監視

 スマホを開けた青木は入ってきた通知に驚くことになった。


「何だ、これ?」


 SNSの通知がとんでもないことになっている。知らない相手からのダイレクトメールがたくさん届いているのだ。


『お誘いありがとうございます。いつ会いますか?』

『同性愛は肩身が狭いですが、お互い頑張りましょう』

『我が教団への入信、感謝します。後日、送信された住所に資料をお送りします』

『今の政権に不安がある者同士、頑張りましょう! 差し当たっての活動方針としては――』

『こちらのURLをクリックしてください。宇宙の真理を教えましょう』


 種類も様々だ。個人の裏アカウントへの誘いからわけのわからない団体、犯罪行為も辞さないモノまでいる。SNSでそういう団体が活動をしていることは知っているが、連絡した覚えはない。


「は? は? どういうこと?」


 見ればきちんとダイレクトメールを送った形跡がある。しかも青木の個人情報を添えてある。氏名、住所、メールアドレス、職場の場所まで。こんな情報がそう言った団体に知れたらどうなるか。青木の顔は青ざめる。


『アカウントが乗っ取られたみたいです。これまでの発言は私の本意じゃありません。ご迷惑をおかけしました』


 ダイレクトメールごとにその返事を返す。その後でパスワードを変更し、一息ついた。これで一安心だ。職場に迷惑がかかるかもしれないが、その時はどうにか対応しよう。


 次にメールを見たら50を超える数があった。主に寄付関係。


『あなたの気持ちが世界を救う』

『貧困を救うために、貴方の力が必要です』

『恵まれない人に愛の手を』

『●●地区地震の寄付金を!』


 聞いたことのある世界的な機構から、明らかに詐欺だろうこれって言うモノまで沢山だ。確認しているうちに増えてきたので、まとめて消去した。


「何なんだよ、これは。おかしいだろ!」


 寄付なんて縁のない人生だ。町での募金は全スルーしてるし、コンビニの小銭寄付だってしたことない。何がどうなっているのか全く分からない。今日は厄日か?


 ストレス解消のためにゲームを起動させる。タップして数秒。画面に表示されたのは『このアカウントは存在しません』と言う文字。一瞬何があったのかわからなかった。何度起動しても同じ表示。


「噓だろ。噓だろ。噓だろ!」


 アカウントの乗っ取り。いきなり増えた寄付のメール。消されたゲームアカウント。そして消えたファイル。


 誰かがスマホを操作したのは間違いない。いつ? どこで? 誰が?


 ファイルが消えた時に、スマホのパスワードは変えた。あの時はSNSもゲームも変な事はなかった。だから安心してた。もしかしたらあの時に何かされていたのか?


「いや。それは……ない」


 あの後、普通にゲームはできた。SNSも何もないことを確認した。だからあのタイミングでは何かをされたということはないはずだ。ダイレクトメールの履歴も、スマホのパスワードを変えた後だ。


「その時にSNSのパスワードも抜かれてた……?」


 考えられるのは、それだ。職場の誰かがスマホを奪い、スマホのロックを解除して中のデータを消し、そしてSNSのパスワードやゲームアカウントを見て――


「でも、何のために……?」


 何のためにそれをしたのかが分からない。職場の人間とはそれなりに良好な関係を結んでいるつもりだ。少なくとも、スマホのロック解除されるほど憎まれている覚えはない。仕事上の不満はあるだろうけど、それなら直接言えばいい。こんな陰険なことをされるようなことはしていない。


「ああ、ムカつくなあ!」


 わけがわからない。その不安を誤魔化すように叫ぶ。自分の周りに自分を貶めようとする者がいる。それが誰だか分らない。その不安に押しつぶされそうになる。


 この時落ち着いて考察すれば、消えたファイルの内容から白石に気づく可能性はあった。その可能性に気づけば、真実にたどり着く未来はあった。自分が虐げたという自覚があれば、白石から復讐の可能性に至れただろう。


 だけど、落ち着けなかった。これまであった『普通』がかき乱され、不安しかない。そんな状況で青木は冷静に思考を回せるような人間ではなかった。職場の誰がこんなことをしたのか。そこで思考が空回りしていた。


