デストロワールド・後編

 ぼんやりと立つサクラの姿には覇気がない。


「やっちゃった……!」


 こちらはこちらで項垂れているウミサマ。冷静になって自分が切った啖呵の数々に打ちひしがれていた。


「でもまあ、あいつらを見返すチャンスか。サクラも本当は上手いんだから忖度しなけりゃ楽勝でしょ?」


 なんとか立ち直って振り返った先、いまだ力ないサクラは自虐的な笑みを浮かべていた。


「僕は本気を出してない訳じゃないんです。出せないんです」


「それって、どういう……」


 ステージ突入のカウントダウンが始まった。今回は、先に目標スコアへ到達した方が勝ちというルールだ。場所は【都市】ステージ。先ほどの二試合を見た限り、不良たちの実力はそれほど高くない。


「なに!?」


 カウントダウンが5秒を過ぎたころに異変が起きた。ステージがぐにゃりと歪み、渦の中に飲み込まれる。再度姿を現したときには、すべてが変貌していた。


『バトルスタートです』


 機械音声とともに起こる爆発音が響かない。かわりに、硬質な金属がぶつかる音だけが存在する。


 ――【摩天楼】。確率数%で発生する【都市】の上位ステージだ。通常の【都市】ステージとは異なり、すべての建造物の耐久度は3倍。天候は夜に固定され、過剰なまでの文明の光が満月と共にプレイヤーを照らす。


