第06話 戦浪の餌食

 世界保健機関(WHO)事務局長のテッドに思惑通りの発表を行わせ、世界からの視線を武漢から遠ざけておいて、秀は武漢周辺を完全閉鎖し、感染者の移動を制限し、感染拡大を防止しようとした。本来なら抗ウィルスも同時に作るべきだが、盗作から作り出したウィルスから作り上げることは出来ないでいた。

 秀にとってワクチンの開発など自国では開発が出来ないことなどは計算済みだった。最悪の場合は、その地域に事故を装って大爆発を起こさせ、街ごと感染者、保菌者を消滅させればいいと考えていた。

 秀にとって気掛かりなのは、何かと牙を剝いてくる米国の動きだった。下手に動かれれば、このウィルスの被害の賠償問題を引き起こされ、自らの立場を虎視眈々と狙っているNo.2、No3の勢力に格好の大義を与えることを恐れていた。


 秀は、米国の状況を探るため、ビル・ゲインと民主党を支援する、いや、カードを追い落とすための関係者たちとオンラインで連絡を取った。米国は、予備選が終え、2020年大統領選の火蓋が既に切られていた。


 「どうだね、米国の動向は?」

 「謎の感染症が蔓延し、選挙どころではない」

 「そうか、いい傾向だ」

 「何がだ」

 「これで、郵便投票が重要視されるではないか」

 「まさか…」

 「まさか?感染を恐れるなら郵便投票を呼び掛けるにはいいのでは、と思っただけだ」

 「それは、そうだが」

 「真実とは、勝者の思惑で作られる、覚えて置くがいい」

 「しかし、郵便投票と言えど、用紙を集めるのは…」

 「集める?どこまでも君たちは愚かだな。馬鹿者を多く抱える民主主義では、大事な票も物々交換で簡単に手に入るからな」

 「それで、どうするつもりだ」

 「はぁ、全く成長しないね君たちは。教えてやる。集めるのではなく刷ればいいんだよ、欲しい数だけね」

 「そんなことをすれば有権者の数を超えてしまうではないか」

 「何処までも、馬鹿だな、君たちは。増えればその分減らせばいい、それだけのことだろ」

 「減らす?」

 「カードの票を破棄してカードの票に摩り替えればいい。監視人は伝染を理由に遠ざければいい」

 「我々にはない発想だ」

 「そうだろうな。だから、今、君たちはここにいるのだから」


 秀は、彼らに話していないことがあった。票を偽造はする。しかし、そんな不確実な方法を選ぶわけがなかった。盗作・盗用が心底身に沁みた民族にとって、創れない物は奪う。そこで唯一、向上したのが悪知恵だった。手による票集計も最終的には集計機器が行う。民主党を動かし、その集計ソフトを操作可能な電子投票システム「レオン」を採用させていた。電子投票システム「レオン」は、イタリアの開発会社が作成したものだったが、資金繰りに苦慮していた。そこに漬け込みペパーカンパニーを介入し、経営権を握っていた。

 秀は、電子投票システム「レオン」に新たな機能を装備させていた。それは、当選させたい者が絶対に負けないように票数に細工を施せるものだった。


 一方、カード大統領は、ありとあらゆる機関、団体に中酷強酸党の毒牙に掛かっていることを身をもって感じていた。その危機感からこれから起こるあらゆることを考慮し、最悪のシナリオを打破するための方策を大統領令によって行う覚悟だった。それは、国家反逆罪の最高刑を死刑としたことに現れていた。


 ディープステートと称される組織がある。ディープステートとは陰謀論者のQアノンが、民主党の小児性愛者が政治を食い物にする闇の政府と称したものだが、Qアノンの檻を逃げ出し、国益を私欲のために貪り、それぞれの目的を達成しようとする政治家や大富豪たちの烏合の衆と変異を遂げていた。中酷強酸党とは時には協力し合い、または独立した組織として米国を食い物にする輩だった。


