観察

 青木の生活を見る日が始まった。


 意識をすれば青木の見たものが脳内に浮かぶようになる。慣れれば私生活との並行も難しくなくなり、赤川の視界と青木の視界も並行できるようになる。この数日、私は学校で授業を受けながら、二人の視界を共有していた。


 青木・誠。48歳男性。職業はドラックストアの店長。朝早く出勤し、夜遅く変える生活。朝の6時に起きて、夜の10時に帰って寝る。そんな生活パターン。仕事の内容は書類や荷物運び、本社や客からの連絡対応など。


 店員はほとんどアルバイトか派遣社員。関係は良くもなく悪くもなく。少なくとも私に対するようないやらしいことはしていない。大学生の女子店員を目で追うことはするが、セクハラめいたことはしない。あくまで仕事上の関係だ。


 仕事中は仕事に集中し、休憩時間にSNSや漫画を見る。そして周りに人がいなくなったのを確認して、私を撮った画像を見る。嘗め回すように、何度も何度も。その視界から何を考えているのかが分かるぐらいに。


 生活パターンはあまり変わり映えしない。休みの日もランダムで、平日が多い。そういえば青木に呼び出されるのも平日が多かった。ということは、仕事が休みの日に呼び出されたのか。


 次の休みの日は、5日後。通販で頼んだ『道具』もその前日ぐらいに来る。カレンダーアプリでそれを何度も確認し、そして周りに人がいないのを確認してまた私の画像を何度も見る。イヤホンを取り出して、動画も再生する。何度も、何度も。


 気持ち悪い。怖い。吐きそうになる。目をつぶってしまいたくなる。自分が性的な玩具として扱われているのが伝わってくる。それでも、それでも、耐えた。我慢することは慣れている。胸を押さえて、歯を食いしばる。それでも、目は閉じない。


 並行してみる赤川の視界は、私をずっと見ていた。授業中も先生とスマホ、そして私。休憩時間も取り巻きと話をしながら、視線の端で私を見ていた。ちらりと振り向くと、視線を逸らす。その様子が面白くなってきた。


 三人のセンパイの事を知る私の事は、赤川にとってかなりのストレスのようだ。他の取り巻きとのSNSでの会話からもそれが伺える。



 …………。



 緑谷『サトコどうしたの? この前からへんよ?』


 赤川『ん-、ちょいイラついてるかも』


 柴野『さぼる? カラオケる?』


 桃井『(心配、って感じのスタンプ)』


 緑谷『ストレスたまってるなら、白石ヤっとく?』


 赤川『パス。あいつ面白くないから』


 緑谷『マ? マジでどうしたの? 風邪?』



 …………。



 何か面白くないことが起きると私に当たっていた赤川。私に八つ当たりしないと悟ると、他の三人の態度は急変する。



 …………。



 緑谷『いつもはこういう時は白石虐めてたのに。ホント、どうしたの?』


 柴野『うん。シメたあとでそれネタに盛り上がるのに』


 桃井『(どうしたの?、って感じのスタンプ)』


 赤川『そんな気分じゃない』



 …………。



 他の三人がどれだけ誘っても、赤川はやらないの一点張り。理由を聞いても適当にはぐらかす。赤川なしでは私に絡みに行くつもりもないのか、そのまま話は立ち消えになった。


 センパイとのSNSでのやり取りも及び腰だ。私がセンパイ達と接触しているのではないか。センパイに何かを話していないか。その怯えが、自然と距離を開けていた。



 …………。



 紺野『赤川くんどうしたの? 最近落ち込んでるって聞いたけど?』


 赤川『あ、なんでもないです。ちょっとテストの点数が悪かっただけで』


 紺野『そうか。何かあったら相談に乗るよ』


 赤川『はい。ありがとうございます』



 …………。


  

