第15話 休日はフレンチトーストで2

 そうなると、周囲が放っておくはずがない。まず、王宮魔術師団の薬師が検証にやってきて、一緒にチョコレートをつくった。チョコレート自体にそのような効能があるのか調べるためだ。結果はアイカが作ったチョコレートだけが回復の効能を発揮した。


 魔法由来の傷や他人によって植え付けられた呪いにも効果を発揮することはクレイドが証明している。


「きみのチョコレートは貴重だからね。それに、回復ポーションとしての役目を抜きにしてもチョコレートはうまい。アイカ以外にも作れる人間が増えれば、この国の新たな産業になる」


「それはとってもいいことだと思いますよ! わたし、本当は食べ専だったんです。だから、この国にショコラティエが増えてくれれば、わたしも幸せです」


 アイカがうっとりと虚空を見つめる。どうやら大好きなチョコレート職人を思い出しているらしい。


 クレイドは何となくムッとした。彼女の好きな職人たちはみんな男の名前だからだ。そんなにも幸せそうな顔をしないで欲しい。


「あ。欲しいものが思い浮かびました」

「なんだ?」


「ええと、カカオ豆が欲しいです。こちらの世界でも、産地はいくつかあるんでしょうか。可能であれば、産地別に選別したものが欲しいな、なんて」

「産地別だと何かあるのか?」


「もちろんです! カカオは育った場所によって味や風味が違うんです! 酸味が強かったり、フルーティだったり。産地別のチョコバーを食べ比べるのも楽しいんですよね。お気に入りの産地を見つけたりして」


 チョコレート話になるとアイカは俄然生き生きしだす。瞳がキラキラして饒舌になる。そういうときの溌溂としたアイカも好ましいと思う。普段は思慮深く、どちらかというと大人しいのに、好きなものを語る時は少しだけ早口になるのが面白い。


「なるほど。じゃあ産地別にカカオ豆を集めさせよう」

「ありがとうございます!」


 満面の笑顔を向けられたクレイドは一瞬息を呑んでしまう。

 なにやら、胸の奥がむず痒い。まずいな、色々なことが、と思いながらフレンチトーストをぱくりと口に含んだところで、執事のサークウェルが近付いてきた。


 二人して彼へと顔を向ける。サークウェルは王城で長い間侍従を務めていた男である。年の頃は四十後半。もうまもなく五十に手が届く頃合いの偉丈夫だ。


 その彼の後ろには同じ年代の男女の姿があった。

 クレイドは思わず声を上げそうになったのだが、それを金髪の男性が止めた。そこに立つだけで人を圧倒するかのような存在感を示す気配を纏った彼だが、茶目っ気たっぷりに人差し指を口許にやって「しー」という擬音が聞こえてくるかのような忍び笑いを漏らした。


 アイカはそれに気が付いていない。

 まったく、遊び心にもほどがある。国王自ら正体を隠すとは。あとでアイカが知れば、いつぞやの土下座騒動に発展しそうだ。


「あ、お客さんですか。こんにちははじめまして」

 アイカが立ち上がり、膝を折り礼をした。


「こんにちは。可愛いお嬢さん」

「っ……」


 父の気障ったらしい台詞に、息子のクレイドの方がどう反応していいのか困ってしまう。ちなみにすぐ隣にいる王妃はすまし顔のままである。


「……ええと、クレイドさんのお知合いですか?」

「まあ……そんなところだ」


 アイカが客人とクレイドの顔を交互に見つめた。

 国王はふくふくと笑みを浮かべ、楽しそうにしている。今すぐ正体をばらしてやろうかと心の中で考えていたのだが、アイカが母である王妃と自分の顔を何度も見比べた。


 母とクレイドはよく似た面差しをしているのである。銀色の髪の毛も藍色の瞳もそっくりそのままだ。


「クレイドさんに似ている……そっくり……。ってもしかして、クレイドさんのお母様ですか? ということは……」

 自分で導き出した答えに、アイカの顔色がすぅっと白くなっていく。


「ドゲザはしなくていいんだ、アイカ!」


 クレイドが王の息子だと知ったときの反応を思い出し、咄嗟にそんなことを叫んでいた。

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