第2話 『ええ、そうするわ』

「で? 俺をこんな所に呼び出してどうするつもりだ?」


 もう日も落ちてきて影が指す森の中で、レイザーは男と向かい合っていた。


「ふふふ……すみません。貴方にはお礼を言っておきたくて」


「あァ、そう。んじゃもういいから鳥返してくれ。それ晩メシなんだわ」


 苛立ちを隠す事もなく男に言葉を被せるレイザー。


「そんなに怒らないでくださいよ。これでも感謝してるんです。貴方があの日パーティを追放してくれなかったら僕はこんな力に気がつくこともなかった、この最強の力。ザ───」


「分かったから早く返せよ」


 いい加減この男の一人語りに嫌気がさしてきたレイザーは、早歩きで男に近づき楽宴鳥を取り返そうと手を伸ばすが、


「あ?」


「ふふふ。酷いじゃないですか、いきなりつかみかかってくるなんて。それに、人の話はちゃんと最後まで聞くものですよ? 特に僕の場合はお礼を言いに来てるんですから。僕はね───」


 その手は空を切り、男はさも当たり前のように、まるで初めからそこに居たかのようにレイザーの背後にゆらりと立っていた。


(何が起きた? 確かに俺は奴の目の前まで歩いて近づいた。勿論警戒はしながらだ。だが何も強い気配は感じなかった、奴は一体)


「───なんですよ。だから次は僕がリーダーとしてパーティを作ろうかなって……ちゃんと聞いてます?」


「あ? わりィ、なんだって?」


 振り向きながら空返事をする。レイザーは今起きた事を整理するのに思考をさいていて、勿論男の話なぞ一欠片も聞いていなかった。


 しかし男はそれで自尊心を傷つけられたのか、態度が急に変わりだした。


「へぇ……やっぱり貴方はそうやって他人ヒトの話を聞かないんですね。僕はあれからここまで歩を進めたのに、貴方は全く進歩してないみたいだ」


「あれからってまだ三日しかたってねェけどな」


「あの時だってそうだった! 僕がちょっと道を間違えただけですぐに怒ってきて!」


「てめェの場合はあの一日でさえ正しい方向に進んだ試しがねェだろうが」


「ご飯を食べてる時だって、僕の分だけ少なくしていじめて!」


「それはてめェが大量につまみ食いしやがったからだろ」


「野営の時には僕だけテントにいれてもらえずに!」


「てめェがミリアにセクハラするからだろうが!」


「はぁ……こんな外道のパーティで働かされてるミリアさんを想うと涙が出てくる。怒りで体が震えるよ」


「オイ、てめェが人の話聞いてねェじゃねェか」


 男は大仰に、それでいて自分に酔っているように体を抱きしめる。そして急に閃いたとでも言わんばかりに手を合わせた。


「そうだ! ミリアさんは僕のパーティに入れてあげればいいんだ! それがいいや! ミリアさんは僕のことチラチラ見てきてたし、きっと僕の事が好きだよね! こんなパーティに入ってるより絶対ミリアさんも幸せになれるしいい事だらけじゃないか!」


「お……前」


 キモすぎだろ。という言葉を喉元で我慢したレイザーを褒めておこう。


 それ程までにこの男の独善的で自己中心的な言動は嫌悪感を感じるものだった。


「さて……そうと決まったら早速ミリアさんの所に行かないとね。貴方は……うん、このままどこかに消えるって言うなら命は取らないでおいてあげるよ」


「さっきからごちゃごちゃと。それでミリアがついて行くとでも思ってんのか?」


 レイザーがそう言うと、男はぐにゃりと顔を歪めて笑いながらこう言った。


「ふふふ……ハハハハハ! 関係ないんだよ! 貴方がここで拒もうが、ミリアさんが納得しなかろうがそう・・なるんだ! 何故ならばそれがミリアさんのためだから、僕がそうしてあげるんだ! この僕の能力、『孤独の願望ホープオブアローン』のチカラでねぇッ!」


 男は叫ぶと共にレイザーに殴りかかった。


 男の遅いソレはレイザーにとっては防ぐことなど容易く、拳を弾いてから反撃にでる───はずだった。


「がッ!」


 ッ! という音と共に殴られたのは、レイザーの方だった。


「テ……メェ、なんッ! ごッ! ぐァッ!」


 男は畳み掛ける。防いだはずの拳が、脚が、何故かそのままレイザーへと突き刺さっていく。

 レイザーはたまらず距離を取った。


「野郎ォ……何しやがった?」


「アハハハハ! 言ったでしょ? 僕の能力だって。『孤独の願望ホープオブアローン』は僕の望んだとおりにこの世界の結果が変化するのさ! もう貴方じゃあ僕には絶対に勝てないんだよ!」


「チィッ!」


 防ぎ、避け、逃げる。


 レイザーは必死に抵抗を試みるが、そのことごとくが徒労に終わるのだと言わんばかりに当たる、当たる、当たる。


「ハハハハハハァッ! 僕はちゃんとやったのにッ! 僕の事を追放なんてするからこうなるんだよぉぉぉ! 自業自得だよねぇぇぇ!」


「ちゃんとやっててアレなのかァッ!? ンじゃあよっぽど冒険者向いてねェンだろォなァ!」


 ッ! とレイザーはつま先を思い切り地面に突き刺し、そのまま蹴り上げた。

 するとレイザーの足元にあった土が大量に巻き上げられ、その巻き上げられた土は男の顔面に直撃する。


「ぎゃああぁぁぁぁぁぁ! 目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「一生そこでそうしてやがれ!」


