第9話:葛原葛男の本気


「はぁ……。ゆい、なんの用だ?」


「……ワタシハ結デハナイ」


「今日の晩飯、パン耳にするか?」


「…………ゴメンナサイ」


 ボイスチェンジャーのまま謝るな。


「むぅ……っ。おぃ、すぐに見抜くからつまんない!」


「機械通したぐらいで、妹の声を聞き間違えるわけないだろ」


「うわぁ、シスコン……」


「愛されていることに感謝しろ」


「えへへ」


 いつもの軽口を交わしたところで、サクッと本題へ入る。


「それでなんの用だ? 後、なんの影響を受けた?」


「特に用はないよ。影響を受けたのは、アメリカのスパイドラマ! めちゃくちゃ面白かったから、今度お兄ぃにも貸したげるね」


「そりゃどうも。……ちなみに買い物中、ちょくちょく感じてた視線もお前か?」


「うっそ、気付いてたの!? 私、五百メートル先から、双眼鏡で見ていたのに……」


「なんでそんなガチ仕様?」


「中途半端にやったら、すぐに見つかっちゃうもん」


 さよか。


「そんなことよりもお兄ぃ! さっきからいったい何をやっているの!? 今が絶好の大チャンスだよ!」


「チャンス?」


「夕暮れの帰り道、二人っきり、いい雰囲気。今こそ白雪さんに愛の告白を!」


「はぁ……。何度も言っているが、俺と白雪は別にそういう関係じゃ――」


 そこまで口にしたところで、背後から騒がしい声が聞こえてきた。


「へっへっへっ! いいじゃねぇか、ちょっとぐらいよぉ!」


「あ、あの、ちょっと……っ」


 見るからに性質たちの悪そうなヤンキーたちが、白雪に絡んでいる。


「結、電話切るぞ」


「え、どして?」


「白雪が妙な輩に絡まれてる。今日はもう遅いから、お前も早く帰れ」


「ら、らじゃー!」


 通話終了。


 俺は早足で公園へ向かう。


(一・二・三・四・五……ちょっと多いな)


 仕方ない、ここは『プランA』で行くか。


 俺はゴホンと咳払いをした後、努めて明るい声で突入していく。


「――あっ、こんなところにいたのか! いやぁ、すみませんすみません。それじゃこれあたりで失礼して――」


 白雪の左腕を掴み、流れのままに離脱しようとしたが……。


「おい、待てよ兄ちゃん。勝手にどこへ行こうってんだ?」


 しれっと連れ出し作戦――失敗。


「なんだてめぇ……?」


「この嬢ちゃんの彼氏かぁ?」


 ヤンキーA・Bが鋭い目を尖らせ、ズイと顔を寄せてきた。


 いや、近い近い近い。

 この手のヤンキーって、なんでこんなに距離が近いの? 近視?


「あの……彼女とは知り合いなんすよ。今回は見逃してもらえませんか?」


 あくまで控えめにお願いしてみるが……逆効果。


「知り合い程度が、出しゃばってんじゃねぇぞ、こらッ!」


「おい兄ちゃん。あんまり調子に乗ってっと、痛い目を見るぜ?」


 奥に控えていたボス級のヤンキーEはそう言いながら、シュッシュッと拳を振った。


(こいつ……なんかやってるな。ボクシングか、総合か……)


 明らかに経験者の動きだ。

 どうやらヤンキーはヤンキーでも、『厄介ヤンキー』を引いたらしい。


「く、葛原くん……っ」


 白雪は不安そうな表情で、俺の服の端をギュッと握ってきた。

 ……仕方ない。ここはプランBで、男を見せるとするか。


「はぁ……本当にいいのか? 俺が本気を出せば、お前らもただじゃ済まねぇぞ?」


 俺がそう言った次の瞬間、大爆笑が巻き起こる。


「ぷっ、くくく……っ。ぎゃっはははは! こいつ、何を言い出すかと思えば……『本気』だってよぉ……!」


「ほらほら、出してみやがれ! その本気ってやつをさぁ!」


 どうやら、一発デカいのをかましてやらねぇとわからないらしい。


「ったく、仕方ねぇな……」


 俺はコキッと首を鳴らし、大きく深く息を吐き出す。


 そして――。


「――誰かぁああああ! 助けてくれぇええええええええ!」


 目一杯の大声を張り上げ、本気で助けを求めた。


「「「なっ!?」」」


 一瞬の空白の後、通行人たちがこちらへ視線を向ける。


「今、助けてって聞こえなかったか……?」


「あらやだ、あそこ……。カップルが不良に囲まれているわ……っ」


「えっ。もしかしてこれ、警察を呼んだ方がいい感じ……?」


 おそらくこの人たちは、誰も助けてはくれないだろう。

 たとえ今警察を呼んでくれたとしても、きっと間に合わない。


 だが――これでいい。


 やましいことをしている輩ほど、視線と注目を嫌がるものだ。


「白雪、こっちだ! 逃げるぞ!」


「は、はい……っ」


 俺は彼女の手を引き、人混みの方へ走り出した。


「クソガキ……!」


「おいこら、待ちやがれ!」


「馬鹿、今はやめとけ!」


「マジで警察サツ呼ばれんぞ!?」


「あの野郎、ふざけた真似をしやがって……ッ」


 ヤンキーたちは悔しそうにこちらを睨み付けた後、人気のない裏路地の方へ逃げていった。


 くずはら の おおごえこうげき! 

 こうかは ばつぐんだ!


 その後しばらくの間、俺は白雪を手を引きながら、人混みをってひた走る。


「ふぅ……いたな。大丈夫か、白雪?」


「は、はい……。ただ、ちょっと驚きました。まさかあんな手を使うなんて……」


「幻滅したか?」


 さっきの行動は、男らしくもなければ格好よくもなんともない。

 白雪の瞳には、さぞや不細工に映ったことだろう。


 しかし――彼女はフルフルと首を横へ振った。


「いいえ、とてもかっこよかったです。ただ……ふふっ、とても葛原くんらしい勝ち方ですね」


「それ、誉めてる?」


「えぇ、もちろん」


 お互いに笑い合った後、白雪を彼女の屋敷まで送り届けた。


「それじゃあな」


「はい、また明日」


 小さく手を振り合い、白雪と別れる。


 予想外のハプニングもあったが、これにて一件落着。

 後は家に帰って、夜のバイトの準備を――。


「――おい」


 背後から物騒な呼び声が聞こえた。


 ゆっくり振り返るとそこには――。


「へっへっへっ。よぉ兄ちゃん、また会ったな?」


「てめぇ、さっきは舐めた真似してくれたなぁ……っ」


「ここじゃ目につく。ちょいとツラ貸せや」


 ヤンキーA・B・C・D・Eがいた。


 どうやら彼らは、ただの厄介ヤンキーではなく、執念深く諦めの悪い『スペシャル厄介ヤンキー』だったらしい。


「あ、あはは……すみません、人違いじゃないっすかねぇ?」


「その死んだ魚のような目が、この世に二つとあるか?」


「へ、へへっ……そうっすよ……ねッ!」


 葛原葛男は逃げ出した。


「おっと、そうはいかねぇぜ?」


 ――残念、回り込まれてしまった。


 こうして大量のヤンキーに囲まれた俺は、近くの路地裏へ連れ込まれてしまうのだった。


 嗚呼ああ、人生は無常なり

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