 蘇芳『今日どう? 会えない?』


 赤川『ごめんなさい。今日はあの日で』


 蘇芳『じゃあしょうがないよな。また今度』


 赤川『はい』



 …………。



 桜坂『なあなあ、昨日どうしたの? ちょいイラってたみたいだけど』


 赤川『あ、ごめんなさい。友達と喧嘩してて』


 桜坂『おれがシメてやろうか?』


 赤川『大丈夫です。何とかしますから』



 …………。


 

 前のような媚びるような態度はなく、適度に壁を作った会話。ノリや返信速度が明らかに違う。嫌われないように怪しまれないように注意しながら返事を返す。私の関係や三股しているのがばれていないかを探りながら、指を動かしていた。


 そんなやり取りをしながら、青木とSNSで会話をする。私を早く酷い目に合わせてほしい。そんな会話だ。



 …………。



 赤川『叔父さん、早く白石どうにかしてよ!』


 赤川『アイツ、ムカつく!』


 赤川『私を脅迫する犯罪者!』

 

 赤川『私とセンパイのために、早く地獄に落として!』



 …………。



 数分ごとに愚痴を叩き込むように、私をどうにかしろと書き込む赤川。焦りと屈辱が伝わってくるようで、心地よい。もっと苦しめ、もっと足搔け。そんな気持ちになってくる。


 仕事中の青木はそれに気づきもしない。そして休憩時間に姪からの大量のメッセージを見て、それを適当に流し見した。100個以上の愚痴を全部見る気はないのか、フリックして最後まで流す。その後で、



 …………。



 青木『5日後にやるから、それまで待って』


 赤川『早く! 私が耐えられない!』


 青木『落ち着いて。あの子は僕に逆らえないんだから』


 赤川『だったら今すぐ!』


 青木『落ち着いて。下手すると捕まるから』



 …………。


 

 せっつく赤川と、それをなだめる青木。そのうち青木がうんざりしたのか、仕事と言って会話を打ち切る。実際は休憩時間はまだあるのだが、姪の愚痴に付き合うつもりはないのだろう。


 荒れる赤川。それを見ていい気分になるが、楽観はできない。5日間は平和だが、逆に言えば5日後には地獄が待っている。青木に逆らえないというのは事実だ。逆らえば今までされてきたことを、世界中にばらまかれる。


「警察に言ってもいいよ。だけど動画と画像はアップロード寸前だ。ボクが捕まっても自動更新で公開されちゃうからね。

 ボクが捕まってしまえば公開日付を変えられなくなって、世界中に瞳ちゃんのエロ画像が公開されちゃうよ。それでもいい?」


 犯罪だ。警察に言ってやる。私の言葉にそう返した青木。自分は警察に捕まるけど、私の恥ずかしい行為の流出は止められない。青木が操作しないと自動で世界に公開されるのだ。


 逆らえない。そんなことはできない。あの画像と動画がある限り、私は青木に逆らえない。そして5日後に赤川にも似たような弱みを握られる。そして赤川は私を破滅させようとするだろう。


 青木のように嬲るのではなく、徹底的に壊してくる。私の体を、尊厳を、これまで以上に。鬱積された恨みを晴らすように。二度と逆らえないように。私が壊れても構わない。むしろ私を壊すことが目的で。


「うわエッロ! オマエ外でするとか変態だな!」

「学園の裏SNSに流したから。オマエ、もう男のオカズになってるぜ!」

「せっかくだし、ウリとかやれよ。私達がマネージャーやってやるから」

「白石の分際で逆らおうとするからこうなるんだよ!」

「脅すつもりだっただろうけど、ビッチの言う事なんかセンパイは聞く耳持たないんだよ! ハイ残念!」


 そういうマンガの展開を想像し、赤川の性格的にありそうだと思い至った。差異はあるだろうけど、5日後までにどうにかしないと破滅が待っていることには変わりない。青木の弱みを握り、脅迫しなくちゃ――


「……あれ? 自動更新?」


 青木に脅迫されたセリフを思い出し、私は一つの考えに至る。青木の弱みを握ろうとしていたけど、


「それをどうにかすれば、もしかして……」


 そもそも私の弱みさえなくなれば従う必要はないのだと。 

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