第11話 結局こうなる

 村から十日かかる東の町まで葡萄酒を届けることになった。

 最近、こういうのが多い。

 今までは誰かに頼んだりしてたみたいだけど、下宿人がいるんだから当然使うよね。

 リアカーくらいの荷車引かなきゃいけないから、サマエルじゃないけどトレーニングだと思って飛んで行くことにしたんだけど。

 なかなかの重労働。これはくるわー。歩いて引いた方が楽。

 でも少しは鍛えておかないと、なにかあった時に困る。

 なにか、って——逃げるとか逃げるとか逃げるとか。

 ダルーばあさん抱えて逃げるとしたら、それなりに翼強くないと。

 さすがにふたりは抱えられないから、じいさんには自力で逃げてもらおう。

 女性と子供が優先です。

 槍はもちろん持ってきてる。なにかあったら困るから。

 というか、なにもあってほしくない。おれは平和主義者で戦争反対の農夫だ。

 行く先々でそうそう面倒に巻き込まれてたまるもんか。

 いつものように村で泊めてもらったり、手持ちのご飯食べて野宿したり、粛々と任務をこなすおれ。

 ほんと、のどかだなあ。襲撃さえされなければ平和な世界。

 こうして葡萄酒運んだり。収穫して粒を選んだり。

 じいさんの最上級葡萄酒の品質は、おれの目にかかっている。

 思えば、こんな責任感持ったことないなあ……人間界では『真面目』に働いてたけど『真剣』じゃなかったかも。

 太極拳とオーディション、殺陣の仕事は真剣にやってたな。必死だった。

 でも、なんであんなに役者になりたかったのか、それを思うとちょっと疑問符。

 もしかしたら、意地になってたのかもしれない。

 親の反対押し切って家出して、それでうまくいかなかったら立つ瀬ないから、必死でしがみついていた……のかなあ?

 もしそうだったとしたら、あまりいい時間の使い方じゃなかったかも。

 おれ、頭悪いからな。

 最近は、こっちはこっちで悪くない、そんな気がしてる。

 十年単位、もしかしたらそれ以上の長期戦だと腹を括ったせいかな。

 明日明後日帰れるものじゃなし、こっちの生活に馴染んでおいた方が絶対いい。

 でも戦争はしたくない!

 おれは平穏に暮らしたいの!

 懸命に荷車を引くこと十日目、ようやく目的の町に着いた。

 酒屋を探し、依頼通り納入終了。

 酒屋の隣にはテラスがあって、昼から飲んでる人らがいる。耳に入ってきた会話だと、夜勤明けの兵士さんたちらしい。

 日々の精励、お疲れ様です。

 代金を受け取って外に出た。さて、荷車に空きビンを積——。

 って、荷車に置いてた槍がない……?

 呆然として、我にかえって、血の気が引いた。

 どどどどどどうしよう、偉い人からもらった槍をなくした!

 外のテラスで飲んでた兵隊さんに訊いた。

「す、すみません、この荷車から槍持っていった人、みかけませんでした?!」

「槍?」

「高さはこれくらいで、金色の鞘で、彫金されてて……」

「ああ、さっきそんな槍持ってた奴がいたな」

「どこに行ったかわかりませんか?!」

「あー、あっちに行ったと思うが……」

「ありがとうございましたっ!」

 すぐに飛び上がった。兵士さんが教えてくれた方角に向かって、目をこらして見てたら、槍を持った奴をみつけた。

 即、急降下。進路に立ち塞がった。

「槍返せっ、バカ野郎!」

 見れば、顔立ちは中学生程度。子供かな。

 急に進路を塞がれて坊主はたじろいだが、すぐに槍を抱き込んで言い返してきた。

 よく怒らないな、ダミニ。おれが主人じゃないの?

「なに言いがかりつけてんだよ! これはおれの槍だ!」

「荷車から持って行くのを兵士が見てたんだよ!」

「し、知らない、これはおれの槍だ!」

「今なら見逃すから返してくれ、なくすと本当に困るんだ」

 通りすがりの堕天使たちが近づいて来て、おれたちを丸く囲んだ。

 もうひたすら押し問答だ。

 穏便にすませようと思ってたけど、もう頭にきた。

「すみません、酒屋さんで兵士さんが飲んでるので、誰か連れてきてくださいっ!」

 言うや、坊主は血相変えて見物人をかき分け、飛び上がった。

 こっちだって負けてられない。全力追跡。

 ただ、困ったことにおれより坊主の方が飛ぶのが上手い。当たり前。

 だからって諦めるわけにはいかない。

 もしなくしたなんて知られたらどうなる、おれ?