 男は顔を擦りながら涙を流している。レイザーは稼いだ時間を使って一度距離を取るために森をかき分けながら走る。


(クソッタレが! なんなんだあの能力は! 『孤独の願望ホープオブアローン』とか言いやがったか。あのチカラのせいで俺の攻撃した結果も防御した結果もすべてアイツのいいように改変されてるって事かよ! なんつーデタラメな……)


「みーつけた」


「ガハッ!」


 いつの間にか背後まで迫っていた男のかかと落としが直撃し、レイザーは地面に叩きつけられる。


「テメェ……いつの間にここまで来やがった……」


「言ったじゃないですかぁ。僕の望んだとおりに世界の結果が変化するって。いくら貴方が僕から逃げてもちょっと僕が追いつきたいと思うだけで貴方は僕から逃げられない」


「クソッタレ……グッ!」


 男は倒れたレイザーの頭を踏みつけながら言う。


「貴方にパーティを追い出されて一人ぼっちになった時、僕は絶望の淵に居た。全てを呪ったよ。神様なんて居ないんだ、僕はこんなに必死でやって来て、頑張ってきたのに! 誰も僕を認めてくれない! なんにも僕の思い通りになってくれない! ……でも神様は僕の事を見捨ててなんかいなかった! この能力は僕の絶望が、憎悪が具現化したんだ」


「ハッ、たかだか一日臨時で組んだパーティの契約更新が出来なかったくらいでか? そんなモンで行けるなんざ、随分と安い絶望なんだな」


 レイザーがそう言うと男は気に障ったのか、青筋を浮かべながら拳を握る。


「そうか……貴方はこんなのでも一応僕をパーティに誘ってくれた最後の人だ。情けをかけて命だけは助けてあげようと思ってたけど、どうやら僕は優しすぎたみたいだね」


「そんな細腕で俺を殺せると思ってンのか?」


「散々殴られて痛そうにしてる癖によく言うよ。……まぁ、冥土の土産に教えてあげる。さっきも言ったけど僕の能力は望んだとおりに世界の結果を変えるんだ。だから嬲る攻撃も殺す一撃も僕の望んだとおりって訳さ」


「俺がパーティに誘ってくれた最後の人だっつってたか? てこたァオマエ、あの後誰ともパーティ組めなかったんだな」


「遺言はそれでいいみたいだね」


 男は怒りつつ、だが最後まで自分の優位が揺らがなかった事に快感を覚えているような表情をしながら、レイザーへと拳を振り下ろす───


「ちょっとレイザー! アンタご飯も作らずにどこほっつき歩いてんのよ!」






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「ちょっとレイザー! アンタご飯も作らずにどこほっつき歩いてんのよ!」


 危機一髪。そんな時に現れたのはレイザーのパーティメンバーの一人、魔法使いミリアだった。


「何……? アンタ、こないだパーティ組んだヤツよね。レイザーとこんな所で何してんのよ」


「あぁ……ミリアさんじゃないですか」


「?」


 男はレイザーにトドメを刺そうとしていた拳を止めたかと思うと、ゆるりとその手を上げミリアに手を振った。先程までとは打って変わってとてもフレンドリーな姿勢だ。


 だが、レイザーは見逃さなかった。ミリアを見た時の男の顔。獲物でも見つけたかのような黒い顔を。


「やあミリアさん! どうしたんですか? こんな所で」


「それはこっちのセリフよ。アンタこそレイザーとここで何してたか答えなさいよ」


「テメェ、どォいうつもりだ?」


「ふ……ふふ、さっき話してたじゃないですか。ミリアさんには僕のパーティに入って貰うって」


「野郎……まさか!」


「丁度いい、貴方には最後に見ていてもらいましょうか。僕から奪った物を奪い返される所を」


 二人が険悪な雰囲気になったのを怪訝に思ったのか、ミリアはレイザー達に近づいてくる。


「ちょっと、なにコソコソ話してんのよ」


「ミリッ! ……!?」


(声が出ねェ!?)


「あぁ、しばらく黙って見ていてくださいね。ミリアさんが最初のパーティメンバーになる感動のシーンなんだ。無粋な声は要らないんですよ」


 それに、と男は続ける。


「やっぱりパーティが変わるっていうのは大きな事だ。どうやらある程度距離が近くないとこの僕の能力も働かないみたいですね」


 男がパーティに執着していたからか、パーティ登録には特殊な繋がりがあるからか。男の能力では距離が離れているとそこまで大きなことは出来ないようだ。


 しかし、ミリアがこちらに歩いてきている現状それも意味の無い枷。


 そして───


「ミリアさん、僕のパーティメンバーになってください・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ええ、そう・・するわ」


「……」


 パリン。


 という音と共に、レイザーの中にあったミリアとの繋がりが途切れた。





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 結局キリよく終わりませんでした。


 次回で一段落着くと思います。

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