可愛いお人形

可愛いお人形

アーリーの首は上を見すぎて少し痛くなってきていた。たまに、ちり一つない床を見て首を休め、また首を上に向ける。アーリーの目には、

赤いフリルのワンピースを着た金髪の人形が、いっぱいに映し出された。その隣の紫のドレスを着た茶髪の人形も、紳士服を着た黒髪の人形も、アーリーは丁寧に順々に見ていく。様々なポーズを決めていて、どれも人形の魅力をさらに引き立たせている。

 疲れたら下を向いて、少し休む。回復したら、また棚を見上げて、人形を見ていく。それの繰り返しだ。


「何か、気に入った人形はあったのかい? アーリー」


アーリーは振り返った。

揺り椅子にのんびりと腰掛けた店主──ターナーが、しわくちゃな顔をこちらに向けている。

目の開閉が判別できないほどの細目であり、髪の毛は初雪のように真っ白だった。手は血管が浮き出ているものの、がっしりとした大きな手で、体は安定しており、杖なしで立てるほどの健康体であった。アーリーは、このおじいさん店主のことが大好きだった。

アーリーは、ターナーに駆けよると、ターナーの太い腰に飛びついた。


「うん! ターナー! ここのお人形全部が、僕のお気に入りだよ!」


「ほぅ、そうか。嬉しいね。人形も心なしか喜んでいるように見えるなぁ」


ターナーは嬉しそうに言うと、アーリーの頭を撫でた。


「ここにいるお人形は、どれも生き生きしていて人間みたいだね! 腕も足も目も、全部!」


「人形に心を宿すように作っているから、そう見えるのかもしれないね」


「そうなの?! だから、人形が今にも動き出しそうなんだね!」


アーリーの顔が笑顔に溢れた。

ターナーは、少年の純粋な眩しさに思わず目を細めた。


「でも……」


アーリーの顔が曇った。


「いつも見てばかりで、申し訳ないよ……」


「どうしてだい?」


「だって、ここは人形を売っているお店でしょ? だから……」


「なんだ、そんなことか」


ターナーは、拍子抜けした。

そして、アーリーに優しく微笑みかけると、こう言った。


「わしは利益を求めるために人形店を営んではないんだ。ここにやってくる人を笑顔にしたい。ただそれだけ。だからね、アーリーそんな心配しないでおくれ」


「……うん!」


アーリーは満面の笑顔で頷いた。


カラン、カラン


ドアベルが軽快に鳴った。

アーリーは、ドアに立つ人物を見るやいなや、ダダッと駆け出すと、飛びついた。


「ユース!」


ユースと呼ばれた、エプロンを着た金髪で碧眼の男は、アーリーをしっかりと受け止めた。


「おお、アーリー。相変わらず元気がいいなぁ……店主、ただいま戻りました」


「おかえり。……仕入れ先は順調かい?」


「ええ、もちろん。明日には、届きますよ」


「それはよかった」


ターナーの顔がほころんだ。

アーリーは顔を見上げると、ユースに微笑みかける。


「ユース! 新しいお人形さんの材料が手に入るの?」


「ああ、そうだよ、アーリー。今度も素敵な人形が作れそうなんだ。店主と一緒に人形を作るのが待ち遠しいよ」


「本当?! どんなお人形? どんなお人形なの?」


「それは、お楽しみだよ。……ところで、アーリー。今日も人形を見に来たのかい?」


「うん! お父様とお母様はお出かけだったから、来れたの!」


「そうか……でも、もうすぐで帰ってくるんじゃないか? ほら、そろそろ日が落ちる時間帯だし」


「え~まだ大丈夫だよ」


「アーリー」


ターナーは、諭すようにアーリーの名前を呼んだ。


「ユースの言うとおり、もうお家に帰る時間だ。君の父親と母親も心配するだろうし、何より最近人攫いが多いから、明るいうちに帰った方がいい」


アーリーはまだ物言いたげだったが、すぐに


「……うん、分かった」


と、返事をすると、ユースから離れてドアノブに手を掛けた。


「じゃあ、また明日ね! ターナー! ユース!」


「ああ、またね」


「ちゃんと帰るんだぞ~」


アーリーは、手を振ってドアベルをカラン、カラン、と鳴らすと、街道に元気よく駆け出した。

ターナーとユースは、その後ろ姿をそれぞれ静かに見つめていた。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



日が傾きかけ、街道が夕焼け色に染まり、哀愁が漂う。街を歩いている音や馬車を走る音は聞こえず、ただアーリーの足音が、空虚に響き渡った。


(家に、帰りたくないなぁ)


