第14話


「あら……随分威勢が良いじゃない、自分の立場がわかってるのかしらあ?」


 ここまで強気に来るのだから対策がある、とヘランダは考えたがアプロは魔法を詠唱する事もなくただ真っ直ぐに歩く、そんなアプロの行動に意味はないと判断したヘランダは、すぐさま無数の魔法を放てるよう部下達に詠唱の合図を出した。


「やっておしまいっ!!」


 一斉にへランダの部下達が詠唱を行い、再び無数の魔法弾をアプロの身体を襲った。


 ……それはまるで虐殺に近かった、数秒にも続いて魔法は放たれ、既にアプロの姿が見えないほど激しく煙は立ち、爆裂音が鳴り続ける。


「あっ……アプロくーんッ!!」


 既にバラバラ死体となっていてもおかしくはなく、グレイシーはその光景に叫んだ、辺り一面は白煙に包まれ、誰もがアプロはやられてしまったと思ったが。


「愚かな男、私の言う事に逆らうか……ら!?」


 次の瞬間、ヘランダの笑い声と余裕のあった言葉がピタリと止まった、ケガ1つないアプロはまだヘランダに向かって前進を続ける。


「な……なんで生きてるのよアンタ!!」


 プルプルと差した指が震えるほどヘランダは動揺していた、もちろんヘランダだけでなく、その場にいた周囲の者達はあり得ないと目を丸くさせ、その光景を疑っていた、魔法を喰らい続けていたアプロはダメージなど全く気にせず、パンパンと服についたホコリを軽く払う。


「こ、このガキ……! 生意気な……!!」


 ヘランダとアプロ、お互いの距離は既に手で掴みかかれるほどの位置まで来ていた、慌てながらもヘランダは眼前に杖を構え、すぐさま自身の最強魔法を詠唱する。


「降り注ぐ氷の塊よ、この杖に宿れ! ブリザード・ダスト!!」


 強い風が巻き起こり、拳ほどの大きさを持った氷の束は杖の先から不規則に放たれ、アプロの上半身をしっかりと捉え凍らせた。


「あはははは、私に逆らうからよっ!!」


 氷の塊となって足が止まったアプロ、部下達も「ここまでやってしまえばさすがに死んだだろう」と、高らかに笑っていたが……その笑みは止み、焦りの表情を浮かべる。


「へっ、ヘランダ様ぁ」

「アイツ、魔王より強いかもです……」


 アプロはため息を吐き、殺意を含むかのような鋭い目つきを変えず、氷の中で動き始めパキパキとガラスを割るように拳1つで破壊してしまう。


 口を開け、パクパクと金魚のような動作を繰り返すヘランダは腰を抜かし、地面に尻餅をついてガクガクと震えた、この街にレッド以上の冒険者なんているはずがない。


 しかし目の前にいるこの男は間違いなくグリーン以下の冒険者では相手にならない存在、どんな魔法を放っても、どんなに複数の魔法を当てたとしても、アプロの身体はキズ1つ無く、むしろ気怠そうに首を動かして拳を握った。


「終わりだ、ヘランダ」


 ガッ、とヘランダの頭を片手で掴んだアプロは片方の拳で弓を引く動作をする。


「なんで……なんで倒れないのよ!?」

「お前が弱者だからだろ」

「そんなはずがない、私はグリーンの冒険者よ!! まさか……ゴールドの冒険者なの!?」

「悪いが俺はベージュだ」

「ただのベージュの冒険者が私に勝てるはずがない!! アンタは一体――」


 誰もかわせない最速の拳が放たれたが、アプロはヘランダに当てるつもりはなかった、拳を寸止めすると完全にビビッてしまったヘランダは、口も目も開ききった状態で次に言うべき言葉を止めてしまう。


「俺はアプロだ、アンタじゃない」


 アプロの言う通り、近づかなくても最強の力を取り戻していた時点で勝負は決していた、ヘナヘナと脱力しながらヘランダは何も言わずその場から立ち上がろうとしない。


「強者が支配出来るのは恐怖だけだ、力だけじゃ気持ちなんて動かない」


 唇を震わせながらもアプロの言葉に抵抗するヘランダ。


「せ、説教でもしようっての?」

「ああ、おばさんわかってなさそうだったから」


 おばさんと言われ、ヘランダは敗北と合わさり魂が抜けたように上半身も地面へ倒してしまった。


「お、おば……っ おばさん……」


 アプロは力を使い仲間を制御しようなんて思っていない、それどころか偽りの態度で接してくる者に利用されるのを心から嫌がっていた。


「負けたと思ってるなら操られている人達を解放してくれ、それとミスティアの居場所を教えろ」

「誰がそんなパーティを裏切るような行為――」


 ドゴォッッッッツツツ!!