 一定スコア獲得が条件の今回に限って言えば、である。


「どうなってんだよこれェ! 全然壊れねえじゃねえか!」


「知らねえよヨウちゃん! 鉄みてえにカッチカチなんだよォ!」


 対戦相手である二人の声もよく響いてくる。姿は見えないが、摩天楼のことを知らず阿鼻叫喚のようだ。


「で、あの感じだと多分私一人でも勝てるけどどうする? サクラくん」


「正直、俺は蚊帳の外でしたからそこらへんで時間潰してますよ」


「あんなやつらのいいなりになってても悔しくないんだ?」


 消極的な彼に対してオーバー気味に問う。ストレートな挑発だったが彼はこちらに背を向けてのってこない。


「そっか。ごめんね、勝手にこんな勝負取り付けて! 私勘違いしてたみたいね! あなたはアイツらとは仲のいい友人でいたかったのね!」


 サクラの拳が握られるが、それでも振り返りはしなかった。代わりに彼の口から言葉が漏れる。


「このゲームで僕らはどうやって体を動かしているかって知っていますか?」


「脳の信号をヘッドセットがゲーム内の動きに変換するだったっけ」


 意外な質問に虚を突かれて、ウミサマは普通に返事をしてしまう。


「そうです。そしてそれを妨げる要因も存在します。何らかの理由で脳からの信号が変換できない場合と、精神的な理由で誤った信号が送られる場合です」


 話が見えてこない。ウミサマが首をかしげているとサクラは話を続ける。


「貴女の言う通り、僕は小学六年生にして大会で優勝することができました。それはもうすごい反響で、色々インタビューも受けましたね」


 少しだけ誇らしそうにサクラは話す。


「けどね。僕に届いたのは称賛だけじゃなかった。僻みからくる批判も山のように受けて……。それらの声はただの子供が受け止められる量じゃなかったんですよ」


「称賛はプレッシャーに変わり、批判は足枷になった。それらを受け止めるうち僕はいつの間にかゲームの中で足が竦むようになったんです」


 桜都の抱いたトラウマがサクラを動けなくさせている。それを聞いたウミサマはまたしても口を滑らせた。


「もったいない……」


 ハッとして口を押えても、こぼれた言葉は取り消せない。


「君に何が分かるんだよ!」


 先に口を開いたのはサクラだった。デリカシーのない言葉に真剣に怒っている。それならまだ、糸口はある。ウミサマは挑発的な表情を浮かべた。


「分からないわ。だって私と貴方は違うもの。貴方が受けたそれで私は潰れないかもしれないじゃない?」


 サクラの驚き顔は、現実の桜都くんとよく似ていた。そして、彼はまたすぐに怒りを表情に浮かべる。


「怒った? ならそこら辺の壁でもなんでも壊すといいよ。スッキリするから」


 見本を見せるようにビル街の手ごろな壁を殴りつける。やはり硬いが、数回殴るとひびが大きくなり崩れ落ちた。物を壊した感覚もあたりに響く轟音も何もかも気分がいい。


「破壊行為ってめちゃくちゃ気持ちいいのよ? 現実じゃタブーだけどね。けどデスワはそれが許されてる。壊さない方が損でしょ」


 今度はスキルを発動させて壁を殴る。雑居ビルの一階フロアが吹き抜けになった。


「怒ったなら! 癇癪のままにものを壊していい!」


 ガキンという硬質な音が鳴った。拳の跡がビルの柱に残る。


「悲しいなら! 八つ当たりをしてもいい!」


 何度も打擲する。その度にひび割れが増えていく。


「悩みなんて物を壊してりゃどうでもよくなるものよ! 余計なことは考えないで一緒に壊して回りましょう!」


 二十年も生きていない女子高生の言葉に含蓄なんてあるはずがない。けれど、その言葉はサクラの数年来の悩みを馬鹿らしく思わせるだけの勢いがあった。


「……わかりましたよ! ああ、もうこんだけ怒るの多分生まれて初めてですよ! アイツらも! ウミサマさんも! 人の気持ちを知らないで!」


 斬撃が飛んだ。彼がスキルを発動したのだ。瓦礫を薙ぎ払って私の後ろの建物へ破壊のエネルギーが到達する。


「ムカついたからこのままいきます!」


 サクラは地面を蹴って飛び上がる。そこには先ほどの試合の様な拙い動きはなかった。跳躍の勢いを刀の先端に載せて振り下ろすと、建物の天井に穴が開いた。これで全壊にならないのは摩天楼ステージならではだが、後を追うように連撃を見舞うと建物は崩れた。


「アハハッ!」


 ウミサマの笑い声が街に響いた。

 遅れて、破砕音と衝撃の波がビル群を包み込む。


「あー最っ高! そっちはどう!?」


 宙に投げた呼びかけに答える者の姿が少し離れた鉄塔の上にあった。


「ああもちろん、最低ですよ……っと!」


 サクラは万感の思いで叫ぶ。怒りにくべる燃料はもうしばらく切れそうにない。

 彼は腰に携えていた刀を、返事と共に上段から振り下ろす。彼の立っていた鉄塔は一瞬で瓦礫に変わっていた。


「というか、負けるとは思わなかったんですか!」


「あら、それじゃあサクラは勝つ気がないの?」


 特大の光る斬撃が前方のモールを襲った。屋上にあった立体駐車場が粉々になる。サクラはスキルの使用時間短縮のアイテムを重点的に拾っているらしい。


「馬鹿言わないでください。アイツらはここでぶっ倒します」


 薄々感づいていたが彼は乗せられ易い性格のようだ。私は口元が三日月になるのを自覚する。


「なら気分転換がてら壊して、壊して、壊しまくって! アイツらに勝つわよ!」


 爆発音が二つ響く。遠くの方で土煙が上がっていた。それぞれの武器を構えて少女と少年はそちらへ飛んでいく。


「おい、シゲちゃん! あいつらわざわざこっちに来てるぜ」


 マップ上で自分たちに近づく二つの光点を見つけた狼男はパンクな骸骨に声をかける。


「最初はこのステージに戸惑ったが、こんだけスコア差があるんだ。雑魚のゲロ桜都と訳わからねえ女なんか目じゃねえよ!」


 唾を飛ばすように怒鳴る彼らの前に降り立って人差し指を突き立てて宣言する。


「これからアンタたちを完膚なきまでにひねるから! せいぜいあがきなさい!」


 こういう手合いは煽るに限る。案の定スキルが2発無駄打ちされた。


 ここからはアドリブだ。手ごろなビルに殴打を連続する。やはり硬いが、一階の基礎の部分を破壊してしまえば、自重によって倒壊していく。スコアゲージが相手のものに近づいた。


 骸骨と狼男のアバターは、スコア差を維持するように武器をふるう。どちらも銃と弓という遠距離武器の構成だ。


「チッ、パワーを上げても一撃で壊れねえとか、どんだけ硬いんだよこの建物は」


 狼男の放った銃弾は建物をえぐる。しかし、全壊にはどうしても二発目が必要になる。

 短い装填を終えて放たれた二発目。しかし、薄桃色の光がそれを追い越した。サクラだ。半壊した建物が一刀両断される。遅れてやってきた銃弾は瓦礫の一つを粉々に吹き飛ばした。全壊ボーナスはサクラの方に入る。


「うまくやるじゃないの」


 ウミサマは骸骨からパワーアップアイテムを掠め取りながらサクラに称賛を送る。


 相手はどちらもパワーを成長させている。硬いオブジェクトを破壊しやすくするためだ。しかし、極振りでも一撃で壊しきれないほど、このステージのオブジェクトは頑丈にできているため、ウミサマたちはボーナス横取りのために速度を中心に伸ばした。