 自覚などできなかった。白石・瞳は青木にとって言いなりになる人間だ。彼女は絶対逆らわない。歯向かわない。苦しめているとは思わない。人間だなんて思わない。あれは道具だから、好きに扱っていいモノだから。だから復讐なんてするはずがない。


 鳴りやまない通知が青木の苛立ちを加速する。


『アカウントが乗っ取られたんですね。大変でしたね』

『そうなんですね。でもこれも縁だと思ってお付き合いしませんか?』

『この出会いは宇宙の意志。そう思います』


 うるさいうるさいうるさい。苛立ちから通知アラームを切ろうとしてアプリを起動し……青木の顔が驚愕に変わった。


『はい、慰めてください』

『うん。お付き合いしましょう』

『そうですね。宇宙の意志ですね。これからもお願いします』


 やってきた通知に、返事を返しているのだ。青木は全く触っていない。アプリすら起動していないのに。


「何で!? パスワード変えたばっかりなのに! どういうことなの!?」


 パスワードを変えたのは数分前。これでアカウントの乗っ取りは解決したと安堵していた。なのに、また乗っ取られている。


「やばいやばいやばい! なんかそう言うウィルスに感染したとかなの、これ!?」


 スマホに常駐し、情報を抜くウィルス。そんなスパムメールは見たことある。見た時は鼻で笑っていたけど、まさかそんなものが本当に存在するなんて。


 慌てて『ウィルス 乗っ取り 防御策』で検索する。検索にかかってる時間ストレスが増加し、検索結果のありきたりな回答にへきへきする。曰く、そういうメールを開かない。ウィルス対策用ソフトを購入する。


「クソ……しょうがない」


 青木はいろいろ渋ってウィルス対策ソフトを購入する。痛手ではあるけど、背に腹は代えられない。SNSがない生活など耐えられない。ダウンロードして、ウィスルチェックをかけて、その結果――


「ウィルス数、ゼロ……?」


 異常をきたすウィルスやアプリなどは存在しない。そういう結果が出た。このスマホはウィルスに感染したわけではない。


「でもまあ、そう言う事なら安全だよね」


 そう思い、青木は安堵のため息をつく。その日はもうそれ以上何かする気もなく、家に帰ってそのまま横になる。不安から解放されたこともあり、すぐに眠りに落ちた。


「…………え?」


 そして次の日、青木は新たな通知とメールの数を見てげんなりする。


「なんで? どうして?」


 SNS上では青木が寝ている間に、青木のアカウントでダイレクトメールを送っていた。その返信を全部確認するだけでもかなりの時間がかかった。


 メールの数も同様だ。よくわからない寄付関係が多い。鬱陶しいので全部一括で削除した。友人からのメールがあったかもしれないが、それを選別する精神的な余裕はない。


「もうこのアカウントはダメだ!」


 何が起きているのかわからない。青木の知識を超えた何かが起きている。SNSを退会し、アカウントを消す。そして新たなアカウントを得て、ゼロからやり直すんだ。


 新しいSNSのアカウントを習得した青木だが、その数時間後にそのアカウントが自分の知らない発言を行っていたのに気づく。個人情報の暴露や炎上話題、そう言った『非常識』な発言ばかりしている。


「……う、わ」


 気持ち悪くなってきた。即座にアカウントを消し、そのSNSはもう触らないと決める。何がどうなっているのかわからない。多数ある迷惑メール――そのほとんどが寄付を求めるメールを処理しおえた瞬間に、新たなメールが飛び込んできた。


「え? このメルアドは……俺の?」


 自分のメールアドレスから自分のメールアドレスに送られたメール。何がどうなっているのかわからない。このメールアドレスも昨日取ったばかりの物なのに。パスワードだって練りに練ったはずなのに。


『おはよう。あなたのこと、みてるから』


 そんな題名のメール。


 恐る恐るメールを開くと、青木の起床時間から今日食べた朝ごはん。そしてSNSの円状に四苦八苦していることが書かれていた。


「……!」


 慌てて部屋の中を見回す青木。


 誰かが自分を見ている。監視している。自分の部屋と言う安全と思っている領域に、誰かがいる。


 その事実に、背筋が凍った。

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