「次はほんとに当てるぞ」


 アプロが誰にもいない森の方へと放った拳は、一直線に道が出来るほど木々をなぎ倒していった、これにはヘランダもコクコクと頷く事しか出来ず、その部下達もコクリと頭を動かし操られていた者の洗脳を解く『解毒薬』を大人しく手渡した……。





        ◇    ◇    ◇





「それじゃあ後は任せるよ!!」


 無事、行方不明になっていた仲間達を救う事に成功したグレイシー達は、円卓の騎士団が働いていた悪事をギルドに報告するためヘランダの部下達の両腕を縄で拘束し、街まで一緒に戻る事にした。


「ありがとなアフロ!」

「助かったぜ、アフロ!!」


 既にアプロの怒りは収まり、和らいだ表情で「アプロだよ」と間違いを正す、軽い別れを経て彼らの姿が見えなくなると、いよいよミスティアの居場所を案内してもらおうと思いヘランダを見た。


「さ、案内してもらうぞ」


 遠くから離れても聞こえてくる「グレイシー軍団最強! グレイシー軍団最強!!」というアホらしいコールに、アプロは離れてよかったと本当に、本当に強く思っていた。


「こ、ここよ」


 腕を後ろに回されたまま縄で縛られ、前を歩かされていたヘランダは長い間アプロと2人きりで歩いていると、十分な高さを持つ塔の前でピタリと足を止めた。


 ……そのダンジョンはただ寄らぬ雰囲気を醸し出しており、茶色の壁1つ1つ積まれたレンガは大勢の人間の手によって作られている事に首を傾げるアプロ。


「ここは元々人間が住んでたのか?」

「な訳ないでしょ、人間が建てて魔物が住み着いたのよ」


 ヘランダの口からとんでもない言葉が飛び出した。


「なんでだ?」

「なんでって……双方の利益が出るからでしょ?」

「んん??」

「お子ちゃまにはわからないようね」


 やれやれという身振りでヘランダは一部やたらと黒ずんだレンガの隙間に自身のカードを通すようアプロに指示する、アプロは言われた通りカードを取り出そうと懐を手でまさぐった。


「ちょ、ちょっとどこ触ってんのよ!!」


 別にやらしい所には全く振れていなかったが、油断してくれるであろうというヘランダの罠にアプロは。


「カードはどこにあるんだ?」


 特に興奮すらしなかった、このままでは女性のプライドに関わるとヘランダはより色気を増した声を発する。


「そこ……もうちょい下よ、あんっ」

「なあ」

「なによお、ふふっ」

「これを機にやめないか? いい歳だろうし」

「……」


 かああっと顔を赤くし、ヘランダはその場で何度も跳ねて怒りを露わにした。


「まだにひゃくさいよ!! 大体あんた人間でしょ!? エルフの細かい歳なんてわかる訳ないでしょうが!!」

「凄いピョンピョンしてる」

「アンタだって歳取ればおっさんって呼ばれるようになるんだから!! ガキのままでいられるのは今のうちよ!!」

「あっ、これか」

「人の話を聞きなさいってのーっ!!!」


 暴れまくってくれたお陰で無事、落ちたカードを拾ったアプロは言われた通りレンガの隙間に通してみると、ゴゴゴゴと音を立てて建物の壁が1つ1つ動き始めた、緑色のパーティカードが排出され、黙ったままアプロは哀れみを含め、ヘランダの谷間にスッと挟む。


「な、なんで今アンタ、申し訳なさそうな顔したのよ」


 アプロはそれについて何も触れず無視をする、先ほどまで壁だったレンガが崩れ、人が入れるほどの扉が現れた事にほんの少しワクワクした気持ちを抱く。


「じゃあお姉さんはもう帰っていいですよ」

「待って、どうして丁寧な言葉なのかしら?」

「ここ、本当に先が見えないな」

「こんの……」


 アプロはヘランダを入り口に置き去りにし、ダンジョンの中へと入っていく、それが油断に繋がってしまい、ヘランダのぶん殴ってやろうかという怒りの表情から、悪巧みを考えているニタァっとした変化に気付く事は出来なかった。


(ふふ、油断しちゃだめよお坊や……。その先は階段、転ばして団長に気付かせてしまえば……)


 先が全く見えない暗闇にアプロは「全然見えないな」と余裕そうに発言する、その後ろをヘランダはゆっくり、ゆっくりと近づき、靴の底についていた針のような隠し武器を黙って取り出すと、じっくりと狙いを定める。


「猛毒を喰らいなさいっ!!」


 ヘランダは全体重を片足に乗せ、精一杯の力で蹴ろうとしたが。


「アプロ、あぶ……ない!!」


 いきなり飛び出してきた1人の女性がヘランダを突き飛ばそうと走ってきたが、ヘランダは咄嗟の反応で身をかわして向かってきた女性の足をロープのように引っかけ、転ばせた。


「んっ?」


 バタバタとした音に気付いたアプロが振り返ると、姿勢を崩しかけながらも目の前に飛びつこうとしてくる女性、「危ない」と思い受け止めるように抱きかかえると――。


「あっ」



 アプロの足は宙を浮いてしまう、そのまま女性と一緒に長く、どこまでも続く階段を転げ落ちてしまい、2人は階段の先の大きな壁にぶつかるまで、ゴロゴロと落下を続けた……。

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