硬派な(フリしてる)俺は、大好きなカノジョにデレられない!

立川マナ

第一話

 吐く息が白く染まって、寒空に立ち上っていく。凍てつくような冷気が骨身に染みて、ぶるっと身震いした。


 つい、「さむ……」と呟き、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。


 もう夜の七時だというのに、辺りは眩いほどの光に満ち、駅からは絶え間なく人が流れ出て来て、人気は増すばかり。

 目の前には、毎年お馴染みの巨大なモミの木が、これでもかと電飾を巻きつけて聳え立ち、仲睦まじく寄り添うカップルたちがその周りでひしめき合っている。そんな光景を横目に、世捨て人の如く、上下ジャージ姿で日課のランニングを淡々とこなす――それが去年までの俺のクリスマスイブだった。


 しかし、高校最後の今年は……今日は違う。


 いつものジャージを脱ぎ捨て、かっちりとした服装にダウンジャケットを着、俺はじっと寒さを忍んで立っていた。カップルたちとクリスマスツリーを囲みながら……。


 ――そう、今年の俺はなのだ。


幸道ゆきみちくん!」


 クリスマスソングが街中に木霊する中、透き通るような澄んだ声が響き渡った。


 よく聞き慣れた音色だった――。


 グラウンドで、その声はよく通った。汗とともにどろりと身体まで蕩けそうになる猛暑の中でも、彼女の声援はまるで春風の如く爽やかに吹き抜けて、それだけで生き返るようだった。


 野球部のマネージャーだった、同じ学年の真白ましろユリ。


 黒髮ボブで、大人しそうな印象の顔立ち。物静かで恥かしがり屋で……よく顔を真っ赤にしてあたふたとしている姿を見かけたものだ。そんな彼女も、マネージャーとしてグラウンドに立つや、ぱりっと変わった。テキパキと仕事をこなし、誰よりも声を張り上げ、屈託のない笑顔を惜しみなく振りまき、俺たち野球部を支えてくれた。


 三年になり、主将となった俺のこともよく気にかけ、いつも伏せ目がちながら励ましてくれたのも彼女だ。

 彼女のおかげで今年の夏を乗り切れたといっても過言ではない。

 

 甲子園の地区予選で二回戦敗退を喫し、夏はあっけなく終わってしまったが……俺も彼女も引退を迎えたその日、部室で一人、感傷に浸っていると、彼女が現れ、告られた。これからはマネージャーとしてじゃなく、カノジョとして傍にいたい――と真っ赤な顔で、もうすっかりふにゃふにゃになった涙声でそう言われた。


 夏が終わり、一瞬にして春が来たような心地だった。

 一気に疲れも悔いも吹っ飛び、部室の天井を突き破る勢いで飛び上がりそうだった。


 俺は俺で彼女のことが好きだったのだ。一年の頃からずっと――。


 目立つほうではないものの、滲み出る魅力というか。清純そうながら、はにかむ姿はやけに色香漂う彼女は、入学当初から密かに男子から人気があった。

 しかし、俺が彼女に惹かれたのはそういうところではなく――そういうところも、多少はあったけども――入部して間もない頃、まだ慣れない仕事に戸惑いながらも、マネージャーとして一生懸命に走り回る彼女に……その甲斐甲斐しい姿に惚れたのだ。


 当然、俺の答えは『YES』一択。『俺もずっと好きだったんだよ〜!』と彼女の両手を取って踊り出したいくらいだったが……それはできなかった。

 そのとき、俺が彼女に言った答えは、


 ――お……おう。いいぞ。

 

 ああ、思い出すだけでも我ながら腹が立つ。何様だ!? とタイムスリップして殴りたいくらいだ。

 しかし、それが『俺』なのだ。少なくとも、彼女が思っている『本田幸道』は――彼女が告った相手は――そう答えるべき男だ。だから、そう答えるしか無かったのだ。


 入部してすぐ彼女に惚れた俺は、彼女を意識しまくり、部活中は常に緊張状態。無口で無愛想、鉄仮面となり、いつの間にやら部内で『硬派』キャラと信じられるようになってしまっていた。もともと、見た目は『真面目一徹って感じ』と周りに揶揄されていた俺だ。野球部に入って坊主頭になると、その印象はさらに増し、『硬派』キャラがあまりにもしっくり来てしまった……というのもあったのだろうと思う。やがて、それは部内に留まらず、クラスにも浸透し、引っ込みがつかなくなってしまった。予期せぬ高校デビューを飾ることとなった俺は、結局、そのまま『硬派』キャラを突き通すことにして、もうすぐ高校卒業を迎えることとなったのである。


 そんなわけで――。


「ごめんね、遅くなっちゃって」


 たったと駆け寄ってくる彼女は、細身の身体にモコモコとした白いニットワンピにダッフルコートを着て、黒タイツに革ブーツ姿。甘い印象の中にも、じわりと滲む色気がある。さらに、申し訳なさそうに曇らせたその表情がまたいじらしく……。

 はわわ、ユリりん、可愛い〜!! と内心では悶絶寸前ながら、


「いや……気にするな」

 