 首刎ねられる?

 冗談じゃない!

 とにかく、飛び去った方角に飛んでって、疲れていったん地面に降りた。

 そして道行く町民に聞き込み。

 槍の見た目と坊主の風貌を伝えると、夕方頃やっと有力情報。

「それならローンギーのとこのチャマンじゃないか? 槍持って走ってたよ。てっきり親父さんのだと思ったけど、あれ、あんたのかい?」

「そうです、なくすとほんとやばい、首飛びかねない」

「大変だ、ローンギーにそんな話が入ったら、あの子ただじゃすまないよ。ローンギーは盗みなんか絶対許さない。この間除隊したけど片足なくしても戦い続けた兵士だったんだ」

「ちょっとかすっただけでも死ぬほど痛いのに、足切られても戦ったの!?」

「そうとも。除隊の時に階級上がって恩給増えて、報奨まで頂いたのさ。軍は辞めたけど、心は今も誇り高い兵士だよ」

 そうか、そんな重傷を負う兵士もいるんだな。

 戦争なんだから当然だ、でも今さら気づいた。

 深手も負う、命も落とす……この国の実情。

 いや、今はそれどころじゃない、自分の首を案じるときだ!

「それじゃ、よけい早く探さないと……」

「そんなもの家に持って帰れないだろうから、別のところに隠すよ、きっと」

「心当たり、ないですか?」

「そうだねえ……ケールじいさんのところかも。じいさんと仲がいいからね」

 だいたいの場所を教わって、また必死で飛ぶ。

 傷痍兵の子か。恩給は十分出てるのに、なんで盗みなんか。

 それも、あんなに目立つ槍を。

 教わったとおりの場所に家があった。

 ちょうど出てきた坊主を見つけ、飛び降りた。

「槍返せっ! 親父に言いつけるぞ!」

 坊主は跳ねるほど驚いて、でもまたすぐに噛みついてきた。

「あの槍はおれのだって言ってるだろ!」

「ほんと頼むから返して、おれ命危ないかも」

「名前も書いてないのに、どうやって証明するんだよ、してみろよ、証明できたら、あんたの槍だよ、でも、できないならおれの槍だ!」

 このクソガキ……!

 その時、坊主がおれの肩越しに視線をやって、固まった。

「炎、だ……」

 ——嫌な予感バリバリなんですけど。

 そーっと振り返ると、いたよ、遠くに〝あれ〟が。

 坊主が血相変えて家の中に飛び込み、槍を持って飛び出してくるなり、飛び上がろうとした。

 とっさにその足をつかんで引きずり下ろした。

「なにやってるんだ、バカ坊主! あれは戦争だぞ!」

「だから行くんだ、仇を討つんだ!」

 あ、親の仇……。

「槍なら届くから、だから絶対渡さない! 放せよっ、仇——」

「おれによこせ、バカ! いいからさっさと!」

 片脚を振りほどかれて焦った。飛ばれたらやばい、追いつけない!

