第7話

 ようやく、許しを得て、急ぎ自分の館に帰り着いた。

 

 母上は公爵領の方におって不在であり、また、どのみち、これについては何も知らぬ。

 これは父系に代々伝わるもの。

 ゆえに、これを知るは父方の親族のみであった。


 それから自らがサインした契約書を出し、父上を呼ぶ。

 全てを話した。

 ただ父上はおろおろするばかり。

 頼りの伯母上同様、父方の祖父も亡くなっておった。

 何かを知っておるとしたら、唯一生きておる父上のみだった。

 実際私は全てを父上と伯母上から聞いたのだった。

 私は1つのことを確認した後に、役に立たぬ父上を追い出した。


「今、ここにあるのは、私がサインした分も含め、残り3枚です。

 父上が授かった時もそうでしたか?」


「残り数を心配しておるのか?

 実は、念のためと言って、姉上が一枚持って行っておる。

 かほどに国王に愛されておる姉上には不要であろうと諭したが、お前は女心が分かっておらぬと怒鳴られる始末であった。

 姉上が我のことを『お前』と呼び出したら、それまでよ。

 我の言うことを決して聞く気はないとの宣言に他ならぬ。

 幼き時より何度もケンカした仲。

 そしていつも引き退くは我。

 あの時もそうであった。

 それに姉上が使うはずはない。

 ならば、戻って来るとも想ったのだ。

 実際、姉上にあれは不要だったのだ。

 姉上の亡くなった時の王の落胆振りは、そなたも多少は憶えておろう。

 しかし王家より返された姉上の遺品には入っておらなかった。

 古文字ゆえ誰も読めぬ。

 恐らく捨てられたのだろう。

 そう想い、あきらめたのだよ。

 何せ、下手に探しに言って、それはどんな文書なのですかと問われるならば、どう答えて良いか分からぬ。

 無論、ありのまま答える気はないが、何かのまじないの類とでも想われたら、あらぬ疑いを招いてしまうと恐れてのう。

 何せ、姉上は急死であった」


 私は署名した契約書を破り捨て、燃やした。

 もしかして、それが契約書を無効にする条件かと、わずかに期待して。

 

 それから、読めぬ契約書を書いた先祖を恨みながら。

 私を愛すると言った王子を恨みながら。

 私に正妻の座を譲った村娘の謙遜と優しさを恨みながら。


 何がどうであったら、そして何がどうでなかったら・・・・・・。

 頭の整理がつかぬままであった。

 ただ、もし伯母上が生きておったら・・・・・・。

 全てがそれ次第であったは間違いない。

 果たして、どこで歯車が狂ったのか?

 私にこれをただす機会は与えられておったのか。

 確かに与えられておったのだろう。

 そして、事実、私は伯母上ののろけ話を読み違えたのだった。

 あれは、幸福ボケなどではなく、不安から、夫の愛に対する不安から来るものであった。

 それを正しく読むを得ておったならば、何かが変わったのだろうか?

 あの時、伯母上は何を求めておったのか。

 あの最後ののろけ話を聞いたとき、

――伯母上が亡くなる数日前

――それもあって伯母上の幸福ボケの印象が根強いだのだが

――あれが愛の不安からと分かった今でさえ、私はあの時の伯母上に何と答えて良いか分からぬ、


 その惑いの中で、その夜、私はこと切れた。

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