あなたのこと、見てるから

『おはよう。あなたのこと、見てるから』


 起床と同時にやってきたメール。まるで起床を見ているかのように送られたメール。自分自身のアドレスから、自分に向けて送られたメール。もちろん自分で送った覚えなんかない。なにがなんだかわからない。メールアドレスのパスワードも変えたばかりなのに……。


 青木は怖くなってもう一度メールアドレスのパスワードを変える。これで大丈夫。そうしていると、またメールが入った。


『今日の朝食は、コンビニのオニギリとお茶』


 今まさに食べようよしていた朝食。その内容をメールで送られてきた。慌てて周りを見回す青木。何もない。だけどここまで正確に当てられるということは、どこかから見ているということだ。窓の外にはいくつもの建物。そこから見られている?


「……っ!」


 カーテンを閉める青木。これで外からは見られない。朝日を遮断して暗くなった部屋の中、スマホの画面が光る。新たなメールが入ってきたのだ。


『カーテンを閉めても、見てるから』


 カーテンを閉めたところまで見られた。でもこれで大丈夫なはずだ。心が落ち着いたのか、朝食を口にする。そのままスマホを手にして、よく見るサイトの周回をはじめ――


『今見ているマンガ。『最弱の俺がスキル<女装>で成り上がり ~スカート穿いてダンジョン無双!』『悪徳令嬢、宇宙ソラへ ~すべてのフラグを波動砲で破壊します!』『ムカクヨ・オンライン ~VR世界に閉じ込められたので、猫耳褐色ロリ調教テイムしてスローライフします!』……』


『今見ている動画。『皆川ダリアの突撃無料ゲーム』『【MAD】姫様は処刑される×GUILLOTINE★タイム』『【実況】KAMI=KAKUSHI』……』


 スマホを開くたびにそんなメール通知が入ってくる。青木は部屋を見る。カーテンは閉じている。外から見られることはない。なのに情報は的確だ。スマホがダメなのかと、電源を落とした。


「このスマホを買い替えよう。もうだめだ」


 原因はどう考えてもこのスマホだ。それ以外にあり得ない。青木はそう決めつける。出費は痛いけど、このまま監視されるのは気持ちが悪い。休日に買い替えよう。


 スマホを見ずに食べるご飯は久しぶりだ。見る者もなく黙々とおにぎりを口に運ぶ。お茶を飲み込み、時間が来たので家を出た。職場の人間に挨拶しながら、青木の心の中は不信感で募っている。


(この中の誰かが、スマホに工作して……)


 青木の心の中ではスマホを弄った人間はこの職場の中にいることになっている。事実は違うのだが、その事実に到達することはない。人間一度可能性を疑ってしまえば、その考えを覆すのは難しい。


 外部犯の、しかも自分に従っていると勘違いしている白石の可能性など想いもしない。もっとも、彼女だと気づいたとしても、どうやって自分を監視しているかなどわかるはずがない。妖怪の力など、想像外だ。


「休憩入ります」


 職場のメンバーに言って、バックヤードに移動する青木。スマホはデータがなくなってからずっとポケットの中に入れている。弄られたということはない。


(ちょっとぐらいなら……)


 昼食を食べながら、時間を持て余す青木。スマホをずっと使っていることもあり、スマホなしの時間が考えられない。半ば中毒気味にスマホの電源を入れた。メール通知が青木の目に飛び込んでくる


『7:04 南下崎駅から急行に乗る』

『7:57 職場のドラックストア<ノムノム木之下町支店>到着』

『8:15 仕事開始』

『9:36 電話対応』

『10:23 パートに指導 目線は時々胸に』

『11:14 接客』

『12:34 パートと歓談 目線は時々太ももに』


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 悲鳴をあげる青木。その瞬間にまたメールが入る。『14:23 メール通知に驚く』という題名だ。題名だけの空メール。送ってくるのは自分のアドレス。なにがなんだかわからない。