 相手もこちらもスキルを使えば、一撃でのオブジェクト破壊は可能な頃合いだ。しかし、通常攻撃において、相手のパワーはやや物足りない。その差をウミサマたちは速度によって埋めるのだ。


 骸骨の弓による一撃は、ピンクネオンの怪しげなビルに大穴を開けて耐久を八割ほど持っていく。そこに私が拳を突きこみ、残り二割を持っていく。簡単な作業だ。

 試合は終盤、こちらのゲージは残り3割、相手は残り2割という塩梅だ。


「そろそろ仕掛けますよ!」


 サクラが指さすのは、ひときわ高く天を突き、ひときわ輝く高層ビル。その威容はと呼ばれるに相応しい。

 何度も入る横やりにしびれを切らした相手は、切り札である必壊技ひっかいわざも使い切っていた。そして、ウミサマたちから極力離れようと遠くの方で破壊行為を続行している。どうせ壊せないと割り切って、彼らはこのオブジェクトには見向きもしていなかった。


「ごめんなさい!」


 相手が近くにいないこの隙に、私はサクラに頭を下げた。


「何がです?!」


「私、貴方を侮辱するようなことを言ったでしょ? 貴方を軽んじた発言は許されることではないわ」


 一度動きを止めてサクラは頬をかく。


「そんなこと言われたら、怒れないじゃないですか……それに、まだ終わってません」


 彼の構えた刀が光を帯びる。光は伸びて、天高く空を割く一つの塔となる。


「ええ、そうね」


 私の手甲が変形する。前に突き出された両腕の機械群が融合し、それは一つの弾頭へ姿を変える。


「同時に!」


 二人の声が重なる。両者の生み出すエネルギーは私たちの持つ、とっておきの奥の手。――必壊技だ。


桜花散散おうかさんざん宵桜よいざくら!」

「漆式・|星へと伸ばす腕!」


 光の塔は倒れ行き、高層ビルへと飲み込まれていく。光は弾けて刃の花びらが舞い散る。硬質化している建物群でさえ、刃の桜吹雪の前では大きな障害にはならなかった。

 それだけでは摩天楼は破壊しきれなかった。下半分がボロボロながらも残っている。しかし、間髪入れずに飛来した拳が突き刺さる。世界そのものを揺らすような巨大な爆発が生まれた。プレイヤーの視界も、観戦の画面さえも一瞬ホワイトアウトしてしまう。

 残ったのは巨大なクレーターだった。静寂が訪れる。スコアを加算し続けていたゲージが、目標ラインに到達して停止した。


『試合終了です。勝者はウミサマ・サクラチーム』



 筐体を出た海香と桜都を待っていたのは私たちを逃がすまいと取り囲む不良たちの輪だった。


「あんな勝負ノーカンだ! お前らがイカサマしてねえ限り俺たちが負けるはずがねえ!」


 往生際が悪いとはこのことだ。自分が出した条件を捻じ曲げて負けを認めない姿は滑稽ですらあった。しかし、海香の内心はそれどころではない。

 勝てたとはいえそれはゲームの中でだ。現実の海香はただの女子高生に変わりがない。今にも暴力に訴えてきそうな剣呑な雰囲気に今にも泣きだしそうだった。


「お前ら、うちの店で何してやがる」


 底冷えするような声音に不良の一人が振り上げた拳を止めて背後を振り向く。そこにいたのはスキンヘッドで強面の大男。その容姿は私以外の全員が震え上がるのに十分過ぎるものだった。


「その子に手をあげてみろ。テメエら全員俺が相手してやるよ」


 その一言に対する不良たちの反応はどれも似たり寄ったりなものだった。荷物を拾い上げ、一目散に店から退散していく。捨て台詞を吐くものもいたが、店長はそれを追わなかった。


「悪かったね。海香ちゃん」


 普段通りの優しい口調に、心配をかけまいと海香は首を横に振る。


「いいえ、探していた人がようやく見つかったもの」


 これまでの流れを呆然と眺めていた桜都が我に返ってこちらを見る。


「僕ですか?」


 海香はその言葉に首肯を返す。私と同等かそれ以上に強く、切磋琢磨できる相手。私が求めていた条件に今の桜都はこの上なく当てはまっていた。


「桜都くんはデスワ部に興味はないかしら。得られるものがお互いにあると思うの」


 その言葉に桜都は迷い、そして頷いた。


「喜んで。色々吹っ切れたのもウミサマさんのおかげですから」


 自身の本名を教えるのを忘れるほどに海香の中で喜びが爆発する。彼女は桜都に手を差し出して彼女らの夢となる目標を口にした。


「目指しましょう! デストロワールドの頂点を!」

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デストロワールド 泳ぐ人 @swimmerhikari

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