 「民主主義は愚かなものだ。そうだろ、愚かな者が選ぶから愚かな代表者が生まれる。なら、賢者が愚かな民に変わり選ぶ方がいいだろう。民は愚かだ。マスゴミの流す情報を意図も簡単に信じる。そんな民にこの国を委ねるのは馬鹿げている。賢者はそのマスゴミを牛耳り情報を流し、世論を思うがままにコントロールするのさ。マスゴミを利用して自由自在に世論や正論を作り出せるわけだ」


と、酷似した思想の元で活動する組織があった。そのメンバーは大富豪と影響力をもつ議員たちだった。その目的は、あらゆる利権を我が物にし、多大な富を得る金の魅力に摂り憑かれる者たちだった。


 武漢ウィルス禍の中、米国を中酷強酸党の毒牙と売国奴も顧みないディープステートから守るため、二期目の大統領に是が非にでもならなければならないカードは、国民の正義感を信じ、精力的に選挙活動を繰り広げていた。国を変えようとすれば反乱分子をも活発化させる。改善すべきものがすべて正しいかなど結果を見なければ分からないことも多々ある。よって、各々の正義感は、時として反カードへと向かう事は必然だった。それが、民主主義だった。その苦難の先にこそ自由な国の正しい姿があると信じてカードは動いていた。

 一方、バイトは感染症を恐れ、姿を見せないでいた。中酷強酸党から注目されていないマスコミがバイトに問うた。


 「選挙中にもかかわらず演説会を開かないのは何故か?」

 

 馬鹿げた問い掛けだった。選挙前に当選を確実にしていたバイトは機嫌よく、記者のさり気ない問いに答えた。


 「クラーケンは解き放たれた。彼がどうあがこうが私には勝てない。私が必ず勝利する、じゃ」


 質問した記者以外の殆どが、バイトの発言に疑問を抱かないでいた。理解できなかった記者は社に戻って疑問を上司に投げかけた。


 「もうバイトで決まりだ。その方向で記事を書けばいい、これからも記者を続けたかったらな」


と、含み笑いで言われた。


※クラーケンとは、北欧の伝承に登場する海の怪物。語源は北欧諸語で「不健康な生物」「よじれたもの」を意味するkrake。伝承によれば、クラーケンは天地創造のときに生まれ、この世の終りまで生きつづける2匹の怪魚であるという。体長は1マイルに達し、海面近くまで浮上しても、人間の目ではその全貌を決して見ることはできない。クラーケンは香気を発して魚を引き寄せ、これを捕食する。捕食の際には何か月もの間、ひたすら捕食のみを続け、排泄は行なわない。逆に排泄の際には何か月も何も喰わずに排泄だけを続けるが、この排泄物もまた香気によって魚を惹きつけるという。


 中酷強酸党やディープステートは、巨額の富を投資し至福を覚えさせ、不正の証拠とスキャンダルでその者の人格すら牛耳る。それでも反感を顕にする者には、脅迫観念で抑え込む。一度、その沼に足を踏み入れれば二度と抜け出せない。今のアメリカは腐敗の真っただ中にいることを愚かとされる国民の殆どの者が知らされない、感じないでいた。

 今、米国は強酸主義勢力で構成されたグローバルネットワークと言う敵に直面している。中酷強酸党は自由世界の指導者である米国を自身の存在を侵害する最大の脅威とみなし、生き残りを掛け米国を支配し、自由の光を消す。その実現のために、中酷強酸党は米国の機関に組織的に浸透し、米国国内の親強酸主義勢力との関係を築いてきた。


 各メディアはバイト勝利に向けて、バイト擁護とカード批判を何はばかることなく推し進めていた。世論はメディアの思惑通りにバイト優勢を既成の事実としてとらえることに何ら疑問を抱かないでいた。


 闇の政府に暗躍する者たちはうそぶく。


 「メディアを征する者がこの世を征す」と。


 戦う前に勝利を確信した民主党に心の緩みが各所に見られた。ヒラリンは2020大統領選挙について聞かれると


 「投票当初はカードが優勢だろう。しかし、郵便投票が加われば、形勢は逆転し、必ずバイトが勝つ」


と予見者のような回答を満面の笑みで締めくくった。


 カードは焦りを隠せないでいた。共和党の中にもクラーケンに飲み込まれた者が随所に浮かび上がってきた。数の論理は、「欲」という香気に溶かされ、真実の訴えも罷り通らなくなっていた。正にカードは「四面楚歌」だった。

