第5話


「おい貴様、なぜ逃げ回る!!」


 斧を振り回しながら、逃げるアプロを追いかけるウルバヌス、対してアプロは真っ向から戦えば必ず死ぬと思い、両者の戦いはいつまでも成立せず永遠と追いかけっこを繰り返していた。


「だから、待てって言ってるだろさっきから!!」

「お前には戦士としての誇りも価値もない! 潔くここで真っ二つに斬られて死ネ!!」

「こんなところで死ねるかっての……!!」


 追いつかれ、咄嗟に掴んでいた砂をウルバヌスの目に向かって投げつけ、振り下ろされた斧を奇跡的に横っ飛びで回避したアプロ、全力で円を描きながら逃げ続けるその姿は周囲に恥を晒しながら何とか生き延びていた。


「お兄ちゃーん! 今助けるよ!!」


 するとそこへ剣を持った1人の少年がアプロを守ろうと、ウルバヌスの前に立ち塞がってしまう。


「邪魔ダ小僧! 吹き飛ばしてやる!!」


 自身の身体を少年にぶつけようと猪突猛進するウルバヌス、これ以上は限界だと感じたアプロは思わずパーティ解除に最後の希望を託し、ミスティアの名前を叫んだ。


「ミスティアー!!」


 ウルバヌスの身体が少年に当たる。

 まさにその瞬間――。





「お……終わりましたよアプロさん!!」


 ……ドクン。

 そのとき、心臓が縮小しては元の大きさになり、アプロは胸を強く叩かれたと感じた。


 最弱だった者が力を取り戻す、最強で、無敵で、誰にも負けない、強靱な力を……。


「むっ……!!」


 次の瞬間、アプロとウルバヌスを見ていた周囲の者達は目を疑った、もちろんミスティア達も例外ではなく、ウルバヌス自身も声を漏らしたまま足が動かない事に困惑する。


 そう、ウルバヌスの巨体を『片手で』止めていたのは――。


「……あんたが言う戦士の誇りってのを、今から見せてやるよ」





 アプロだった。

 ウルバヌスはさらに前へ、前へと身体を進ませようとするも上手くいかず、何か分厚い鉄の板にぶち当たっているように感じ、冷や汗を徐々に浮かべる。


「ぐっ、うおおおおっ……!!」


 全力を込めてもアプロの身体は後ろにも横にも動かず、圧倒的な力の差がそこにはあった、アプロは余っていた方の手で軽く腹を殴ると、ウルバヌスはもだえ、苦しむ声をあげながら1歩、2歩と後ろに下がり膝をつく。


 戦いは終わった、誰もがそう思うほど完全な決着だった。


「……あ、アプロさーん!!」


 急ぎ足で嬉しそうにアプロに近寄っていくミスティア、ピョンピョンとその場で跳ねて喜ぶミスティアにアプロは軽く頭を撫でると、ミスティアの頭のてっぺんから汽車のようにボッポッと蒸気が吹き出た。


「ほら、もう行け」


 そんな照れているミスティアを無視して、アプロは先ほど守ろうとしてくれた少年に声をかけていた。


「お兄ちゃん、強いんだね! 僕が守る必要なかったかも!」

「そうだな……次からお父さんの事も考えて行動するといいんじゃないか」


 近くにいた少年を心配するように、慌てて輪の中から飛び出してきた父親が抱き上げては群衆の中へと戻っていく。


「さてと……まだやるか?」


 膝をついて苦しそうな顔で見上げるウルバヌス。


「お、お前……! なんなんだその力は……!?」

「色々あってな、パーティを組んでないと俺はめちゃくちゃ強くなるみたいだ」

「み、みたいだと……? そんな無茶苦茶な話があるか!」

「そうだな、確かに訳がわからないと俺も思う」

「ふ……ふざけるなあああああああ!!!」


 ウルバヌスは斧を持ち、アプロに目掛けて何度も振り下ろすが――。


「そんなんじゃいつまで経っても当たらないぞ」


 完全に動きを見切っていたアプロは全てウルバヌスの攻撃を回避する。


「モオオオオオオオオオ!!!!」


 怒ったウルバヌスは斧を捨て、アプロの両肩を掴み、そのまま地面にプレスしてやろうと必死に下へと力を込めるが、それが無駄だと伝える気も失せたアプロはぎゅっと左拳を強く握り、弓を引くような動作でゆっくりと腕を引いた。


「じゃあな牛野郎」


 冒険者達を大勢吹き飛ばしたあの時よりも強い、暴風を起こしてウルバヌスをどこか遠くへ飛ばそうと考えていたアプロ。


「ま、待て! 待つんだ!!」


 ウルバヌスは手を離し、両手でアプロの静止を求める動作を繰り返した。


「なんだよ」

「俺は……牛じゃない、シカだ」

「……そうか」


 しゅっと一呼吸したアプロは拳を真っ直ぐウルバヌスに向けた、その瞬間ウルバヌスの身体は浮き上がり、大きな竜巻に身体をグルグル回しながら、キラリと星のようにどこか遠くへと消えていってしまった……。


