第35話





        ◇    ◇    ◇





 ネリスの能力もあってか、人々に注目される事なく無事に国外に脱出したテスターは、街から少し離れたところにある深い森で今後について話していた。


「なんですかこれは?」

「これは録音石と言ってな、冒険者の中でもトップシークレットに該当するモノだ」

「ろくおんせき……?」

「ああ、周りの音吸収して反響する、ハング鉱石というので固めた物だ。使い方は簡単でな、詠唱すれば勝手に起動する、その後に声を入れれば、さきほどの音声が流れ出すという優れモノだ」

「なるほど……」


 ネリスはテスターに向かって録音石を投げると、しっかり受け取ったテスターはジロジロと眺め、どういう作りなのかを探った。


「色は……スライムのような綠色ですね」


 手の平サイズほどの石をテスターは太陽に向けて透かしてみたり、ベタベタと感触を確かめる、固さは全くなく、スライムのようにムニムニとして癖になるような握り心地、しばらくその石をいじり続けていると、ネリスは聞きたがっていた事について話をする。


「確か、孤独薬についてだったな」

「ええ、なぜネリスである事を隠してまで、私にあんな薬を?」

「……話してやる、少し長くなるがな」


 ネリスはゆっくりと話を始めた、まず孤独薬というのは18歳、つまり全盛期であるネリスの肉体と能力から採取した薬で、飲めば条件次第だがネリスと同等の身体能力を得るという代物である。


「なぜそんな薬を?」


 テスターの質問の前に適当な切り株に座り、ネリスは一服を始めて答えた。


「ふー……。見ての通り、俺は全盛期の力ほど今の時間停止を扱えない」

「時間停止?」

「ああ、文字通り時を止める能力だ。このようにな――」

「なっ!?」


 唖然とした顔で目の前に座っていたネリスを見失うと、いつの間にか背後に気配を感じバッと振り返るテスター。


「この能力は色々応用出来てな、物体、気体、なんでも停止する事が出来る」

「つまり全盛期に戻る為に、薬を?」

「いや、違う……」


 ネリスは昔話をゆっくりと語り始める、自分自身の行った事による責任と、英雄として世間から認知されるという辛さを。


「俺とみんなの力で作った薬をアプロに手渡したのは、手渡す条件が揃っていたからだ」

「揃っていた?」

「ああ、俺の望む理想の冒険者に近かったから託した。過去にお前にも孤独薬の話をしただろう?」


 2年前、テスターは確かに孤独薬を渡されそうになった、しかしあの時はそんな訳のわからない薬などと言って断ったが、今では力を得たアプロに魅せられている事実に「運命はあるものですね」と、特に悔しがる様子もなく一言いい、別の話へと切り替える。


「なるほど、貴方が能力をどう手に入れたのか知りませんが……。気体も止めるとか言いましたよね? でも地下牢の時、葉巻の煙は上へと向かっていました」

「いや、あれはただのメッセージだ。国王に俺の存在を知ってもらう必要があってな、”アイツ”には若い頃色々恩があるんだ」

「あいつ? 国王と知り合いで?」

「ああ、それよりもっと聞きたい事があるんだろう?」

「これを――」


 テスターはもらった石について、どういう意味で渡したのかを尋ねる。


「その石にはゼイゴンを失脚させる言葉が残されている、国王に渡せばあいつは今の地位から取り戻せるだろう」

「ちょ、ちょっと待ってください、私は今脱獄している身なんですよ? 貴方が渡せば良いじゃないですか」

「そうしたいのは山々なんだがな……」


 ネリスは口にくわえていた葉巻を捨て、足でグッと火消しをすると。


「どうも時間が俺を待ってくれないらしい、今からヤツが貯蔵している武器庫まで行かないといけないんでな」

「それはどこに?」

「東側だ、海を越えなきゃならん。全く忙しい限りだ」


 ネリスに助けてもらった恩は精算したいとテスターは考えていた、しかしその恩返しが今すぐ訪れ、かつあの国に戻るというのはかなりリスクがある行動だとテスターは異を唱える。


「もう一度あの国に戻れと? 勘弁してほしいですね」

「安心しろ、俺の計画通りに進んでいるのなら、時間差で発生したあの葉巻の臭いによって、国王はお前を捕らえる事はしないはずだ」

「信用しろって言うんですか、そんな確証もない物を……」

「だったらどうする? 名誉を築いた国にも帰れず、こんな薄暗い森でダラダラと暮らすのか?」

「それは……」


 今、テスターは今後の目標を失っている、ゴミとしか思っていないのがメンバー達に伝わってしまった以上、今更元いたパーティには戻れない、かと言ってあまりにも……と決断を渋るテスターにふっと鼻で笑ったネリスは近寄り、肩を両手でポンと叩くと。


