第2話





        ◇    ◇    ◇





 アプロはミスティアと共に999人の超有名なパーティ、『円卓の騎士団』を抜け初心者が集うダンジョンへと足を進めていた。


「あ、アプロさん! 待ってくださいいい!!」


 遠くからミスティアの叫び声が聞こえ、アプロは不思議に思い足を止めて振り返る、すると軽く歩いたつもりだったがお互いの距離は遙か遠くまで離れており、ミスティアは必死に手を振って追いかけていた。


 その場に立ち止まるアプロ、ミスティアは死にかけの顔で息を切らしながら膝を曲げ、荒い呼吸を繰り返していたのでアプロは懐から水筒を取り出した。


「水いるか?」

「はあ、はあっ、いりまふ!!」


 ゴクゴクゴクゴク、しばらく砂漠を歩いた者がようやく見つけたオアシスの泉に、嬉しさのあまり顔を突っ込んだかのように顔面にビシャビシャと、何とも品のない飲み方をしながら喉音を鳴らすミスティア。


「……ぷはー!! 生き返りました!!」


 カラカラまで飲みきると、満足そうな表情でアプロに水筒を返す。


「それはよかった」

「ところでアプロさん……。どうして円卓の騎士団の最後尾なんかに居たんです?」

「どうしてって?」

「だってほら、その足の速さは身体能力が高くないと出来ないですよお」

「まあな……」


 ミスティアは純粋な疑問をアプロにぶつける、確かにそれほどの脚力があるのなら誰かと別にパーティを組む必要もなく、騎士団の最後尾にいるのはおかしいと考えるのは自然である。


「俺が弱かったから後ろにいたとしか言いようがないな」


 曖昧な答えにミスティアはどこか納得のいかない顔で疑った。


「怪しいですう……!!」

「おい腕を触るな、まあそのうち話すよ……それよりミスティア、パーティ登録しておこう」

「そ、そうでしたね! すっかり忘れちゃってましたっ」


 2人がパーティカードを指で操作すると『パーティ登録が完了しました』と抑揚のない女性の声が聞こえてくる、次にジワッ……と文字が浮かび上がっていき、何も書かれていないカードに『ミスティア』と『アプロ』という文字が刻まれていた。


 その時アプロは少し、身体の芯から溢れてくる力がほんの少し抜けた感覚を味わったが、特に気にせず駆け出し冒険者が集うダンジョンへと向かう。


「それじゃあ行くかミスティア」

「ちょ、ちょっとアプロさん! ゆっくり歩いてくださ――」


 再度、アプロは足にぐっと力を入れ――。


 ビュュュュュューーーーン!!

 もの凄く駆けていくアプロと訪れる暴風の音、ミスティアのスカートは真上に上がり、あまりの風圧に全ての立ち木は一瞬斜めに傾いた。


「ふ……ふえええええ!! 全然わかってないじゃないですかあ!!」


 必死に追いつくためミスティアは足を動かすが、生い茂った草に足が絡まってしまい勢いのついた雪玉のようにゴロゴロと転がっていく。


「びえええええっ!!! ……あいたーーーっ!!」


 伸びた草や枝をバキバキとへし折りながら、ミスティアは長い間を転がった後、後頭部を思い切り1本の太い木にぶつけてしまい……。


「ふぎゅううう……」


 パタリと大の字で倒れたミスティアは目を回しながら気絶した。



 ――。

 ――――。



「あれ? ミスティア?」


 一言声を発して足を止めるアプロ、振り返るとまたミスティアを置き去りしてしまっていた事に気付く。


「うーん、もう抱いたまま連れて行った方が早そうだな」


 ミスティアの元へと戻るアプロのスピードは、まるで落雷が落ちたかのような閃光の速さだった。


 一瞬で元の場所へと戻ってくると、人か大きい玉が通ったかのような痕跡を発見し、バサバサと草木をかき分けながらアプロは進むと、そこにいたのは何とも品がなく、でんぐり返しの途中で止まったままぐるぐると目を回すミスティアがいた。


「大丈夫かミスティア」


 近寄って頬を数回ペチペチと手で叩くアプロだったが特に反応はない。


「こういう時どうするんだっけか……。確か勉強してた時に教わった気がするんだよな」


 座り込んだアプロは唐突にミスティアの鼻と口を軽く塞ぐ行動に出る、ミスティアは「んーっ」と数回苦しそうな声を発し、ジタバタと防衛本能で暴れながら意識を回復させアプロに抗議をした。