 カードの選挙状況は劣勢そのものだった。メディアの努力が制したのか、カード支持を表明するのは身の危険を感じざるを得ないものにまでなっていた。


 投票締め切り日が間近になると前回の選挙でヒラリンを負かした隠れカード支持者が動き始めた。

 彼らは真実を伝えないマスゴミやSNSの偏向報道の矛盾点や疑惑を明らかにし、カード支持を訴えた。しかし、殆どのメディアは、カードは苦戦をメディアのせいにして足掻いている、と報道し、悪役を演じさせていた。


 カードは、信頼於けるナルマーニと会う約束をしていたが彼は中々現れなかった。ナルマーニは、元ニューヨーク市長であり、カードの顧問弁護士を務めていた。


 「遅くなったね」

 「何をしていたんだ」

 「ある証拠の裏付けに手間取ってね」

 「何だ、その証拠とは?」

 「バイトの息子・カイトのスキャンダルだ」

 「直ぐに明るみに出せるか」

 「それはどうかな。出してもマスゴミはフェイクだと抹殺するだろう。しかも、FBIがカイトのスキャンダルを隠蔽しているかも知れない」

 「FBIが?」

 「ああ、証拠品はカイトのノートパソコンだ。カイトが修理に出したが何故か取りに来なかった。記入された連絡先では繋がらなかった。連絡先を突き止めようと中を見た。そこにはハントが違法に関わっている動画が収められていた。そこで店主はFBIに通報。直ぐに物を取りに来た。しかし、捜査された気配がない。店主が問い合わせると調査中だと。それっきり音沙汰なし。そこでコピーした動画をメディアに持ち込んだ。それが証拠品だ」

 「FBIは捜査しないでいる、明らかな隠蔽工作だ。違法の証拠品だと騒ぎ立てるのが関の山だ」

 「何てことだ」

 「しかし、カイトが違法な行為をしていたことは、バイトにダメージを与えるだろう。国民が信じればな」

 「カイトと中強との関連は」

 「ズブズブだ。バイト親子は中強に生かされていると言っても過言じゃないほど、利益供与を受けている」

 「米国の衰退を目論み、中強が侵害しているか国民に知らせるにはいい材料になるだろ」

 「それには、もっと具体的な証拠が必要だがな」

 「ああ、しかし、思っている以上に中強が浸透しているな。残念ながら全てを疑って掛る慎重さが必要だ」

 「そうだな」

 「公開すれば、新聞の一面トップだろう」

 「君のスキャンダルだったらね」

 「くそう、メディアの奴らめ、腐りきっている」


 ナルマーニの不安は的中した。スクープをWitterに上げると投稿に警告ラベルを付けられ、リツイートできなくなるだけでなく、閲覧もできなくされた。マスゴミは、苦し紛れにバイトを陥れるフェイクニュースを流した、と批判の集中砲火をカードに浴びせかけた。カードはFBIに捜査を命じたが沈黙を保ち、動く気配がない。CIAも同じだった。しかし、FBIの中には、勇姿がまだ残っていた。クラーケンの香気に犯されていないメディアが暴露記事を掲載し、国民の知ることになった。それに対し、大手メディアはフェイクだと結託し、国民に伝えた。国民の中にはまだメディアを信じる者が多かった。


 世界は、違った目で大統領選を見ていた。民主主義国にとって対岸の火事ではなかった。中酷資本によって国が左右されている。その脅威に屈する国も少なくない。それでも、自由を侵される脅威は、中強への警戒を強める結果を産む。選挙への不正は、各国の諜報機関にとっては明確な事実と受け取られていた。明日は我が身、と民主主義各国は中強の脅威を感じ取り、中酷とのデカップリン(分離)を推進し始めた。


 カードは、民主党が郵便投票に拘るのが気掛かりだった。その心配をよそに共和党の中にも感染を恐れ、郵便投票に賛同する者が出て、郵便投票が現実味を帯びていた。カードは、法的に郵便投票の停止を申請するも、関係機関は武漢ウィルス感染防止を理由に申請そのものを認められないでいた。

 

 遂に投票が始まった。



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