「俺はシカなんだあああああああああああ……!!!」

「……心底どうでもいいな」


 ウルバヌスのフェードアウトしていく叫びに、アプロは小さく呟いて自身の拳を見る。


(これが孤独薬の力ってやつか……でもこれは……)


 アプロは思う、これが本当に自分の力なのかと……周りがこの力を見て『実力』と認識してくれるのか若干の不安を抱きつつ、額の汗を腕で拭き取り「ふう」と言って一息つく事にした。


「アプロさん、よかったあああっ!!」


 ミスティアはアプロの手を掴み、ぶんぶんと上下に振る。


「そうだな」

「ほんとに……あの牛の人に吹き飛ばされた時、死んだかと心配でえええ」


 ツバが飛んでくる、そう思ったアプロは後ろに身体を反らし泣き続けるミスティアから距離を取った。


「いやー、やったな! 俺達の力で無事ボスを倒す事が出来たぞ!!」

「最初はこんな弱いヤツがどうするのかと思ったが、やっぱり凄い人だったんだな!」

「私惚れてしまいそう! あーん勇者さまっー!!」


 周りの者達はボスをやっつけてくれた事に歓喜の声をあげ、自身の言いたい言葉を好きなだけ並べるとパーティメンバーを助ける為に洞窟の中へ次々と入っていく、それを見て一瞬ムスッとしたアプロだったが「別にいいか」と言って気にしない事にした。


「いやあとんでもねーチカラッスね、これが円卓の騎士団のメンバーの実力ってやつッスか?」


 ミスティアと同じように驚いたリアクションをしつつ、感心したフラムがアプロに近寄って声をかけた。


「ああ、アンタは白い帽子の人」

「フラムッスよ、アプロの兄貴」

「フラムッスか、変わったな名前だな、よろしく」


 子供と思っていたアプロがよしよしと頭を撫でると、フラムはその手を振り払ってピョンピョンと跳ねて否定をする。


「いやちげえッス!! それと私はじゅうなな歳、子供扱いしねーでほしいッス!!」


 それを聞いたミスティアは「えっ」と驚きの声をあげた。


「どうりで小さいのにしっかりしてる子だなあっと……」

「いやみすてぃー、人を見かけで判断しねぇでほしいーッス!!」


 ぴょん、ぴょんと複数回飛び跳ねるフラム、身長の事はやたら気にしていたのか、先ほどよりも強い口調でアプロ達に訴えた。


「なら俺と同い年だ、ミスティアは?」

「私はひゃくろくじゅう歳ですっ!」

「「ひゃくろ……く?」」


 それは冗談で言っているのかとアプロとフラムは目を丸くして驚くが、ミスティアのニッコリとする表情からして決して冗談で言っているようには見えなかった。


「ふふーん、エルフですから!!」


 自信満々に手に胸を当てて言うミスティア、それほど生きているのなら「何故そんなにアホなのか」とフラムとアプロは思っていたが面倒くさい事になりそうなので口に出さず心の中で留める。


「あ……そろそろ日が暮れるし、ギルドへ報告しに行くか」


 アプロはふと空を見上げると、すっかりと夕焼け雲となっており、一度ギルドへ戻る事にした2人を見てフラムもまたこの場を立ち去ろうとする。


「んじゃ、仕事が終わったんで私も帰るッス」

「あのあの、フラムさんは好きな食べ物とかあるんですか?」


 帰り道は同じという事で、フラムの後を着いてくるミスティアとアプロ。


「急になんスか? ……うーん、まあそうッスねえ、クレープとかッスかね?」

「いいですよねクレープ! 私おいしい店知ってるんで今度3人で行きましょうよっ」


 そう言って両手を使い、アプロとフラムの手を繋いだミスティア、掴まれた事にぶんぶんと上下に振り回し、拒否を示すフラムだったが再度「行きましょう?」とニッコリとするミスティアを見て、これまた面倒くさくなったのか抵抗を止めた。


「え、俺も行くのか?」

「当たり前ですよお」

「まあ……いっか」


 アプロはそういった店に興味がなかったので少し困った顔をしたが、初めての仲間との思い出作りに満更でも無さそうに返事をする。


 こうして軽い自己紹介と雑談を交えながら、街までの帰り道を3人が楽しく歩いている間に……。


 円卓の騎士団では、このような事が起こっていた。





        ◇    ◇    ◇





 大勢の人数が入れるほどの広い空間、辺りは岩に囲まれ、声が反響する洞窟で何度も男女の怒り声は響き渡っていた。


「ったく、回復魔法がおせえんだよ回復組は!! 危なく死ぬところだっただろうが!!」

「なーに言ってんの、アンタ達前衛組が先に突っ走るから、こっちの者達が詠唱より移動に専念して、結果的に回復が遅くなったんでしょうが!!」

「んだと、俺達が悪いってのかよ!!」

「いーや、指揮を取っていたアンタがぜーんぶ悪い!!」


 若い男女が口論を続ける、それを止めようと『一番前にいた』1人の男性が仲裁に入った。



「……まあまあ、落ち着きましょうルーヴェル、ヘランダ」

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