「……ぷはっ!! な、なななな何をするんですか!?」

「いや、俺の魔力を注ぎ込もうかなって」

「え、ええ!? それってその……普段は口移しで、緊急の場合は血液を流し込むんじゃ?」


 魔力供給法……冒険者になる者達が教わる初歩の技術であり、主に体内の魔力が尽きた者に使用する、方法は口移しや血液を相手に流し込む事だが、中途半端に勉強していたアプロは手順を完全に間違えていた。


「そうだったか?」

「多分そうですぅ……。というかアプロさん、さっき危うく死にかけたんですからね!!」


 ポカ、ポカ、ポカ、ミスティアは両の拳を握って軽くアプロの胸を叩いたが、子供と大人の腕力差に感じるほどアプロは全く痛みを感じず、蚊が刺してきたぐらいの無対応っぷりだった。


「わかったわかった、今度似たような状況になったら正しい口移しで試してみるから」

「た、たたたた試させないです!! アプロさんは異性に対する恥じらいってのがないんですか!!」

「あまりないな、魔力がないと目眩とかするし危ないだろ?」

「も、もおおお!!!」


 ボカ、ボカ、とさっきより強い力でアプロの胸に拳を打ち付けるミスティア、2、3発ほど殴り顔を真っ赤にしてアプロから離れるとスカートの汚れを落として立ち上がろうとしたが……。


「あ、っつ……!!」

「どうした?」

「す、すいませんん……足が……」


 座り込んでアプロがミスティアの足を見ると、草むらに引っかけて転んだ際に変な方向に足を捻ったのか赤く腫れていた、それを見てアプロはこれでは歩けないと思い、両手を使ってミスティアの足と背中を掴んでひょいっと持ち上げる。


「ちょ、ちょっとアプロさん!!」


 お姫様抱っこされるミスティア、ただでさえ先ほどの恥ずかしい行動に加え、トマトのように赤みを増していたミスティアの顔はさらに濃く、その場から消えてしまいたいと強く思うほど赤く火照っていた。


「あ、あぷ、アプロさん……」


 ぷしゅーっ、頭の上から煙を発したミスティアは思考を一時停止し、手で顔を隠したまま黙り込んで現実を見ないようにした。


「大丈夫、落とさないようにゆっくり走るから」


 そうじゃないんです……ミスティアは頭の中で反論したまま、目を瞑るともの凄い加速を全身で感じた。


「ぜ、全然ゆっくりじゃないですううううううう……!!!」


 森林の中に住んでいた動物がビックリするほど、ミスティアの叫び声は二度三度聞こえるほど反響した……。





        ◇    ◇    ◇





 ……微かな太陽の光が差し込むほどの深い密林、そこを猛スピードで抜けたアプロ達の目の前に現れた光景は、何百もの人が集まれるほどの広い場所であった。


 先ほどまで足が奪われるほど鬱陶しかった草もなく、人が整地したのか乾いた土が円状に敷かれ、奥にはダンジョンの入り口らしき洞窟の空洞がある事に気付く。


「着いたぞミスティア」

「……下ろしてください!」

「怒ってるのか?」


 この格好を周りに見られたくない、そう思ったミスティアは少し強い口調でアプロに言う。


「とにかく下ろしてください!!」

「ああ」


 アプロがパッと手を離すと、着地の準備が出来ていなかったミスティアはそのままの状態で落下し後頭部とお尻を地面に激しくぶつけ、ゴロゴロと左右に転がった。


「あいたーっ!! ……あ、アプロさん! ゆっくり下ろしてくださいよ!!」

「それより見てみろミスティア」

「そ、それよりって……」


 ミスティアは頭に出来たタンコブを手で抑えながら立ち上がると、そこには石で囲われていたアーチ状のほら穴が1つ存在していた、その入り口手前に立てかけられていた看板、アプロはそこに書かれていた文字が気になったのか1人で近寄っていき、後ろをテトテトと着いていったミスティアは音読を始める。