「仇討ってやるから槍をよこせ!」

 振りほどかれた手を精一杯伸ばした。

 その時、どういうわけか、おれの手の中に槍が現れた。

 抱えてた槍が急に消えて、坊主がおれを振り返った。

 思わず笑った。

「みろ、おれの槍だ」

 鞘からダミニの声。

「迎えに来るの、遅い」

「お前こそ自力で来られるなら戻ってきてくれよ」

「ご主人様、ちゃんと呼んでくれなかったじゃない」

 拗ねてる。

 そうか、本気で呼べば来てくれたのか、きみ……それならそう言って。

 ものすごく無駄に飛び回って走り回ってしまった。

 坊主が飛び立つのを諦めて、地面に降りた。

「魔法の槍だったんだ……」

「まあね……大事な賜り物だから、お前には譲れない」

 とはいえ、勢いで言ってしまったので。

「しょうがないから一羽でも刺してくるわ。お前の代わりに」

 我ながら、ずいぶんあっけらかんと言ったもんだ。

 殺されるかもしれないのに。

 殺されるかもしれない、ものすごく痛い目に遭うかもしれない。

 それがわかってて、なんで巻き込まれるかね、おれは。

「ご主人様っ、早く行こ、敵がいっぱい! 嬉しいな!」

 まるでネズミの国に行くみたいに言わないで。

 戦争ですよ、あれ。

 飛び立って、戦場に向かった。

 空中は天使と堕天使が入り交じって戦ってる。

 でも頭数は圧倒的に不利だった。戦ってるのはたぶん、さっき飲んでた兵士たちだ。

 町の中心部に爆炎が上がった。

 やばい、あれじゃあ死者がごっそり出るぞ!

 なにか方法はないかな……。

「ご主人様、後ろ!」

 ダミニの声に重なって後ろで羽音がして、身を翻した。

 危うく切られるところだった。

 槍を一閃、その後ろにいた天使もろとも、ダミニの電光に撃たれて墜ちていった。

「気をつけてね、ご主人様がいてくれないと、あたしだけじゃ戦えないから!」

 誰かこの子なんとかして。

 爆炎で燃え広がる炎を眼下に見て、はっと思い出した。

 水石がある!

 これなら延焼を止められるかも!

 燃えさかる町の中心部に一直線に駆けつけた。

 その炎の真ん中に、水石を投げつけた。

 数秒して、水柱が上がった。

 そこからどんどん水が広がって、またたく間に火が消え始めた。

 よかった、町ごと焼くような大火事にはならずにすむ。

 なんでこんなひどいことができるんだ、みんな普通に暮らしてるだけじゃないか!

 町民を容赦なく攻撃して、傷痍兵を増やして、いったいなんの得があるんだ!

 いたたまれない気持ちだった。思わず両手をきつく握った。

 指輪があればよかったのに。あれがあったら、もっと兵士たちの手伝いができるのに。

 槍だけで飛び込んでどこまでやれるかわからない。

 あの数が相手なら、きっとやられる。

 躊躇してるうちに兵士がひとり、墜ちていった。

 指輪があればよかったのに……。

「指輪が欲しいの? じゃあ呼んで、あたしみたいに!」

 ダミニに言われて、強く念じた。

 来てくれ、炎の指輪——!

 握った拳の中指が。一瞬ひやりとした。

 おそるおそる、指を見た。

 炎の指輪がそこにあった。

 宝石もそうなのか。呼べば応えてくれるのか。

 数羽の天使がこっちに飛んで来たから槍で薙ぎ払う。

 ダミニの手から散った雷撃が、敵を撃ち落とす。

 まっすぐに主戦集団に向かった。

 こっちにも天使が束になって飛んで来た。

 そいつらに向かって左の拳を向けた。

 まるでシャワーみたいに炎が噴き出して広がって、襲いかかってきた天使を一気に焼き払った。

 怖い……手が震えた。

 うかつに使ったら兵士まで焼きそうだ。

 じゃあ引きつけるしかない。

 垂直に飛び上がった。

 おれが逃げると思ったのか仲間の仇討ちか、天使が固まって追ってきた。

 行けるところまで飛び上がり、急停止して振り向くと、矢を射かけられて、一本が右脚に刺さった。

 激痛。この間の比じゃない、絶叫した。

「ご主人様っ、飛んで、危ない!」

 ダミニの声に答えられない。

 無理だよ、飛べない、まっすぐに落ちる。

 この高さから落ちたら重傷なんてもんじゃないだろう。

 動けなくなったら、天使に殺される。魂まで。

 天使の集団が翼を翻して追ってきた。

 ——いい、もういいよ、無理だから……飛べないから。

 でも、ただで殺れると思うなよ……!

 左手を向けた。道連れだ、一羽でも多く。

 すさまじい炎が上がり、突っ込んで来ていた天使が次々に炎に飛び込むかたちになった。

 火は下から上に上がるんだよ……バカな鳥どもめ。

 激痛のあまり、気を失いかけた——誰かに腕を引かれたような気が、した。

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