「テスター、目標を持って常に生きろ、立ち止まるのはその途中でいい」


 希望と期待を込め、ネリスはテスターに言った。


「目標って……」

「お前は今まで築いていた道が崩れ、ただ見失っているだけだ。だから俺が1つの道を示してやる、後は自分で考え、自分で決めろ」


 そう言い残し、ネリスはこの場から立ち去ろうとする。


「ま、待ってくださいネリス! 貴方は……貴方はなぜ英雄に? なぜこの世界を救おうと?」


 魔物の溢れる世界を人間の住みやすいのように変えた英雄ネリス、しかし本人は常に存在を隠し、表には安易には晒さない、全冒険者が認識し、そこが格好良いと言う者もいる。


 もちろんテスターも例に漏れず昔から英雄ネリスに憧れ冒険者となった、だからこうして本人が目の前に現れている今、面と向かって話したい事も沢山あったのだが。


「俺は英雄なんかじゃない、ただ人間……俺の住みやすい世界を作りたかっただけだ。魔物からしたら、俺はただの殺戮者でしかないんだ」


 背中で語る英雄の言葉は、そんな綺麗事ばかりではなかった。


「しかしあの本は――」

「本を書いたのは俺の若さ、特別な存在として見てほしかったという自身の顕示欲に過ぎなかっただけだ。今この歳になって後悔を繰り返している」

「後悔ですって? 貴方は全ての名誉、英雄に一度なったのでしょう?」

「まあ、聞け――」


 ネリスはあの頃を振り返り話をする、確かに魔物の王は間違いなく自分の手で殺した、しかし魔王は次の王となる娘『メイス』に全てを託していた、それから数年後、メイスと邂逅したネリスは激闘の末、人間を襲わないよう共に過ごしながらキッチリと教える、あの時の悲劇を生まない為に。


「人間にとって敵である、だから滅ぼさないといけない。そんな俺の考え方が広まっていき……いよいよエルフと人間の戦争が始まってしまったんだ」


 そこから先は辛く重い話だった、ネリスは自身の活躍によって人々に勇気を与え、いつしか中立の関係であったエルフにも人間は噛みついていってしまった。


 この世界ではパワーバランスと言うのがあり、ネリスが魔王を倒すまでは魔物が全てを支配していたのだが……滅ぼした時、『人間側』にあまりにも傾き過ぎてしまっていた。


「笑えるだろ? 結局どの種族も一番に立とうとしていたんだ」


 エルフと人間の戦争、それは主に人間が魔族を滅ぼそうとした事が原因である、そのきっかけを作ってしまったのが、ネリスの意志を間違えて捉えてしまった冒険者だった。


 頂点に立ったのは結局人間なのだと、勘違いした人間側の主張に他の種族達は怒り、いつしか奴隷関係を作り出したりと、差別する問題にまで発展するようになってしまいお互いの主張は譲らなかった。


 だからこそネリスは全種族から嫌われる役を買い、『全ての責任と原因を背負う』、くわえて世間的には死亡したとネリスの関係者達が全世界に通達し、現在はそのような差別問題が無くなっているのが現状だが……。


 当の本人であるネリスが数年で負った心の傷は、自分とその周りの者達にしか治す事が出来なかった。


「ふーっ……。時には命も絶とうとした、そんな時に俺を必要としてくれる者がいて、逃げることなんて許さないと、怒られたよ。それが涙が出るほど嬉しかった。だから今も尚、俺はこの世界に立っている、本当、あの時のみんなには感謝している……」


 ……罪滅ぼしとして、平和な世界を維持する為に自身の肉体を削ってでも、多種族が暮らす平和にとって脅威だと判断した問題や、いつ死んでもおかしくない危険な任務などをこなしているネリス。


 ――そう、彼はいつまでも終わる事のない罪を背負い続けていた。

 だからこそ英雄と言われ、だからこそネリスを知る人物達に慕われていた。


「……そんな事があったんですか」

「英雄なんてただの偶像さ、人殺しをした者に英雄はいない」


 テスターは考える、『人の為に自分を犠牲にする事』、それは今まで自分を優先してきたテスターからは一生出る事はなかったが、ネリスと話した者は皆考えさせられていた。


 自分の生き方を決める者、自分の性格を変える者、それほどまでに影響力のある存在だったネリスは、一体人生でどれくらい自分について考えたのだろうか、悩み、苦しみ、どういう思いで自分の中の答えを捻り出して前へと進んだのか?


 言いたいのは気休めではなく、どう対話していいのか言葉に詰まるテスターだったが、ゴクリとツバを飲み込み、やっとの思いで出た言葉は。


「だから貴方は、エルフと人間の二次戦争が起きないように今でも……なぜ貴方はそこまでするんですか」

「それが一番自分の為だと思ったからだ、自分の頭の中だけば誰も、どんな命令も届かない、俺だけが自由に決めれる俺だけの世界だ」

「ネリス……」

「ゼイゴンが隠している武器庫の破壊が終わったら俺もこっちへ戻ってくる、この任務、他に頼る者なんていない、死んだら伝説としても残らない、それでも俺とお前で影から阻止するんだ。出来るか? いや――」


 頼む、とネリスは頭を下げた、英雄の苦悩を聞いたからなのか、先ほどとは違いテスターは少し気迫のこもった目を見せる。


「わかりました、わかりましたよ! ですが、期待しないでくださいよ」


 その回答にネリスはどこかホッとした顔で、「損な役回りで悪いな」と呟くと。



「おいおい、こんなところにいたのか、団長」

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