アーリーは、心の内にぽそりと呟いた。足がさらに重くなってきた。アーリーは気分をあげようと、今日あったことを必死に思い浮かべる。

ターナーとユースの優しい笑顔、たくさんの可愛い生きているかのような人形たち……。

アーリーの足がふっと立ち止まる。


(僕もお人形、欲しいなぁ。でも、お父様とお母様は絶対ダメだって言うよね)


アーリーは、大きなため息をつくと、無理矢理足を動かす。


(早く帰らないと、また何か言われる。酷いときは、外出禁止になっちゃう。まあ、人形店に行ってる時点で、外出禁止じゃ済まされなさそうだけど)


アーリーの足は、まだ散歩をしたがって地べたに座り込む犬のリードを、無理矢理引きづるようにして歩く。

 その時、『誰か』が、外灯の影からこっそりとアーリーを見つめていた。『誰か』は、ジッと息をひそめ、アーリーが歩を進める度、外灯の影を伝い歩いた。そして、アーリーとの距離をじりじりと詰める。アーリーは相も変わらず、憂鬱そうな顔をしながら、街道を歩き続けている。『誰か』は、これは好都合、とばかりに、外灯から離れ、アーリーの後ろ姿に足音を立てずにゆっくりと近づく。


『誰か』は、アーリーとの距離を徐々に縮めていった。もう、アーリーは目と鼻の先にいる。『誰か』は、ニヤリ、と口角を上げてアーリーを捕まえるために、手を伸ばした。



ターナーは、揺り椅子に揺られながら、うとうと微睡んでいた。そろそろ本格的に夢の世界に行きそうだったが、鳩時計が夜の9時を知らせる音で、ターナーを現実の世界へ引き戻した。


「ああ、もうこんな時間か」


よっこらしょ、と、揺り椅子から立ち上がり、ドアへと向かった。

ドアベルが軽快に鳴り、夜の外気が飛び込んでくる。

昼間の暖かさとはうって変わって肌寒く、厚着をしなければ身震いしてしまいそうだった。

しかし、ターナーはそんな感じを微塵も出さずに、ドアにかけてある『Open』の看板を『Close』に変えた。

ドアをゆっくりと閉め、店の電気を消した。

この一連の動作は、何一つ音をたてなかった。

ターナーは柔和な雰囲気を纏ったまま、店の中を早々と横切り、カーテンで仕切られているとある部屋に入った。

そこには、何の変哲もない作業台にハンマーや彫刻刀、ハサミ、ナイフなどが置いてあった。

さらに、浅黒くかすんだ染みがついた設計図が一枚敷いてある。

壁には何も飾られていない。

全体的にどこか殺風景な部屋だった。

ターナーは作業台に乗ってある道具を横脇に持ち、設計図を丸める。

そして、作業台の隅の部分に手を置き、ぐっと力を加えた。

その部分だけが沈み、カチリ、と乾いた音が部屋に響き渡った。

すると、壁の一部がスッ、と縦に開いた。

ターナーは、そこをくぐるとすぐ横に備え付けてある電気のスイッチを押した。


そこには──猿ぐつわを噛まされたユースが、大きな台に両手両足を縛り付けられていた。


ターナーは、壁を拳で思い切り打ち付ける。

ユースの身体がビクリ、と跳ね、目が大きく開いた。


「おお、起きたかい。ユース」


ターナーが、ゆったりとした口調でユースに声をかける。

ユースは、目を大きく開けたまま、ターナーを凝視する。


「ああ、大きな音で驚かせてしまったかい? 悪いね。隠し扉の調子が悪いようでなぁ、スイッチを強く押さないと、開閉できなくなっしまったんだよ」


そう言ったターナーの顔はにこやかだったが、どことなく不気味な雰囲気が漂っている。

ターナーは、ナイフだけ手に取って、残りの道具は床へ置いた。手の平でナイフを弄びながら、徐々に台へと近づいていく。


「おや、どうして自分がこんなになっているんだって顔をしてるね。じゃあ、丁寧に説明してあげよう」


ターナーは、穏やかな顔で語り始めた。


「ユース。君と僕は、ある契約をして、生きたままの人間を材料にして、人形を作っていたね。元々人間が来ていた服を人形のドレスに、骨は陶器にして、その上から皮膚を加工した布を貼り付けたね。目を剥製にして人形につけたり、髪をウィッグに改良して、楽しかったよね。それに、美しい……! やっぱり生命力が普通の材料で作った人形と桁違いだ!──ああ、すまない。熱弁してしまったね」