「冒険者の皆さん、日が暮れるまで今は入るのを待ってほしいッス……って書いてありますね?」


 一体この看板に書かれた文字の意味はなんなのだろうとアプロとミスティアは頭を傾げていると――。


「お、冒険者の人ッスかー?」

「ふええっ!」


 とつぜん後ろから女性の声が聞こえ、肩を掴まれたミスティアはピンと耳を立てた。


「よく来たッス、ここは駆け出し冒険者の集まるダンジョンッス」


 仕方なさそうな態度と、気怠そうな声で話しながら作り笑顔をニッコリと見せる背丈の小さい女性、特徴は尖った八重歯と白い帽子を被っており、そこからはみ出た茶色の短髪が大きな特徴だった。


 服装は白いワンピースと胸元に大きめの赤い蝶リボンが目立たせ、両目は若干タレ目をしており、どこかの店のマスコットのような可愛さに、目を奪われたミスティアはキラキラとさせて少女に抱きつく。


「とっ……とっても可愛いですー!!」

「ちょ、ちょっとなんスか!!」


 力一杯ミスティアはぎゅーっと抱きつき、何度も顔をスリスリと繰り返していると女性の反感を買ったのか、小柄な女性は手で押し退けて距離を作り、そのまま片足で思い切りミスティアを突き飛ばす。


「この……離せ、ッス!」

「あふっ!」


 やれやれと女性は腰のベルトを締め直し、保護者に注意するようにアプロの方を見る。


「なんなんッスかこの女!!」

「ベルト、垂れてるぞ」


 腰に身につけていたベルトはサイズが一回り大きく、ミスティアに抱きつかれる前はギュウギュウに締められていたが、今では犬の舌のように帯がベロンと垂れていた事をマイペースに指摘するアプロ。


