第10話 炎の石

 気がつくと、ご主人たちが心配そうな顔でおれを見ていた。

「気がついたか、大丈夫か?」

「う、うん……大丈夫……みんなは?」

「みんな無事だったよ。あんたのおかげさ」

 腕に痛みは残ってなかった。思い出したら血が凍った。

 もう嫌だ、あんな痛い思いしたくない。戦争反対!

 ——あっ、しまった、槍!

 寝床から跳ね起きて周囲を見渡した。

「槍なら持ってきてあるよ」

 奥さんに言われて、脱力して寝床に腰掛けた。

 立てかけられた槍、ちゃんと鞘に包まれてる。

 いい子だ、ダミニ。

「よかった……ありがと、あれ、なくせないんだ、大事な槍」

「しかし、すごいな、あんた。敵を十三羽も墜としたそうじゃないか」

「いや、あれは魔法石のおかげ。おれ、一介の農夫なので」

 治療のおかげか、ダメージは全然残ってない。疲れもなかった。

「村はどう?」

「半分焼かれた。おれもこれから片付けを手伝いに行く」

「そっか……大変だね」

 やっぱりそれなりの軍が来てたんだ。帝国軍の数はかなり多かったのに、それでも被害を防げなかったんだな。

「隣村の方が被害が少なかった。奴ら、最初からこっちを狙ってたんじゃないかって話だ。うちの方が帝都に近いからな」

「でも、みんな無事ならよかった」

「ほら、話は後にして、みんなご飯をおあがり」

 朝ご飯をご馳走になってひと息ついて、おれは荷物を腰につけた。

 帰らなきゃ。

「ちょっと、あんたどこ行くの!」

 奥さんが駆けつけて来た。

「どこって、うちに帰るんだ」

「お待ちよ、あとで村長がお礼に来るし、兵隊さんも話を聞き——」

「それなら、よけい行くよ。そういうの苦手」

 ほんと勘弁して。

 三羽墜としたら木の槍の英雄とかいわれて、帝都にまで話広がってて、今回十三羽ってまずいじゃん。

 おれは戦闘とかしたくない。人間界に戻るのに司令官倒すかスキル持つかどっちかだって言われて、じゃあ葡萄酒造りますって半ば本気で思ってるのに。

「泊めてくれてありがと。みんなによろしく!」

 奥さんの引き留めを受ける前に、おれは早々に飛び立った。

 眼下に半分焼けた村。村民や兵士が片付けてる。

 手伝えればいいんだろうけど、面倒事に巻き込まれたくない。

 ご主人が言ったとおり、隣村の方が被害は軽かった。

 こっちはおとりだったんだな。きっとわざと大きな軍を出して引きつけて、その間にあっちに別働隊を差し向けたんだ。

 洞穴のことも知ってた……事前に偵察とかされてたんだろうな。

 村に子供がいることも知ってたはずだ。それでも丸焼きにする気満々だったな。

 ……嫌な連中だ。

 こっちから攻めることはないっていうのに、それでも攻めてくるのか。

 で、も。

 やっぱりおれは戦うとか、そういうの嫌だな。葡萄摘んでる方がいい。

 ただ、困ったことに、千里を走るのは悪事だけじゃないようで。

 行く先々の町村で『英雄』の話が広まってて、おれは食い物の買い出しだけして野宿って憂き目に遭ってる。

 なにも悪いことしてないのに逃げ回ることになるとは。

 でも面倒事はごめん。

 うっかりして軍に徴兵とかされたりしたら困る。ほんと困る。

 頼むから葡萄酒造らせて。

 ほうほうの体で村に逃げ帰ったら、やっぱり話が広まってた……。

「やっぱりお前じゃったか」

 じいさんは愉快そうに笑ってる。他人事だと思って。

「炎の魔術を使う、立派な槍を持った民兵だったらしいな」

「魔術使えない! あれ魔法石! それにおれ民兵じゃないし! 農夫!」

「物事は結果で見られるのだ。葡萄酒造りとて同じことよ」

 魔術でも石でも関係ないか。結果としての十三羽撃墜か。

 槍もほんと、役に立った。雷の槍でなきゃ二羽かわせなかったもんな。

 片方刺しても、もう片方にやられてたと思う。

 そう。結局おれは運と道具に救われてるだけだ。

 偶然できた木の槍。もらった雷の槍、そして炎石。

 それだけのことなんだ。

 パパドのとこ行ったら、似たようなこと言われた。

「その、それだけのことというのが重要なのだ」

 おれとしては、いまひとつ釈然としないんですけど。

「我もその場にいて、お前の奮戦を見たかったぞ」

「ていうか、あんたが戦えよな」

 民兵ですらないのに民兵呼ばわりされてさ。おれなんか見習い農夫だってのに。

 パパドは土産のウサギらしい肉のジャーキーを爪で押さえて嘴でつついてる。

 気に入ったようだ。

「でもありがと、パパドに羽根もらって石に替えてたおかげで助かったんだ。でなきゃおれなんか一瞬で焼き鳥にされてた。村のみんなも蒸し焼きだったよ」

「我に先見の明ありということだな。もっと感謝してかまわんぞ」

 なんか、いきなり気持ちが殺げた。

 もっと感謝せよー! ってキレてるパパドをおいて、サマエルのとこに行った。

「やっぱりお前だったんだー!」

 と、サマエルにも言われた。

 サマエルは土産の知恵の輪を弄りながら言う。

「お前、逃げてきたつもり?」

「逃げてきたけど……」

「帝都中央軍の管轄だよね?」

「たぶん。帝都のすぐ近くの村だったから」

