記録情報No.5

「死ねぇッ!」


「何度やっても同じよ、【加速エクセレ】ちゃん」


「ぐああぁああああっっっっ!!」



 【誰一人寄せ付けぬフィンブルヴェト】で大陸から戻り、その無限の速度を遺憾なく発揮して殴りつけた【加速エクセレ】の十の拳は、全く同じタイミングで【忘却ヴィスムキ】に襲い掛かる。だが、無限の速度が最も速いと忘れた【忘却ヴィスムキ】の右手は、その腕を全て受け止めた挙句、最後の一発は掴んだうえでそれを捩じり、【加速エクセレ】の右手の骨を骨粉と大差ないほど粉々にした。



「…き、貴様、我が妹マイシスターに、何をしたっ…!?」


「別に、何もしてないわよ。ただ、世界を感じられなくしただけ」



 想像を絶するなどと言う言葉すら生温い激痛に苛まれながらも、【加速エクセレ】が心配したのは自らの右腕ではなく、まるで狂ったかのように奇妙にのた打ち回るディザレだった。それも無理もない。理性の欠片も感じられない言葉を泡と一緒に口から溢れさせ、劇薬を飲まされたかのように気持ち悪い動きで地面を這いずる【減速ディザレ】は、星五評価ホラー映画など足元にも及ばぬおぞましさだった。だが、あくまで【忘却ヴィスムキ】の言能は忘れさせることであり、それ以外のことをするのは不可能だ。これに関しては、【忘却ヴィスムキ】は何の嘘も吐いてない。


 とはいえそれは、【加速エクセレ】が納得するかどうかとは、全くの別問題だった。



「ふざ、けるなっ……!!」



 【加速エクセレ】の全身から、怒気が噴き上がる。さながら復讐に狂った魔王サタンが如く、彼女の両目はどす黒い怒りに彩られていた。


 死力を振り絞って、【加速エクセレ】は最後の攻撃を仕掛ける。【破窓晶刃ウィンドウ・スライサー】と【太陽恒光ザ・サン】の二つの強力な言能技スキルを叶えて足止めとし、もう一度、あれで吹き飛ばす——



「悪いけど、やっぱり無駄だったわね」


「【誰一人寄せ付けフィンブルヴェ——あっ」



 億を超える透明な刃と集められた太陽の熱をすり抜けて、【忘却ヴィスムキ】は接近した。間を開けずに【忘却ヴィスムキ】は、【誰一人寄せ付けぬフィンブルヴェト】と【加速エクセレ】を侮辱するかのように、【加速エクセレ】の頭に手を置く。



「【忘却ヴィスムキ】。これで終わりよ、〈加減則マイシスター〉のお二人さん」




 そして【加速エクセレ】もまた、完全なる闇に落ちた。



 唯一生かされている聴覚が、【忘却ヴィスムキ】の声だけを拾い上げていく。



「貴女達の敗因を教えてあげる。簡単よ。それはね、

 世界なんてものに頼ったから。

 死んだらもう生きられないとか、速度無限が最速だとかそんな、世界から勝手に押し付けられたものに頼り切ってるからよ。

 分からない? 私達は言能者。言能ことばで世界を捻じ曲げられるのよ。だったら、どうして世界に従ってやる必要があるの? 貴女達が決めた世界に、どうして従わなきゃいけないの?」




 それは、勝者の言葉。ただ己が欲望のためだけに、世界の力すらをも忘れ去って拒絶する、〈忘却故の超越者トランスセンデンス〉。




 言葉で以て全てを捻じ伏せる、真に何にも縛られない、名前すら持たない怪物げんのうしゃだった。


























 その、はずだった。









「【虚ろな言葉ファンゲン】」









 その場にいる全員が、光に包まれた。

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