思ったから、既成事実を作ればいいって、そう思って……」


「……ははっ。なんだ、それ」


 思わず笑ってしまう。


「な、何笑ってるのよ! 私がこんなにも――」







「好きだ」







「…………へ?」


 涙がピタリと止まる。


 その顔が、好きだ。


「あのな。俺の好きな人って言うのは――お前なんだよ」


「え、う、うそ……」


「嘘じゃねぇよ。好きな人ができた、って言っただけで、別に遥香じゃないって、言ってないだろ?」


「……じゃあ、ほんとに私のこと、好き、なの?」


「いや、違うな」


「え……や、やっぱり」



「――好きじゃない、大好きだ」



「っ……⁈⁈⁈」


 こんなこと普通は言えないけど。


 深夜だからか、こんな状況だからか。


 俺の口から零れるように、全部が溢れてくる。


「お前のこと、初めて見た時からずっと、好きだ」


「へ、あ、う、うそ……」


「全部の遥香が、大好きだ」


「ま、真翔。そ、それ以上はやめ」


「やめない。心の底から愛してる。結婚したいくらい、好きだ」


「だ、だめぇって、い、言ったのにぃ……」


 両手で顔を隠す遥香。


 その仕草もまた、可愛すぎる。


「も、もうぅ。わ、私がバカみたいじゃない……」


「バカみたいなところも、好きだ」


「も、もうっ! ま、真翔のばか! ばかばかばかばか!!!」


「いてて……」


 胸をぽこぽこと叩いてくる。


 そして、今度は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、力強い視線を俺に向けてきた。


「真翔! 私も好きなんだからね!」


「っ……⁈」


「好き! 大好き! 真翔とこれからずっと一緒にいたいって思うくらい、大好きっ!!!」


「お、おい遥香。け、結構恥ずかしいって」


「それを先にしたのは真翔でしょ! も、もうっ! すごくすごく恥ずかしいわ! でも、それよりももっと……好き、よ!」


「ぐはっ!」


 ノックアウト。


 流石にこんなにもキケンな姿で、おまけに至近距離で好きを連呼されたら身が持たない。


「……もう、ほんと真翔は、バカなんだから」


 胸を抱くように手を組んで、ぷいっとそっぽを向く遥香。


 いつも通りの遥香だなぁと思いながら、それでも露わになっている小さな耳が、依然として真っ赤に染まっていた。


 俺はそんな遥香に再び好きの気持ちを感じながら、笑った。





 翌朝。


「おはよう、遥香」


「……おはよ、真翔」


 俺の家の前で待っていた遥香が、少し不機嫌そうに俺を一瞥する。


「待たせちゃったか?」


「べ、別に待ってないわよ。そんなことより、早く行くわよ」


「おう」


 今までと何なら変わりない、朝の光景。


 二人肩を並べて、見飽きた通学路を歩く。


「……えいっ」


「うへっ⁈」


 左腕に、遥香がしがみついてくる。


 ふわりといい匂いが、鼻孔をくすぐる。


 おまけになんだかものすごく柔らかくて、そして温かい。


「な、何よ」


 驚いて遥香を見てみると、相変わらず不機嫌そうに唇を尖らせて俺のことを見てきた。


 だけど、そんな遥香がたまらなく可愛くて、しょうがなかった。


「いや、別に」


 そうとだけ答えて、二人くっついて歩く。


 

 何も変わらないように見える、朝の通学風景。


 それでも、俺たちは確かに変わったものを目いっぱいに感じていた。




                       完

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幼馴染に「好きな人できた」って言ったら、その夜に俺のベッドに忍び込んできて既成事実を作ろうとしてきました。……ちょっと待って。好きな人、お前なんだけど 本町かまくら @mutukiiiti14

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