姫と呼ばれるいずれ神と呼ばれる者

 ピクノス達一行がパレト・リスコを散策している頃、冒険者本部ビルに存在する巡礼目的で訪れた人々用の施設で、礼拝を行っている一団があった。

 この一団はエルフの一団で、その中心には年若い齢七十一歳のエルフの女性がいた。

 彼女の名前はイクティニートゥス・マライェーニス・チコニア。

 先天的にエルダーエルフの種族スキルを保持し、エルフの人々より信仰を集める存在である。

 だが、まだ年若いという理由で今現在は周囲の者達に姫と呼ばれ、王侯貴族としての礼節を勉強しながら大切に育てられている人物である。


 エルフの信仰対象となっている彼女だが、それは現人神的な位置付けでの信仰で、特に個別の宗教団体が存在している訳ではない。

 エルフ自体の宗教観としては、ルードゥス信仰となるアーニグマ教やディエヒーリシ教等が主となっており、イクティニートゥス・マライェーニス・チコニアはエルフという種族としての神として考えられている存在である。

 そんな彼女であるが、彼女自身もルードゥスを信仰の対象としているが、特定の宗教の信徒にはなっていない。

 これは、彼女自身が信仰の対象となっている為である。

 しかしながら、個人的にルードゥスに信仰をする事自体は問題にはなっていない…現代では、と前置きが必要ではあるが。


 冒険者ギルド本部の礼拝用の一室。

 そこは神物ペリペティア・ミハニミズモスが垣間見える巨大な窓が設えられている施設の一つで、イクティニートゥス・マライェーニス・チコニア達の様な、立場ある一団が訪れる事を前提として用意されている大きめのフロアであった。

「姫様、そろそろお時間となります」

 跪き目の前に存在する漆黒の壁にしか見えないそれに傅き跪くイクティニートゥス。

「解りました」

 そう言いながら立ち上がり皆の視線を受けて一言。

 すると周囲で侍っていた侍女が側に着きながら、膝をついていた事で乱れていた服装をサッと直す。

「では、参りましょう」

 それを当たり前の事として受け入れ何も言わずに動き出すイクティニートゥス。

 礼拝を終えるとエルフ達の一団は冒険者ギルド本ビルから外に出て用意されている車の乗り込もうとしたとき。

 そこで彼女、イクティニートゥスは感じた、見た。

 幻精をその肩に乗せた存在を。

 ヒューマン種の見た目でありながら、明らかに只人では無い存在を

「姫様?」

 側付の男性から掛けられる疑問符を無視して、イクティニートゥスは歩く。

 これに対応するのは周辺のボディガード達。

 予定にない行動を勝手に行うイクティニートゥスの行動を阻害するべく動くが、彼等はイクティニートゥスの命が危ぶまれる状況以外に彼女に触れる事は許されていないが為、彼女の行く手を遮り声を掛ける程度しか出来なかった。

 今までこの様な事態は起きなかった為に、周辺の者達の対応は後手後手に回り、イクティニートゥスは目的の人物の元に到着。

 次の瞬間には人目を憚らずにその場で傅き頭を垂れて跪いた。

 そして一言。

「この身、貴方様に捧げます」

 静まりかえる空間。いや…幻精ミニマだけは何処か楽しげであった。

「はい!?」

 そして聞こえるのは間延びした疑問の声ただ一つ。

 それはエルフに女性を跪かせた格好となっているピクノスが零した声だった。

「ピクノス。

 あなたに身を捧げたいんですって?

 受けるの?受けないの?」

 と、助言を繰り出すミニマ。

 だが、急にそのような事を言われ、困惑のただ中にあるピクノスは、とりあえず目の前の名前も知らない女性を立たせる為に声を掛ける。

「ここで話す内容では無そうなので、場所を変えませんか?」

 それを受けてハッとしたイクティニートゥス立ち上がりながら言葉を返す。

「申し訳ありません。

 そうですね。いきなりこの様な場所で一方的に申し出てしまうのはご迷惑でした」

 ピクノスはその言葉を受けてエピアへと視線を注ぐ。

 その視線を受けてコクリと相槌を打ち話しを引き継ぐエピア。

「では、冒険者ギルドの会議室を借りましょう。

 部屋を借りる為の手続きをしますので、一度冒険者ギルドの待合室に向かいましょう。

 宜しいですか?」

「はい、お願いします。

 貴方達にも迷惑を掛けました」

 と、エピアへと返答をしながら、自らの従者一同に声を掛けるイクティニートゥス。

 静まりかえったと言うよりかは、場が凍り付いた程の静寂さは、彼等が姿を消した後も、この光景を見た人々の全てがこの場を去りきるまで続いた。


 しばらく後、冒険者ギルド本部ビル、冒険者ギルド行政部門が納められている一角の会議室にピクノス達三名と、イクティニートゥス達エルク側が対面する形で会議室の席に着いていた。

 ピクノスとエピアは席に座り、ミニマはピクノスの肩に。

 エルフの一団は、イクティニートゥスと側付の男性のみが席に着き、話し合いをする体勢をピクノス達に向けて主張するように居た。

 イクティニートゥスのボディガードを務めていた者達は、この部屋と外に分かれて警戒を続けていた。

 そして、イクティニートゥスの背後には侍女が侍っている。

「まずは先程いきなりあの様な行動をしてしまい申し訳ありませんでした」

 と、改めて謝罪をする所から話し合いは始まった。

「何か事情がお有りかと思いますので、あまりお気になさらずに」

 イクティニートゥスが謝罪をしそれを受けるピクノス。

 そしてお互いの自己紹介が始まる。

「寛大な対応、ありがとう御座います。

 では、改めまして私はイクティニートゥス・マライェーニス・チコニアと申します。

 此方は私の従者を務めているイピレーティスです」

 イクティニートゥスに紹介され会釈をするイピレーティス。

「では私達も、私はピオニアと申します」

「ミニマよ!」

「私は冒険者ギルドからピクノス様の元に正式な形ではありませんが派遣されておりますエピアともします。

 それでですが…チコニア様はどうしてあの様な事をなさったのでしょうか?」

「そうですね、まずはそこからお話しなければなりませんね。

 とは言いましても、簡単な話です。

 そこに居られるミニマ様は幻精で在らせられるというのは一目見て解りました」

 幻精という一言で瞬間ではあるが、気配が揺らぐイクティニートゥス以外のエルフ達。

「なので、そのミニマ様を肩に乗せたピクノス様が、どの様な存在であるのかは一目瞭然、然らば私としましてはこの身を捧げると結論を着けるのは自然の事で御座います」

 ピクノスは何故自分がミニマを連れているだけで、彼女がそういう結論に至るのかが咄嗟に解出来なかった。

 だが、少し考えると解る。

 幻精とはルードゥスの眷属の事を指す言葉。

 その幻精を肩に乗せていると言う事は、つまりはそういうこと。

 ルードゥスというこの世界を管理している神の眷属をを従えている存在。

「故に、その場であの様に自分の都合だけで行動に移してしまいました。

 若輩故の焦りで失敗をし、ご迷惑をお掛けしてしまいました」

 そう言葉を零すものの、その瞳は俯く事無く真っ直ぐとピクノスへと注がれていた。

「ですが、私の判断自体は間違っていないと思います。

 私が偶々…いえ、この場所に訪れているときにピクノス様と出会えた事、これはルードゥス様の思し召しの筈ですから」

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