ターナーの頬は紅潮したが、ふと我に返って冷静さを取り戻す。


「君は、材料の仕入れ先としてとても優秀だったが、ユース、君は契約を破ってしまったね」


ユースは、眉根を上げて、信じられない……という顔つきになった。

そして、身体が小刻みに震えた。


「ふふっ、その様子だと、君は気付いたみたいだね。君が人間から人形を創る技術を教えてほしい、人間は仕入れるから、と、頼み込んだ時、僕はある条件を言い渡したよね」


ターナーは、深く息を吸うと、低くこう言った。


私の大事な孫には、絶対に手を出すな──


ターナーの目がカッ、と見開かれた。

ターナーの瞳は、アーリーと同じ深い青い色をしていた。


「ユース、気付かなかったのかい? 僕とアーリーの関係に、さ。君の洞察力は大分落ちたねぇ。君なら分かると思ってあえて言わなかったのに」


ターナーは呆れたように首を振った。


「全く、やっと僕の元に来るようにしたのに、台無しになるところだった。あぶないあぶない」


ユースは、眉をひそめた。


「……ああ、アーリーの両親は、今日事故にあってしまうんだよね。馬車の車輪が古くて、はずれてしまうらしい」


ターナーは、悔やむように言ったが、目は笑っていた。

ユースは、この老人の底知れない執着さに震えた。


「さて、じゃあ、そろそろ……」


ターナーはナイフを弄ぶことをやめて、柄を強く握った。

ユースは、ふるふると力なく首を振る。


「動くな。せっかくの材料が傷つくだろう」


ユースは冷水を浴びせられた直後のように静かになった。

涙を張ったユースの目が、ターナーを見つめる。


「命乞いは無駄だよ、ユース。君は、仕入れ先を、これだ、と見定めたものをなにがなんでも手に入れようとするだろう。そこら辺は、もう僕と同じだから、よく分かるんだよ」


ターナーは、ナイフを振り上げた。


「バイバイ、ユース。そして、こんにちは、至高の材料」



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カラン、カラン


人形店のドアベルが鳴り、おずおずと誰かが入ってきた。

ターナーは、揺り椅子でこっくりこっくりと舟を漕いでいたが、ベルの音でふいに目を覚まし、ドアの方を振り向く。


「アーリー……待っていたよ」


アーリーは、肩から提げている革製のバックくらい緊張で固まっていたが、ターナーのいつもより一段と優しい声に包まれ、少し解れた。


「えっと、僕は『おじい様』と『ターナー』ってどっちを呼べばいいの?」


「君の呼びたい方で呼んでいいんだよ。僕は、どれでもかまわないさ。アーリーと一緒にいられるなら」


「……うん……!」


アーリーは、ターナーの言葉でいつも通りの笑顔になった。


「それにしても、びっくりしちゃった! 僕のおじい様がターナーだなんて!」


「ああ、僕も驚いたよ。生き別れの孫がアーリーだったなんて。……お父様とお母様、残念だったね」


「ううん、むしろよかった」


ターナーのお悔やみの言葉を払いのけるかのように、アーリーはケロッ、と言ってのけた。


「僕、お父様とお母様に結構厳しい英才教育を受けさせられてて、窮屈だったんだ。大好きな人形も、『男の子がこんなの持ってはいけません!』って、捨てられてたし。本当に、嫌だった。お葬式の時も、みんな泣いてたんだけど、僕、泣けなかった」


あまりにも淡々と語る物言いに、ターナーは、笑うのをこらえて、いつも通りの柔和な雰囲気を纏ってから、「そうか」と、短く答えた。


「あ、そうだ。今日は、アーリーにプレゼントがあるんだ」


「えっ!? プレゼント! どうして?」


「それはもちろん。アーリーが僕の元に来たお祝いのプレゼントだよ。……はい、どうぞ」


「わあ……!ありがとう!」


アーリーは、白色のリボンが結んである、赤いプレゼントボックスを手渡された。

白色のリボンを解き、箱をずらすと、中を覗いた。

そこには、エプロンドレスを着た金髪で緑色の瞳の人形が箱の中で行儀良く座っていた。

アーリーは思わず歓声を上げた。


「かっ、可愛い!! えっ、これ、本当に僕がもらっていいの?!」


「ああ、もちろんだよ。これは、アーリーのために作ったものなんだから」


「ありがとう!」


アーリーは、人形を箱から取り出して、大事そうに抱いた。


「これ、一生の宝物にする!」


「うれしいね。喜んでもらえて何よりだよ」


はしゃぐアーリーの頭をそっと撫で、心の中でこう呟いた。


(ユース。君は、優秀だな……材料として、ね)

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