第2話



 幽体離脱に成功し、ひどい目にあってからその後、しばらくおとなしくしていました。

 離脱に関することはぜんぶやめて、ベッドに入ってもなにもせず、ただそのまま寝るようにしていました。マジでめちゃくちゃ怖かったからです。本当に死ぬ、というか一生戻れなくなると思いました。


 しかし正直な話、例の離脱をする前にいたこっちの世界にきっちり帰ってこれたかはわからないんですね。確認する方法もないし。実は非常によく似たまた別のこっちの世界かもしれません。平行世界ってやつですね。今はあんまりそう思ってはないんですが、当時は不安でしかたがなかったです。


 なぜってそこからしばらく、夢がびっくりするぐらいリアルになったからです。

 今まで、夢って結構場面がコロコロ変わってたんですね。海の家のドアを開けるといきなり山小屋になったりとか。それで、夢のなかの自分の髪の長さや、体感での身長や体格などもだいぶ変わっていたりとか。歩くときの歩幅とか、フッと視界に入る自分の腕の長さや太さが別人だったりして。


 それが、一場面がやたら長くなったんですね。しかも匂いも音も気温もある。以前はこれがどれもなかったりとか、あっても匂いだけとかだったのに、五感で感じられるものがフルセットになっている。

 で、夢の中の「わたし」、一人称視点で夢の中にいる自分が『現実のわたし』なんですよ。こちらの、渡辺の世界で今のわたしをやってる私が、そのまま夢の中で動くことはそんなになかったんですね。子どもになってたりとか、前述したとおり肉体の作りが別人だったりして夢の中にいたのに、いつも『私』になってるんですよ。現在世界でニートやっていた私が、部屋着でそのまま居るんですね。


 いまだに覚えてます、中国にあるような、真っ赤なお寺のやたらに広い境内のなかにこれまた真っ赤な2メートルぐらいあるキーホルダーの什器が何個も置いてあって、勝手にぐるぐる回ってしゃらしゃら鳴ってるんですよ。

 おみやげ屋さんやサービスエリアにあるあの、キーホルダーとか根付がたくさん付いてる円柱型のあれ。

 境内から出て、公道に出てもきっちり並べて飾ってあるんですよねそれが。てっぺんには雪がうっすら積もってるし寒いんですよ。白い息が出るんですよ。冬の空の、あのキンとした匂いがするんですよ。現実世界は初夏なのに。


 それから、夢のなかで食事ができるようになってしまいました。

 夢のなかでなにかを食べられるようになると、寿命が近いみたいな話があるのでもう笑いました。

 いちばんはじめに口にしたのは、杏仁豆腐ポッ○ーでした。スティック状のあのビスケットに、杏仁豆腐特有のいい匂いの白いチョコレートがかかっていました。味もまさしくそれ。美味しかったです。そして、パッケージがとてもおしゃれでした。紺地の箱に、明治時代のポスターに使われているようなレトロなフォントの白い文字で、杏仁豆腐、と真ん中に書かれていて、その周りをアジアン雑貨のような、花を模したエキゾチックな模様で囲んでありました。


 それからもまあ、おせちみたいなのが出てきたり、七五三の落雁が大量に盛られていたり、餅を食べたり、なんだかおめでたいような食べ物ばかり出現してくるので、ほんとに怖くて半泣きになりました。


 その後、危ないことはせずに粛々と過ごしていたら、リアルな夢は徐々になくなりました。ただ、今は夢と現実の境が妙に曖昧になることがあります。

 部活はずっと帰宅部だったのに、夢のなかで大事な試合に負けたりして、あれは私のせいだった…申し訳なかった…って夢から醒めたあとでもしばらく本気でそう思い込んでいるんですよ。過去に本当にそれが起きていたような気分になってめちゃくちゃ落ち込むんですね。ないのに。これは歳をとったせいだと思いたいです。


 現在は普通に暮らしているので、きちんと睡眠を取るためにもきっちり寝ていますし、夢日記もつけなくなりました。夢日記は特に効果があったように思えるので、いまだにちょっと怖いです。


 でも、幽体離脱したい!と思って一生懸命に練習していたのは結構楽しかったです笑。あれは当時の私にしたらだいぶ頑張っていたなあと思います、とりあえず成功もしたし、不純な動機にオチも付きましたし、まあそれはそれで良かったかな…ということにしてあります。


 ただ、幽体離脱は本当に何が起こるかわからないのであまりおすすめはしません。適性がある人が、うまくハマッてしまうとどうなるかわかりません。詳しくは、幽体離脱のまとめサイトなどをお読みください。


 それでは、ここまで読んでいただき誠にありがとうございました!







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無職で暇だったので、幽体離脱してみたらホラゲの世界だった話 フカ @ivyivory

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