 お前は誰だよ!? と自分でツッコミたくなる。

 可愛い、似合ってるよ、クリスマスに感謝ー! と褒めまくりたいのに……『硬派』というレッテルが邪魔をする。


「ツリー、キレイだね」


 クリスマスツリーを見上げ、しみじみと呟くユリちゃん。ツリーのライトに照らされ、その横顔は淡く色づき、暗がりの中、実に艶めかしく見えた。

 『君の方がキレイだよ』なんて言葉が、つい、口に出そうになる……が、ぐっとその言葉を喉の奥に押し込み、


「行こうか」


 挨拶もそこそこにそう言って歩き出すと、「あ……うん」とユリちゃんも慌てたように歩き出す。 


「門限、何時だっけ?」


 置いていかないよう、歩幅に最大限の注意を払いながら、そう訊ねると、


「今日は十時までいい、て」


 延長戦きたー! と心の中でガッツポーズをしつつ、必死に顔は硬めでキープ。


「じゃあ、九時半くらいまではこの辺、ぶらぶらできそうだな。まずは、真白が好きな小物屋を見に行って……そのあと、近くの公園のイルミネーション見ながら散歩するか。帰りは家まで送って行くから」

「うん……」


 あれ……なんだ? ――と、ふと、違和感を覚えた。

 気のせいか、ユリちゃんの返事がいつもと違う。素気ないというか、元気がないような……?

 ちらりと横目で見やれば、ユリちゃんは思い詰めたような表情で俯いていた。身体の前で組んだ両手をもぞもぞと動かし、落ち着かない様子だ。


「もしかして……」と俺は立ち止まり、「寒い?」


 すると、ユリちゃんはハッとして顔を上げ、


「え……ううん、全然! 大丈夫だよ?」


 慌てて答えるその顔も、心なしか赤らんで見える。やっぱ、寒いんじゃ……。


「無理するなよ? 風邪引いたら大変だ」

「無理なんて――」


 頭を振って、そう言いかけ……ユリちゃんは口を噤んだ。そして、何か考えるような間があってから、


「やっぱり、無理してる」


 ユリちゃんはぎゅっと自分の手を強く握りしめながら、張り詰めた声でそう言った。

 さあっと血の気が引くのを感じた。


「だ……大丈夫!? もしかして、熱とかある!?」

「ううん、違うの! そういうことじゃなくて……」

「そういうことじゃない……?」

「あの……」とユリちゃんは俯き、「今夜はクリスマスイブだから……欲しいもの、おねだりしてもいいかな?」

「欲しいもの……?」


 クリスマスプレゼント、てことか――?

 その瞬間、ビビッと来るものがあった。脳裏に電流でも駆け抜けたかのようだった。


 そういうことか、と悟った。


 ぶっちゃけ、女の子が何が欲しいかなんて、全く見当もつかなくて……困り果てた俺は、ユリちゃんに正直に打ち明けた。そして、イブの日にユリちゃんの好きな小物屋に行って、ユリちゃんが欲しいものを買うのはどうだろうか、と持ちかけたのだ。そのときは、ユリちゃんは喜んで賛成してくれて……俺も安心しきっていたのだが、実は厭だった!? 本当は気が進まないのに、ずっと無理していた、てこと!?

 ユリちゃんの欲しいものは、きっと、そこの小物屋にないんだ――!

 あわわわ、と内心焦りつつも、必死に平静を装って、


「ああ、もちろん。どこの店にあるんだ?」


 すると、ユリちゃんはすうっと静かに息を吸い、上目遣いで俺を見上げ、


「――幸道くんのポケットの中」

「へ……?」


 思わず、『硬派』も忘れて惚けた声を出してしまった。

 俺の……ポケット? 俺のポケットの中って……どういうこと?

 ちょうどポケットに突っ込んだままだった手で探ってみるが何も無い。


「何も……無いけど……」

「あるよ」とユリちゃんは少しいじけたように言って、どこか切なげに笑んだ。「付き合ってから、ずっとそこに入ってるの」


 付き合ってから、ずっと……って、三ヶ月も!? なんだ? 俺は、いったい何をポケットに入れっぱなしにして忘れてんの!? まさか……何か、ユリちゃんのものを預かって、そのまま借りパク状態に……!?


「いや、でも……ほんと、何も入ってなくて……」


 もしかして、ジャケットのポケットのほうだろうか――と、ズボンのポケットから手を出した、そのときだった。

 出したその右手に、するりと入り込んでくる冷たく滑らかなものを感じて、


「あった」


 悪戯っぽく、そう言うユリちゃんの声が聞こえた。

 ハッとして見ると、頰を染め、恥ずかしそうに笑って、俺の手を握るユリちゃんが。


「ずっと……こうしたかったんだ」


 指まで絡ませ、しっかりと俺と手を結びつけながら、ユリちゃんは噛み締めるように呟いた。

 俺は呆気に取られて固まってしまった。

 つまり……どういうこと? こうしたかった、て……俺と手を繋ぎたかった、てこと? それがユリちゃんの欲しいもの!?

 かあっと胸の奥が焼けるように熱くなるのを感じた。一気に全身が燃え上がるようで、ちょわああああ!? と奇声を上げながら走り出しそうになった。

 まじか……まじかあああ!? そういうことー!? ああ、もお……ほんと、もお……ユリちゃん、可愛さがホームランだよ! 手も小さくて柔らかくて、金属バットと大違いだよ! ホッカイロの代わりにずっと暖めていてあげたい! もうこの手を離さない、とか言っちゃいたーい!

 ああ……『硬派』、辞めてぇ――と心の中で叫びながら、俺はユリちゃんの手をぎゅっと力強く握り返し、


「メリークリスマス、だな」


 だな、て何だよ!? といつもの如く、自分自身にツッコんだ。


*アホなオチですみません。ちょっとでも暖かな気持ちになっていただけていれば、嬉しいです。

 硬派なクリスマスを♬

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