第26話


 アプロとサーシャは同じ事を言った、リッカの部屋はとてもゾッとするほど汚いゴミと、魔法の術式が書かれた本がそこら中に積まれており、変な異臭によって思わず鼻をつまむ。


「姉御……人を招くほどの部屋じゃないぞ」


 アプロの忠告に対し、リッカはそんな事はないと否定した顔で返事をするが、サーシャもうんうんと頷き、「そうなのか……」と渋々納得した様子を見せた。


「そのうちするよ」


 リッカは半笑いで答え、床に散らばっていた物を適当に端っこの方へと追いやると、3人が座れるスペースを作ってはご馳走の準備を始めた。


 アプロは絶対にしないだろうと頭の中で思いつつ、家の隣に取り付けられていた丸太小屋の方へ行ってしまうリッカ、シーン……という2人だけの状況に、アプロとサーシャは目を合わす。


「このままじゃ鼻がおかしくなりそうだ、掃除しないか?」

「あ、うっ、うん」


 リッカの料理が到着するまで、周りに散らばったゴミを片付ける事にしたが、理解するのが難しい魔法研究レポートは捨てていいかわからなかったので、ヒモで縛ってまとめていく。



 ――。

 ――――。


「ふう、大分片付いたな」

「そ、そう、だね」


 ふーっと額の汗を拭い、古びた木の床が見えると満足するアプロ、床にまとめていた本を数冊脇に挟み、上を見上げ「あれも整理してしまうか」と、ドミノ倒しになっていた棚の本を整理しようと脚立を持って足をかけるが――。


「うわっ!!」


 置いた脚立の足場が悪すぎたのか、頂点に立ってから加重をかけると、脚立はあっさりと横方向に倒れようとする。


「あ、危ない! アプロくん!!」


 ドシーンッ!!

 大きな音と共にパラパラと数冊落ちる本。


 どうなったのかとアプロが目を開けると、そこに映ったのは。


「あっ……」


 少し驚いたサーシャの顔だった。

 唇を重ねる事が出来るほどの近い距離で2人は目を合わす。


 少しして照れるサーシャとアプロ、しかしアプロは加速する心臓の鼓動よりも、自分を守る為に身を挺してくれた事に急いでお礼を言った。


「わ、悪いサーシャ! その、大丈夫か!?」

「わ、わたしは、その、平気、うん、平気……」

「そうか。それならいいんだけどその……あれだ。胸が……」

「あっ……きゃっ!!」


 気付いたサーシャは頬を赤くし、一刻も早く2人は離れようとするが。


「おまたせ、ん? あれ?」


 そこへ、料理を持ったリッカが現れた。


「……何してんだお前ら」

「さ、サーシャと2人で片付けたんだよ!!」


 アプロは慌てて理由を伝えるが、リッカはニタァと笑みを浮かべて「そうかそうか」と妙に納得した顔でテーブルに料理を並べる。


「き、聞いてくれよ姉御!!」

「おお、というか掃除してくれてありがとうなアプロ」

「いや感謝はありがたいけど、誤解なんだ!」


 『やたらと強く』あの状態になったのは誤解であるとアプロは伝えたが、冷めないうちに食べてくれと催促するリッカに、仕方なくため息を吐いて気持ちを切り替え、食事を頂く事にした。


「なあ姉御」

「なんだ?」


 食事をしている最中、どうしても気になっていた事をリッカに尋ねるアプロ。


「どうして冒険者を指導する立場に?」

「急になんだ? 真面目に勉強する気になったのか?」

「そうじゃなくてさ、俺いま、色々考えてて……。冒険者になって何がしたいとかが決まってないんだ」

「え……? じゃあなんで施設に入ったんだお前?」


 リッカにとって当然の疑問である、その疑問に肉を頬張りながら、あまり真剣ではないアプロは再度尋ねた。


「いやまあ、楽しいかなって」

「なっ……。そんなつもりで冒険者を目指してたのか」

「それ以外何があるのか良かったら教えてくれよ」

「教えてくださいだろ……。まあ、そうだなあ」


 上を向いて悩むリッカ、教え子にこの話をするのはどうかと一瞬悩んだが、ゆっくりと自身が冒険者を目指すきっかけとなった動機を語る。





「……あれは14年前だったか、ネリスという伝説の男に憧れていたんだ」


 それはリッカの人生を変えるほど、強く、印象に残っていた出来事だった。


「今では平和な世界だけどな、昔は人を襲う魔物が溢れていたんだ、何度も村から出てはいけないと母親や村長に忠告されてたんだが……ある日、好奇心が上回ったのか、私と知り合いの2人で村の外へと出かけてしまったんだ」


 そこから先を不安そうに聞くサーシャ。


「それで、で、出たんです……か?」

「ああ、本当にあっという間だったよ、森のクマより大きな魔物だったか、牙が何本もあって……2本足で立つとさらに大きく見えて、ああ死ぬんだなと思った。ガクガクと身体を震わせながら、その場に座り込んで目を閉じてしまったんだ」


