第3話 吉凶の罠

「うおおおおお!」


「カタカタカタカタカタ!」


 自宅の庭にダンジョンが現れて以降、学校から帰宅後の真澄にスケルトンに追われるという奇妙な日課が加わった。


「っと!」


 週末になるとダンジョンを飛び出ての着地も様になっていた。


「ふぅ……今日は時間に余裕があるし、まだ試せるか」


 明日は学校が休みのタイミング。いつもなら木の板でふたをするところだが、早くスケルトンへの恐怖心を薄れさせるため再びダンジョンの入り口に立ち向かう。


――意外に早く慣れてきた気がする。


 実際は恐怖心による心臓の動きが全力疾走に上書きされ麻痺しているだけで、根拠のない自信を後押しする形になっていた。


「さてと……」


 逃げやすさ重視で金属バットは家に置いたまま。息が整うのを待ち入口の坂を慎重に下りて、ヘルメットのライトで正面を照らした。


「うおっ!」


 真澄が思わず声を上げる。スケルトンがその場で待ち構えていたのだ。


「カタカタカタカタカタ!」


 スケルトンはダンジョンを戻ることなく、急な坂から数歩先で立っていた。


「……ここだと一方的に攻撃ができそうだな」


 真澄が驚きで動けずにいるとスケルトンが両腕を上げて慌ただしく動かす。そして突然、両ひざを地面について両手も続けた。


「なんだこいつ……?」


 まるで何かを訴えかけるように仰ぎ見られた真澄は、電波が届く位置で冷静にスマホを確認する。スケルトンについて色々なサイトで調べるが目の前で起こっている現象は一切記述されていなかった。


「知能を持つタイプの魔物はいるけど……スケルトンは別って書いてあるな」


「カタ、カタカタカタ!」


 膝をついたスケルトンは再度立ち上がり、手招きをしてダンジョンの奥へ歩き始めた。


「えぇ……?」


 真澄は明らかに意志を感じさせる行動に混乱する。


「あの! 俺の言葉、伝わってる?」


「カタカタカタ!」


 スケルトンは一瞬振り向いてあごの骨を震わせた。


――何かレアな出来事に遭遇中なのだろうか。


 探索者でひと財産を気づいた話は想像を含めよく語られる。順風満帆と程遠い人生を送ってきて高校生なりに将来への不安を覚え始めた真澄は、勇気を出すのはここじゃないかと足を前に動かした。


――逃げようと思えばいつでも逃げられるしな。


 今まで追いつかれなかった事実を頼りに、とはいえ十分な距離を取って背中を追った。


「……」


 真澄は度々振り向いて姿を確認してくるスケルトンを訝しむ。


「うーん、よく見ると間抜けな歩き方だ」


――あんな相手を恐れていたとは。


「ってあれ?」


 やはりDランクはDランクかと自分の情けなさを自覚しているとスケルトンの姿が突然消えた。慌てて頭を左右に振りヘルメットのライトを走らせると前方の壁に影が落ちる。ゆっくり近づいて覗き込んだ先は分かれ道になっていた。


 少し先で立っていたスケルトンは真澄を確認後に再び歩き始めた。


「分かれ道はなぁ……」


 行先が遠く複雑になるにつれ導かれているのか誘い込まれているのか、手招きの意味が変わってくる。


 真澄は迷いながら分かれ道に入るが歩みは遅い。戻るべきなのはわかっていても、自分だけが経験しているかもしれない特別感からずるずると先延ばしになって――。


「っ! うおおおおお!?」


 ダンジョン内に真澄の叫び声と派手な音が響き渡った。足元の地面が急に崩れたのだ。


「ぐ、いって……! げほっ、なんだこれ……!」


 そこは二メートル近い穴で落ちた途端に煙が充満した。


「げほっ、けほっ!」


――こんな場所で最後を迎えるなんて……!


『あの! 聞こえますでしょうか!』


『えあ? なっ……』


 聞こえた声に顔を上げるとスケルトンが覗き込み、くぼんだ暗い二つの穴で真澄を見ていた。






 分かれ道を突き当りに行ったダンジョン内にある小部屋。真澄は木の板が敷かれた場所にスケルトンと対面で座っていた。


『状況がまったく飲み込めなくて……』


『ワタクシはファイネ・バランタインと申します』


『あ、これはご丁寧にどうも。名郷真澄です、じゃなくて俺の格好が……』


 ファイネと名乗ったスケルトンの前。真澄も同じようにスケルトンの姿になっていた。


『スケルトンになってしまう罠の影響なんです』


『罠……罠ね……』


――ダンジョンだもんな……罠ぐらいあるか。


『え? このまま元に戻らないとか?』


『あそこにある罠は数十分すれば戻るのでご安心ください』


 真澄は心底良かったとため息をついた。


『……今まで俺を追ってたのはファイネで合ってる?』


 まだ続く驚きを、間を埋める質問で紛らわす。


『そうなんです! ずっとお話をしたくてですね!』


『その、ファイネは元々がスケルトンなのか罠でスケルトンになったのか……』


『ワタクシは人間です! 言葉を交わすにはスケルトン同士でなければと考えまして。強引な手段になってしまったのは申し訳ありませんでした』


『いやまあ元の姿に戻れるなら別に……』


――本気で死んだと思ったしスケルトンになる程度はな。


 この出会いが将来を大きく変えるとは知らず、レアな経験には違いないと許容を超えた頭で能天気に考えるのだった。

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