第17話 王妃様ご登場2

「今日はいくつかドレスの見本をお持ちしていますの。色形の参考にしてみてはいかがでしょう」

「ええと……?」

「さあ、お着替えしましょうか」


 店員たちが素早く藍華にドレスを着付けていく。淡い赤にピンクを混ぜたような明るい色のそれは普段藍華が着る服よりもずっと豪華で高級そうだ。


「まあ可愛い」

「本当に、お可愛らしいですわ、妃殿下」

「せっかくドレスを着たのだから、光ものも必要よね」

「でしたら髪の毛も整えましょう」


 藍華を取り囲んだ女性たちがあれやこれやと相談する。これはあれだ。お人形遊びに興じる子どもと同じだ。もちろん、藍華はそのようなことを指摘できるはずもなく、大人しく言われるがまま装飾品を身に着けることとなった。結果首と耳が重たい。


(これは明らかに本物の金だ……)


 おかげで胃まで痛くなってきた。そんな自分とは反対に王妃はとてもうきうきした様子で、藍華のことを一周回って確認して、満足そうに頷いた。


「どう? とっても素敵よ」

「……ピンクはちょっと……派手なような?」


 藍華は二十三だ。いや、昨今の二十三歳でもピンクの服くらい着るけれど、それだってキャラというものがある。藍華は日本で暮らしていたときはベーシックな色味の服ばかり着ていた。そもそも衣服にお金をかけるなら有名ショコラティエのボンボンチョコレートを箱買いしていた。


「何を言っているの。似合っているのだから、もっとしゃっきり胸を張りなさい」

「はいぃ……」


 王妃に叱咤されたその後、部屋から連れ出される。

 応接間に入るとクレイドが座って待っていた。


「母上、一体何をしていたのですか」


 と、入室してきた王妃に目をやり、しゃべり始めたところで、藍華の存在に気が付いたらしい。口をぽかんと開けたまま微動だにしなくなった。


(あああ、やっぱり似合ってないよねぇ~。うん、いいんだ。自分でも分かっているから)


 つい、心の中で自虐的な笑みを浮かべてしまう。


「わたくし、あなたを朴念仁に育てた覚えはなくってよ。その口は飾りかしら?」

「あ……いえ。すみません。まさかアイカが着替えてくるとは思わず」

 クレイドがハッと我に返ったかのように声を紡いだ。


「見違えたよ、アイカ。よく似合っている。その……とても愛らしい」

「一応、及第点としておきましょう」


 クレイドに返事をしたのはなぜだか王妃である。


 一方の藍華はクレイドが自分のことをじっと見つめていることに落ち着かなくなる。意味もなく手を動かし、体を小さく揺らしてしまう。


「こういうドレスが好きなのなら、もっとフリルのたっぷりついた室内着も準備させようか」

「いえ! いつもの動きやすさ優先の服でオールオーケです!」


 これまでの自分のワードローブからかけ離れた服を提供されても持て余してしまう。好意はありがたいのだが、藍華は全力で遠慮する。


「さあ、お披露目も済んだことだし。戻ってドレスのデザインを相談しましょう」


 王妃はひとしきり藍華を見せびらかして満足したのか、腕を取りすたすたと歩き出す。非常にマイペースなお人だ。


「え……あ、あの?」

「あなたまだ若いのだから、この明るい赤色もいいわね。ふふふ、ドレスを作る時ってわくわくするわねえ」


 道すがらも王妃は上機嫌で、彼女は仕立て屋とああでもないこうでもないと唸りながら藍華のためのドレス案をまとめた。


「ドレスを仕立てるのだから、ダンスの練習もしなくてはね。ベレイナで今流行ってるダンスがいくつかあるから、教師を手配しましょうか」


「えええ?」


「あなたは聖女だもの。王宮に呼ばれることだってあるのよ。晩餐とダンスはセットだもの。習っておかないと恥をかくのはあなたよ」


 その前に人前に出ることが前提なのはどういうことか。そう突っ込みたいが、やはり王妃を前にその言葉が出てくることはなかった。


 そもそも藍華は一般庶民なのである。日本に住んでいたときだってセレブとは無縁の生活だった。王妃の言う晩餐とダンスはもしかしなくても舞踏会ではないだろうか。


 舞踏会というと思い浮かべるのはおとぎ話に出てくる、あの華やかな世界だ。ガラスの靴を落とした主人公が憧れていたあれ。

 そんなものに自分が出席するというのか。口から心臓が飛び出る自信しかない。


「でも、わたし――」

「今後のことを考えるのなら、一通りの教養はあった方がよくってよ」


 王妃はにこやかに言い切った。

 藍華はぐっと押し黙る。これは彼女なりの親切なのだ。藍華は現在この国の第二王子クレイドによって庇護されている。作ったチョコレートが回復ポーションになり、多くの人々に注目されている。


 目立つことは好きではないが、何もしなければこの国の礼儀作法も分からず、結果として見くびられることになるだろう。


(研修だと思えばいい……)


 そう、これは会社の研修も同じだ。職種がとっても特殊なだけで、業務の一環だと思えば真面目な性根がむくむくと顔を出す。


「わかりました。王妃様。ぜひ、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

「わたくし、勤勉で向上心のある子は好きよ」


 王妃はそう言って艶やかな笑みを浮かべたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る