 リッカはさらに話しを続ける。


「その時……突然大きな音がして目を開けた、そしたら魔物が真っ二つに斬られていて、剣を持った1人の青年が大丈夫かと声をかけてくれた、恐る恐る名前を聞くとその人はネリスと名乗り、たまたま私達の村に立ち寄って、村長からの依頼で探しに来たのだと、私達に伝えてくれた」


 なるほどと納得するアプロ。


「それで姉御は冒険者を目指したのか」

「ああ、もうそれからは冒険者になりたいなりたいという気持ちで溢れてな、恐怖も乗り越え、冒険者になってから色んな街を歩き回ったよ……それはそうだな、かつて誰かのように身体を張ったり、魔物が支配していた街を住みやすいようにもした、あの英雄ネリスの真似事のように……。それは住んでいた村じゃ絶対に味わえない、今でも仲間達との最高の思い出さ」

「最高の、思い出か……」


 話を聞き終わると、食べ終えたアプロは真剣な眼差しでリッカを見つめ返してお礼を言う。


「大体わかったよ、ありがとう姉御」

「そうか、役に立って嬉しいよ……で? お前が冒険者になって何を望むんだ?」

「俺は……仲間が俺の事をいつまでも思ってて、俺も仲間をいつまでも思う。そんな硬く、強く絆で結ばれたパーティを作ってみたい」

「友達……以上ってことか」

「ああ、家族みたいなそういう関係がいいな」



 リッカは「不器用なお前が出来るかな」と疑い、それに「なに言ってんだよ出来るさ!」とすぐ反論するアプロのやり取りを思い出しながら、その時のサーシャはアプロなら本当に出来るかもしれないと、根拠なく思っていた……。



 ――。

 ――――。



(そ、そっか、アプロ、だからあの時に……)


 回想中を終えたサーシャは、ギルドでアプロの言っていた言葉を思い出していた。


(パーティとは、冒険する事が全てではない……)


 それは仲間として、信頼出来る関係になりたいという事、絆を今は深めたいというのを理解したサーシャは、立ち上がってミスティアの寝顔をしばらく眺めながら呟いた。


「……あれ? ど、どうして私はあ、アプロを好きに、なったんだっけ?」


 2年前の事をまた振り返るサーシャ……それは試験当日の事だった。


 アプロの決意を聞いてからしばらく経った夏の季節、積もっていた雪はすっかりと溶け込み、顔を出した石畳を歩きながら試験会場へと向かうサーシャ、中へ入ると既に大勢の人数が外に待機している。


 ざわざわ……。


「今年こそ冒険者になるぜ!!」

「私も頑張るわよ!!」


 誰もが冒険者になりたいという面構えの中、試験官のリッカが全員をまとめ、実技試験が始まった、サーシャは教えてもらった詠唱を1つ1つ思い浮かべ、意外にもリラックスした気持ちでスラスラと課題の魔法を唱えていく。


 ……そして試験の最後に町の近くにある、山の形をしたダンジョンに3人パーティで向かい、何事もなく頂上までたどり着ければ晴れて冒険者として街を歩く事が出来るのだが。


「あ、え? アプロ、くん?」

「ん? サーシャか、何かと縁があるな」

「あはは、そ、そうだね……」


 まさかの出会いにはにかみながらも2人は握手を交わし、1人知ってる人がいた事にホッと一安心するサーシャ、もう1人は誰だろうと視線を泳がしていると――。


「なんだ、俺様と組むのはもっと強そうなヤツかと思ってたぜ!」


 後ろから生意気そうな声でアプロ達に絡んでくる両腕を組んだ白髪の男、見た目は高そうな服で、いかにも優秀でプライドの高い貴族という印象が窺えた。


「誰だ?」


 振り返ったアプロが尋ねると、正気かと疑うような身振りで男は声を荒げて話す。


「おいおいどこの素人だよ!? ……まあいい教えてやろう、俺様はエディルだ!!」

「エディル? 誰だ?」

「知らないのかよ! 10年に1人の天才と周りから称された。あのエディルだぞ!!」

「悪い、しらない」


 アプロのあっさりとした答えに、ずるっとバランスを崩したエディルはプルプルと拳を震わせ、ゴホンと咳払いをしてからピッと指をアプロ達に突きつけた。


「ま、まあいい! せいぜい俺様の足を引っ張らないようにしてくれよな!!」


 サーシャは2年経った今でもエディルの事を嫌っていた、傲慢な態度、人を見下しているような発言、その全てが不快だった。


 軽蔑したような顔でサーシャは睨んでいると、リッカが待機している受験者達に声をかける。


「それでは試験を開始するぞ! 準備ができたパーティから順番に出発してくれ!!」


 1組、また1組とパーティは山の頂上であるゴールを目指す為に洞窟の中へと入っていく、当然のようにエディルはリーダーを気取って「ついてこい」と言いながらも、実のところは魔物を恐れているのかアプロ達を盾にして後ろを歩いていた。


(大丈夫、かな。このパーティ……)



 ……サーシャが想像していた通り、その心配は的中する。

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