「じゃ、無理だ。あっという間にみつかるね」

「えー……おれもう戦争とか嫌だよ、攻撃されてめっちゃ痛かったし!」

「痛いらしいねえ」

「他人事かよっ!」

 サマエルは呑気なもんだ。

 こうなると非国民が羨ましい。

「徴兵とかの心配なら大丈夫だよ。志願制だから。嫌なら巻き込まれないから平気」

「……ほんと?」

「ほんと。まぁ、目はつけられるだろうけどね。天使二十五羽墜としたんじゃ」

「十三羽! なんで倍になってんの!」

「そんなの知ってるって、新聞で。一部でそういうデマも流れてるの」

 この国、新聞がある。

 帝都に集まった情報を、念波——テレパシーだな、それを使って地方に配る。

 それを新聞屋さんが原稿に起こして印刷して配るんだけど、受信できる堕天使がいない町村は、情報が遅れたり、デマが飛んだりすることもある。

 パパド村には使える堕天使さんがいるから、公式発表が伝わるけど。

 田舎で起きた衝突なんかだと、公式発表とタイムラグ出るんだよね。

 それで噂が先に広まることもあったりする。

「それでも破格の武勲なんだけどね。農夫が三羽で大ニュースだったろ? それが十三羽だよ? たぶん帝都大騒ぎ」

 うわぁ……やっぱりか。やっぱりそうなのか。

「絶対に探し出せって、命令出てるんじゃないかな」

「戦争嫌なんだけど!」

「パパドとお前がいれば村は安泰じゃん」

「魔法石もうないってば!」

「パパドの羽根むしりなよ」

 おとなしく抜かれるわけないだろっ。

 鋭い爪と嘴で猛反撃確実。

 なんか、そんなこと言われたら、すごくやばい気がしてきた。

 身元証明に使った羽根あるから、隣町に行って石に替えよう。

 そろそろ帰るかって腰を上げたら、上空から影がふたつ近づいて来た。

 ——ものすごく嫌な予感、する……。

「お前がサモサの元で働く農夫のサエキだな?」

 はい、そうです……。

「我ら、中央軍司令官サタナキア元帥閣下ご麾下、プルフラス中将の遣いでまいった」

 あっという間にみつかりましたよ、ええ、サマエルが言ったとおりに。

「こたび、農夫ながら天使十三羽を墜としたる武勲、まことに見事であると、プルフラス閣下がいたくご感心なされた」

 はい……ありがとうございます。

「ゆえに、本日は閣下よりの報奨、ご下賜の品をお預かりしている」

 今度はなんですか、剣ですか、弓ですか。

 兵士が差し出したのは、手のひらに載る小さな箱。

 開けられた中身は赤い石がついた指輪だった。

 ルビーみたいにキラキラ光る、透き通った石だ。

「謹んで拝領するがよい」

 なんかもう断れないよね、これって。

 雷の槍の次は赤い石の指輪。この先どうなるのおれ。

「このたびの武勲、軍に大きな士気を与えた。今後の武運長久を期待する」

 ほらな、期待された。だから逃げたのに早々にみつかるとは。

 さすが、帝都を守る中央軍、侮れない。

 お使者が帰っていくと、サマエルが箱の中をのぞき込んだ。

「えー、これって宝石の指輪じゃないの?」

「宝石?」

「魔法石は効果が一度きりだけど、宝石は何度でも使える」

 うわぁ……。

「赤い石は炎の石。これは炎の魔法を司る石だよ。プルフラスはほんとに喜んでるよ」

 あー、もしかしたら、魔術は魔法石だって言ったのが上に伝わったのかも。

「そのプルフラス閣下ってどんなひとなの」

「帝国軍元帥でもある総司令サタナキアの指揮下にある第三師団の司令官。たぶんお前が戦った地域の担当なんじゃないかな」

 元帥の配下。かなり偉いひとらしい。

「サルガタナスに続いて今度は中央軍重鎮のお気に入りとなると、お前が望めば出世しそうだねえ」

 指にはめてみた。左の中指がしっくりきた。

 これって火が出たりするの?

 普通に拳を作って少しだけ振ってみたら、一瞬、石から小さな炎が上がってサマエルが飛び退いた。

「おれを丸焼きにする気かっ! 炎の石だって言っただろ!」

 やばい、普段は外しておこう。立て直したばっかの作業小屋焼いたら、じいさんにブッ飛ばされる。まだ前借りも返してないのに。

 帰り道、パパドに指輪を見せたらやっぱり驚いた。間違いなく宝石だそうだ。

「サタナキア閣下ご麾下の覚えめでたくあれば、この上ない上出来! 行く末も明るい。喜べサエキ!」

「でもさぁ……なんか、どんどん戦争に巻き込まれてく気がする」

 運がいいのか悪いのか、わからなくなってきた。

「お前は性根がよいのだ。サモサたちを救おうとしたり、村民たちを救おうとしたり、そんなことさえせねば戦から逃れられるものを」

「ほっとけないだろ」

「それ、まさしくそこよ。放っておけぬから自ら身を投じるのであろう?」

 言われたら返す言葉がない。誰かに強制されたわけじゃない。自分からやった。

 だって、じいさんたちや子供を放っておけないだろ。

「それに、自分だって危ないんだ。軍が着くのを待っていられないし」

「そういうことにしておけ」

 そういうことにされてしまった。

 この先、おれ、どうなるんだろう。

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