 女性は少し照れながらベルトを締め直しながら尋ねた。


「ったく、このエルフの子はアンタのパーティメンバーッスか」

「まあそうだな」

「ちゃんとしつけをしとくッス!!」


 犬じゃないんだからする訳ないだろとアプロは心の中でツッコミを入れ、ミスティアの粗相に軽く謝罪して一体彼女は何者なのかと聞く。


「この国、カルロでのギルドの受付兼、案内役のフラムッス」


 案内役……その言葉に疑問を持ち首を傾げるアプロ、それに対してフラムと名乗った女性は「いちいち説明しなきゃいけないんッスか」と気怠そうに言いつつも説明を始めた。


「ダンジョン攻略は順番ッスからね、案内役がいないと中でギュウギュウに詰まるんッスよ」

「へえ」

「だから今日は夕方まで攻略できねーッス」

「ボス……っていうとそのダンジョンで魔物を率いている強い奴って事か」

「いや派遣されてきた魔物ッス、特に仲間意識はねぇーみたいッスよ」

「ああ、そう」


 ボスってそんな簡単で気楽になれる物なのだとアプロとミスティアは同時に心の中でツッコミを入れた。


「なんとか中に入れないのか?」

「うーん、今181人の冒険者が攻略してるッスからね……」

「どんだけ中は広いんだ」


 その人数を待つのなら確かに夕方までかかりそうだ、そう思ったアプロは今日はやめて街へ帰ろうかと考えていた矢先――。


「それまでフラムさんをなでなでして……」


 突き飛ばされていたミスティアは手をクネクネとさせ、フラムに近寄ろうとしたがその長い耳を軽くつまみフラムから遠ざけるアプロ。


「やめとけっての」

「いた、いたたたっ、痛いですぅう!!」

「うざったいぐらい仲いいっスね、まあデートの思い出になるだろうし入ってもいいッスよ」


 と、フラムは2人のイチャイチャした様子を見てカップルだと勘違いしながらこれまた気怠そうに呟いた。


「で、でででででででーとだなんてそんな!!」

「じゃあフラム、冒険者が2人出てきたら俺達が中へ入るってのはどうだ?」


 なぜかミスティアは片手を振り上げ、背中をバンバンと2回叩くが、痛みを感じなかったアプロは微動だにしない。


「なんでもいいッスよ、好きにしろッス」


 2人はフラムの言葉と態度に適当だなあと思いつつ、中から人が出てくるのを待つ事にした。



 ――。

 ――――。



 チュン。

 チュンチュン……。


 先ほど駆けていた森林の入り口、その適当な1本にもたれかかり横になると、鳥の鳴き声を聴きながらゆっくりとアプロは目を閉じる。


 深く、深く気持ちを静めていくと近くに川があるのか、チョロチョロと水の流れる音が聞こえ、アプロはのんびりと、まったりとした時間をゆっくり感じていた。


 お昼時というのはアプロに好きな時間帯で、少し暖かくポカポカと陽気な天気を肌で感じながらゆっくりと流れる雲をチラリと見ては、時折吹いてくる春風を堪能する。


「アプロさんアプロさん」


 そこへ両膝を曲げ、隣に座り込んできたミスティアが声をかけた、アプロはチラリとミスティアを見て再度目を閉じる。


「アプロさん今寝てる」

「えー、暇だからお話しましょうよお」

「別にいいけど」


 えへへっと嬉しさを見せながら膝を畳み、ミスティアは左右に少しだけ身体を揺らしながら話を始めた。


「どういうパーティにするんですか?」

「そうだな、もっと仲良くて楽しめるパーティがいいよな」

「特に実力とかは必要ないって事です?」

「ああ」


 ミスティアはほっと安心する素振りをする。


「アプロさん強いんですから、守ってくださいよお」

「適当に守るでいいならな」

「ふふ、ありがとうございます……冒険者ってほんと気楽でいいですよねーっ、まともに街で過ごす人なんて、人口の1割ぐらいだそうですよ」

「そうなのか? というかそもそもこんな自由な仕事って他にないからか」


 この世界での冒険者の割合は『8割』、と全職業の中で異常に多い、ではなぜこんなにもブームになったのか?


「えっとそれは――」


 ミスティアは数十年前ほど遡った話をする……。


 この世界を救い人々から『王』や『救世主』と呼ばれた伝説の冒険者、『ネリス』という14歳の少年が、自身の旅した思い出を伝記として残したのがそもそもの始まりである、ネリスの書いた本は多くの者に愛読され、若者に多大な影響を与えていき、複数生まれたコピー本によって結末が変わっていた。


「そのネリスって人は今、何をしてるんだ?」

「うーん、本の結末では世界を覆う闇から守る為に自らの肉体を犠牲にしたとか……その辺の下級の魔物に食われ死亡してしまった……とか色々あるんですよねえ」

「ふーん、そういうの勉強してこなかったからなあ俺」


 ウキウキとして語るミスティアの話を寝っ転がりながら暇つぶし程度に聞くアプロ、話題は変わり『いま一番なりたくない職業はなんですか?』と尋ねられ、アプロは地味な『農民』、そして仕入れの難しい『商人』と返した。


「農業や商業なんてやってもあんまり面白くないしな」

「でも色んな事するのって面白くないですう?」

「ああ、意外と面白い部分は見えてくるかもしれないな」


 やりたくないと言いつつも何故か同意する方向で返事をしたアプロ、これまでの2人の会話から察する通り、冒険者という職業は極めて活動内容が不明確で沢山の方向性を持つが、今を全力で生きる若者にしかわからない魅力を持った不思議な職業だった。


「もっとお話しましょうよお」

「ねむい」

「アプロさんーっ」

「アプロさん眠い」


 身体はミスティアによってゆさゆさと揺すられたが、軽く無視して目を閉じるアプロ。


 ――。

 ――――。



「「うおお!! ボスが現れたぞ!!」」


 その声にパチリと目を覚ますアプロ、冒険者達の反響する声が何度も洞窟の入り口から聞こえ、激しく何かがぶつかり合う音まで聞こえてくると居ても立っても居られなかったアプロは、隣で鼻ちょうちんを出して眠っていたミスティアの身体を揺する。


「起きろミスティア、行くぞ」

「……ふぇ?」


 パチンとその風船は割れ、上半身を起こしたミスティアは目をこすると突然、地面が震えアプロ達の身体は上下に揺れ始める。


「「みんな逃げろおおおお!!」」


 ほら穴の出口から100人近くの冒険者達が一斉に出てくると、入り口近くで待機していたフラムは大量の人波にあっさりと巻き込まれてしまい姿を消した。


「な、なんなんスかーーーー!!」

「はっ、はわわわわわアプロさん! こっちに向かってきますよお!!」


 大勢が押し寄せる人波にどうして良いのかと慌てふためくミスティアだったが――。


「安心しろミスティア、俺に考えがある」



 意外にもアプロは冷静な表情で返事をした。

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