13−8

瞳には何も映ってない様子

『見ているこっちが参りそうだよ……!』クリストファーは溜息をつく

 

『体調悪そう〜じゃなくって実際最悪なんだから!

せめて備え付けの、温かな電動ソファーに堂々伸びていればいいのに!!』


しかしーー……ぼーっとーーー……


彼の大親友は絨毯敷きとはいえ、冷えた硬い人工大理石の床に腰を下ろし

ペタンと脚を大きく投げ出し、ベットの木枠にグッタリと上体をもたせかけていた



『馬鹿!大切な体が冷えるだろうよ! 何でお前はいつも変に気を遣うんだよ!』

 

むっっかーーーーっっっ

クリストファーは、更にモリモリ無性に滅茶苦茶腹が立ってきた

よくわからない、どこから来るか知れない怒りに目眩がした


「ねぇっ!」

「……」

「ウィンストンッッ!」


目の前に座っても名前を呼んでも何も反応をしない

瞬きすら〜何の動きもしない

 

そのまま見つめていると、急に頭がガクンと落ちた


俯き加減で黒い絹糸みたいなサラサラの髪がバサリと顔に被さっている為、眠っているのか起きているのかーーー


それすらも……覗き込んでもさっぱりわからない


仕方なく、大袋に詰めた氷を小分けにしたものを1握り、柔らかな薄いリネンに包む


ポロポロポロ…氷の粒が床に零れた

クリストファーは彼の落とした涙みたいだと思った


彼がそっと口元の痣に当てると、ピクリと動いた


「あ、ごめん」

「ーー……」

「いきなり冷たくてビックリして痛かったよなあ~ゴメンね?」

「……」

「でも今は冷やした方が良いから〜熱を取らないと……」



するとウィンストンは、のろのろ顔を上げた


自分の目の前にいるクリストファーを穴が開きそうな程、黒いドロッとよどんだ深緑の潤んだ瞳でじいっと見つめる

 

そのままーーーー……肩をふるわせて嗚咽した


『何かというと〜メソメソピイピイ泣きじゃくる自分に対し、常に爽やかで知的で冷静、今まで1度だって彼は感情の爆発を見せたことは無かったよなぁ……』

 

そう言えば、この数日ーーー

彼は学園を休んでいた(らしい)


実はクリストファー自身 体調不良でやはり休んでいた為、「え?」ーーー

学園の友人に聞いて知ってビックリ驚いたのだ


他のクラスメイトにも、さり気なく惚けたふりで聞くと『家業の勉強の為』というもっともらしい理由だったのを思い出す


『絶対に嘘だよ!そんなの…ッッ隠蔽工作に決まってるしっっ!』


ワナワナ怒りに体が震える

とにかくこの数日間の間に、我慢強い彼の心を打ち砕く強烈な『何か』があった事は


ーーーーー確実だった



氷を詰めた小さなリネンを、もう一度そろそろと当てると、いきなり抱きつかれた


ゆっくりと彼の細やかに震える背中に左腕を回した


激しい嗚咽が、直接互いに抱き締めた体に伝わって来る

そのままにして……小さなコドモにするようにヨシヨシした


殴ったり叩いたり蹴ったりーーーー

僕はおまえにしないからさ?

 

そのままーーーーー……

クリストファーは彼の体の震えが落ち着くまで、何度も何度も背中をさすった




……


コンコン……

小さな控えめなノックの音



「食欲は無いでしょうが……

何もお腹に入れないと、かえって毒です


それから、こちらのバスケットは貴方の分です

そろそろ貴方も……チャンとした物をおとり下さい

柔いパン粥は、今夜から無しにしましたよ」


「有り難う」

「いえいえ、お役に立てて何よりです」



なんと有り難いことにクリストファーの為に〜

厨房に詰めている忙しい料理長が自ら、クリストファーの夕食だけでなく

彼の大切な友人、ウィンストン用の〜

野菜をブイヨンでコトコト煮詰めた、特製の舌に優しいスープを詰めたジャーを部屋まで届けてくれたのだ


「これどうぞ〜美味しいよ?」

「ーー……」


ウィンストンはすするように、ノロノロと少しずつ木製の匙で口に運んだ

美味しそうな香りがプンと鼻をくすぐる


なのにーーー…〜でも直ぐにピッタリ手が止まってしまう


クリストファーは様子を伺いながら、自分の分〜少量の、小さくとも素敵なディナーセット

可愛らしくバスケットに詰めたものをいただいた


「ねぇそれ貸して」

とうとう見かねて手を出した


「口開けて」

「……」

 

少しずつ〜少しずつ…怠そうな心の弱り切った友人に、何とか全てのスープを匙で飲ませることに成功した


が……矢張り、精も根も尽き果て疲れ切った感じは尋常ではなく、クリストファーは温かな湯に浸からせることを思いついた


肩を貸して〜部屋に設置されている小型の清潔なバスルームまで連れて行った


「しばらくここで寛いでいて」


シャワースペースで まず体をゆっくり温めつつ、バスタブにたっぷりとした湯をため〜

あっという間にーーー高速で温水で満たされた湯船に


彼が気に入っている入浴剤の中でも『更に特にお気に入り』〜の精神と傷に鎮静作用の効果があるという

<ラベンダー>成分入りのタブレットを溶かしこんだ


お湯はふんわりした香りを放つバイオレットの滑らかないい感じになった


クリストファーは結構 自分の事を自分でするのが好きな為、全く手間だとは感じなかった

 

しかしこの事は「困ったこと」らしく、よく侍従長に叱られる


「やめて下さい!! 何やってるんですか!!」〜と



「気持ちよくなって 少しぐらい寝てもいいけど、いいかい?

湯の中で溺れるなよ? 

直ぐここに帰ってくるから心配しないで」


「ーーーーーーーーーーー」


誰もが憧れ〜うっとり見つめる綺麗なグリーンの瞳から今は光を無くし、ぼんやりと魂が抜けた様子の気がかりな彼の親友


熱すぎない、程よくフンワリ温かい風呂に充分つからせた


クリストファーはこの時ーーー必死に……明るくふるまい

さり気なく見ないふりをした


というのも〜

彼の肩やら腹やら背中やら、およそ衣類を脱がないと決して見えない位置に

陰湿に 

何カ所もつけられた、古かったり新しかったり、むらむらの生々しい青痣があったせいだ




青みがあるという事は時間が立ってるという事に他ならない

殴られた直ぐは内出血で赤黒い


マジマジと見たら最後、暴行の被害者である友人を

ーーー半狂乱に厳しく問い詰めそうで


自らの激しい怒りの追求を制御出来る自信が無かった




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