 怖い。


 実害はない。ただ自分の行動が送られてくるだけだ。誰かに知られても困るようなことではない。セクハラ目線はともかく、犯罪行為と言うレベルでもない。


 ただ、誰かに見られているというのが怖い。ここまで詳細に情報が分かるということは、やはり職場の人間か? いやでも朝来る電車の時間は? いまだって、周りに人はいない。驚いた瞬間を見た人間はいないはずだ。


 スマホを切る。通知を見なければ安心できるかと言うと、そうでもない。今この瞬間も見られている。そう思うと落ち着かない。周りを見回し、誰もいないのを確認する。


「もしかして、隠しカメラ?」


 今の瞬間を見られたことから、青木は隠し撮りの可能性を考える。一目見てそれを思わせるものはない。この部屋にある者は熟知している。変わったものが置かれたということはない。それでも一つ一つ調べ上げていく。


「ない……ない……ない……!」


 隠し撮りに使われるカメラの知識なんてない。だけど探さずにはいられなかった。誰かに見られている。監視されている。その恐怖が青木を突き動かしていた。


 当然見つかるはずもなく、休憩時間は無為に過ぎる。その後も『監視されている』という意識のまま、青木は働いた。周りを注視しながら、怯えるように物陰に隠れながら。


(誰かが見てる? 誰が見てる? 何処で見てる? 何時見てる? どうやって見てる?)


 悶々と悩みながら仕事を進める青木。


 仕事自体はトラブルなく無事終わるが、青木の精神はいつもより疲弊していた。癒しを求めてスマホを手にして、電源ボタンを押すのに躊躇する。通知を見るのが怖かった。だけど注意はした。見られてないはずだ。


「ああああああああああ!」


 メール数、76。その全てが自分からのメール。その全てが今日の行動を詳細に示した事ばかり。


『14:47 隠しカメラを探す』

『15:20 休憩終了 カメラを探すのをあきらめる』

『15:34 雑談。周囲を見回す挙動』

『17:00 書類の為にパソコンに向かう』

『18:03 トイレ』

『19:22 商品を落とす。何事もなかったかのように棚に戻した』

『21:52 周りに誰もいないことを確認し、期限切れ間近の商品を食べる』


 見られていた。何もかも見られていた。


『22:21 メールを見て道路で騒ぐ』


 そして今も。青木は周囲を見渡した。電灯が映し出す範囲には誰もない。今まさに騒いでいるところを見られているはずなのに。今確実に見ている人間がいるはずなのに。


「どこだ……!」


 走る。ヒトが隠れられそうな場所に当たりをつけて、そこを荒らす。電柱の影、家の隙間、塀の中。それでも見つからない。じゃあ家の中か? 誰だ。今自分を見ているのは誰だ。どこで見ているんだ!?


「何処だ何処だ何処だ!」


 叫び、暗闇をまさぐる。その姿は常軌を逸していた。


「あの、どうかされたんですか?」


 心配そうに声をかけてきた人を睨む。お前か。そうかお前なんだな。青木の態度に不審なものを感じ、その人は一歩引く。しかしそれが青木の不信をさらに煽った。やましいことがあるから、逃げるんだ。


「なんでこんなことをするんだ!」

「ひぃ!?」

「俺が何か悪いことをしたのか!? なんでずっと監視してるんだ!? 一体何時から! どうやって、おい答えろ!」

「け、警察呼びますよ!」

「それはこっちのセリフだ! 人の家や職場に監視カメラを仕掛けたりして! おい、聞いてるのか!?」


 ――その後、青木は警察に取り押さえられる。


 青木は事情を説明するが、当然通りかかった人は無罪であることは明白だ。メールを見せて監視されている旨を告げるが、自分で自分にメールを送っていることもあって妄言扱いされた。


「なんでそんなこと自分でしないといけないんだよ!」

「パスワードも変えてるんだ! なのに、何度も、何度も!」

「……うあ。そんな目で見るな。俺を見るな! 見るな!」


 怖い。見られているのが怖い。誰が見ているのかわからないのが怖い。怖い、目が、視線が、誰が、どこで、どうやって見ているのか。


「俺を見るなああああああああああ!」

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