一章 6.懐疑

須賀は、試験を終えると、アルバイト先の光耀社へ出勤した。

田舎から送られて来た蜜柑を土産に、自転車の荷台に縛り付けて会社へ出かけた。

編集部の田崎さんが、須賀を見つけて近づいて来た。

「おい。須賀君。岡島が、亡くなったぞ」

挨拶する間もなく突然の言葉だった。

「えっ」茫然と聞いていた。

「崖から落ちて亡くなったんだ。百々津町で」

意外な言葉だった。

「百々津町?」来ていたのだ。

「そうだ。須賀君は百々津町だったな」

岡島さんは来ていたのだ。

「はい」

田崎さんが何か尋ねているようだったが上の空だった。

あの日、岡島さんは来ていたんだと思った。


岡島さんは、出身大学の後輩である事を知ると、親しく話し掛けてくれた。

ある日、十年前の出来事を岡島さんに話した事がある。

冬休み前に、須賀はもう一度、父親の事について尋ねられた。

それは、そのまま忘れていた。


正月休みに、岡島さんから実家へ連絡があった。

岡島さんが百々津町へ来ると云っていた。

当日、東京へ戻る事を伝えると、時間が合えば、少し会いたいと云うので駅て待ち合わせた。

粉雪が降っていた。


須賀は、岡島さんを待っていたが、現れなかった。

雪のためなのか、それとも他に事情があったのか分からない。

列車の時間に、間に合わなかったら、待たなくて良いと云われていた。

だから、そのまま、東京へ戻ったのだった。


田崎さんが、百々津警察署で、岡島さんの奥さんと一緒に、説明を受けたそうだ。

霧嶽山の嶽下展望台の下は崖になっている。

崖の下は海だ。

その嶽下の崖を岩場へ降りることのできる足場がある。

崖を降りる途中、過って岩場へ転落して死亡したという説明だった。

崖の足場に滑落した跡が残っていたそうだ。

争った形跡が無かったため、警察は、事故死であると判断したそうだ。


遺品を受け取ると、私物は奥さんに戻された。

遺品は、旅行鞄とその鞄に入った着替えの下着とカメラ。

上着のポケットからハンカチ、財布、手帳、封筒。封筒には、写真が二十枚余り入っていた。

財布には、札入れに旅費の領収書と紙幣と、小銭入れの中には、わずかな硬貨が入っていた。

カメラは会社に戻し、写真の入った封筒と手帳は、会社で預かる事になった。

手帳は取材のメモ用だ。

最後の四頁は、今回の取材メモだヒサろうと思う。

庄原ー米原ヒサイチ、北堀ー青木ゼンゾウ、ダケシタ、北山、大内医院と走り書きされている。


メモの順番通りに、庄原の米原久市、北堀の青木善造、北山の大内医院と訪問先をメモしている。

ダケシタは、嶽下の事だ。

次の頁には、駅から青木邸までの略地図。隣の頁には大内医院までの道順の略地図だ。

それと、百々津幼稚園、愛教保育園、摩尼院保育所、庄原保育園、白間保育所、南原保育所、見晴保育所と書かれたメモがあった。

百々津町で書き込んだメモだろうか。


封筒に入った写真は何処で入手したのか分からない。

百々津の風景写真らしい。

風景のいくつかは見覚えのある景色だった。

全部で二十二枚あった。


須賀は、東京から百々津町へ帰っるとすぐ、岡島さんが亡くなった嶽下の岩場へ向かった。

海岸道を嶽下へ向かっている途中、工具を積んだオート三輪が二台、道幅いっぱいに停めて工事をしていた。

道を塞がれていたので、防波堤に上って通っていた。

「こらあ。お前、どこ歩っきょんな。下りんか!こらあ!」

堤防の上の小石を跳ねたのだろう。

気付いた作業員が怒鳴った。

「こら、こら、言うな!こらあ!」

つい、須賀も言い方を真似て怒鳴り返した。

「あっ、お前。須賀やな!」

男は須賀を知っている。

「ああっ!」須賀は、防波堤の上を走って逃げた。

三輪の脇に飛び降りると、一気に防波堤の端まで走り抜けた。

振り返ってみたが、追い掛けて来る気配はなかった。

中学校の先輩で篠原という乱暴者だ。

高校を卒業して、坂口建設に就職したと聞いている。

休みにはオートバイで走っているそうだ。

俗に云う、カミナリ族だ。

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