第7話 王都散策1

 生活リズムにも慣れてきたとある休息日、クレイドから街へ行かないかとお誘いを受けた。


 屋敷と騎士団と魔法師団の往復が基本の藍華は嬉しくて一も二もなく了承した。この世界に転移してひと月ほどが経過していた。実はツェーリエの街を歩いてみたいと密かに思っていたのだ。


「わぁ……! すごい、にぎやか!」


 馬車から飛び降りた藍華は年甲斐もなくはしゃぎ出す。目の前には行き交う人々と、メルヘンチックな建物たち。広場の中央には石碑が立てられ、下は丸い壇上になっている。その周辺では花や雑貨を売る人がいたり、または石段に座りパンを食べる人がいたりと、賑わいを見せている。

 海外旅行などしたこともない藍華である。異国の風景に好奇心が大いに満たされた。


「こらアイカ、ちょこまか動かれると護衛がしにくいだろう」

 後ろからくすくす笑いと共に苦情が持たらされる。


「すみません。クレイドさん」

「いや、構わないよ。アイカでも子供のようにはしゃいだりすんだな。新鮮だ」

「え……っと……。大人げなくてスミマセン」


 指摘をされた藍華は耳まで赤くなった。自覚があっただけに指摘されると恥ずかしい。

 しかもクレイドの前で子供じみた行動を見せてしまったことが妙に照れくさいのだ。


 その彼は、今日は騎士隊の制服ではなく白いシャツの上から上着を羽織り、暗い色のズボンにブーツというこざっぱりとした衣服を身に着けている。

 最初、街歩きに帯剣は必要ないのでは、と訝しく感じたものの、広場をざっと見渡した中で、クレイドと同じように腰に剣を下げている者たちが視界に映る。


「鎧姿の人や……女性剣士? すごい、スリットの入ったスカートが色っぽい……」


 ちょうど目の前を、ポニーテール姿の女性剣士らしき人物が横切った。太ももの真ん中あたりからスカートにスリットが入っている。なんて大胆な、と思えば今度は視界の端を全身ローブですっぽり覆った女性らしき人が歩いている。


 ゲームや漫画でよく見た光景が広がり、何やら感動が湧いてきてしまう。ここは本当に異世界なのだ。さすがに現代の地球ではこのような光景は目にかかれまい。


「ツェーリエは王都だから、色々な人間が闊歩している。もちろん、不届き者が入り込まないよう注意は怠っていないが」

「剣を持っている人は、傭兵か何かですか?」

「ああ。傭兵や冒険者が多い」

「冒険者!」


 それこそ漫画の世界である。


 いつまでも立ち止まっていると通行人の妨げになるため、クレイドに促され歩き出す。馬車や荷馬車も多く走っている。信号もないため慣れるまで戸惑りそうだ。まごつくたびにクレイドが藍華の腕を取り彼の方によせてくれるため、別の意味でもドギマギしてしまう。


(これってデートと呼べるのでは……? いやいや、ないない)


 などと一人突っ込みしてしまう。

 藍華が今いる場所はツェーリエの中心部、商業地区だとクレイドが教えてくれた。


「ツェーリエの治安はいい方だが、それでもたくさんの人間がいるから何が起こるか分からない。私から離れないように」


 真面目な口調で言われるから、デートというよりも引率の先生のようだ。これはあれだ。修学旅行で初めてやって来た土地にわくわくする生徒と彼らの暴走にヤキモキする先生の構図だ。

 藍華は好奇心と理性との間で、どうにか折り合いをつけることにする。


「はい。クレイドさん」

 しっかり頷くと、クレイドが少しだけ表情を和らげた。


「どこか行ってみたいところはあるか? ここには色々な店があるし、菓子店もある」

「お菓子! お菓子屋さんに行ってみたいです」

「わかった」


 食い気味に返事をすると、クレイドが苦笑交じりに頷いた。


 なんて色気のない娘だと思われているかもしれない。しかし、藍華も切実なのだ。本気でチョコレートが恋しい。そろそろ手持ちのチョコレートがなくなってしまう。その前にこの世界でチョコレートを探したい。


 クレイドの案内でいくつかの道を曲がり、通りを歩いて行く。

 商業地区というだけあって、通り沿いに立ち並ぶのは商店ばかりだ。店の壁からは鉄だか何だかで作られた見事な看板が飛び出ている。それらを見るだけでも楽しい。


「ああ、ここだ。今、ツェーリエの女性たちに人気らしい」


 彼の言葉通り、その店は多くの人々で賑わっている。

 クレイドが扉を開けてくれ、店内に入るとカウンターにはずらりと焼き菓子が並べられている。


「あの。お給料がまだなので、前借させていただければ……」


 順番待ちをしている間に、大切なことを思い出した藍華が上司でもあるクレイドに申し出ると、彼は目を丸くして、そのあと噴き出した。


「アイカ、私はお菓子も買えないような甲斐性なしに見えるのか?」

「いえ、滅相もない」


 彼は王子様だ。お菓子くらい、山のように買えるご身分である。


「だったら、欲しいと思った菓子をなんでも言ってくれ。なんなら、店ごと買い取るか?」

「まさか!」


 大慌てで両手を前で振ると、彼がさらに噴き出した。どうやらからかわれただけらしい。しかし、クレイドが言うとシャレにならないのだから、冗談はもう少し分かりやすいものにして欲しい。


 などという会話をしていると、藍華の順番が回ってきた。


 カウンターと、その奥の棚に菓子がたくさん並んでいる。焼き菓子が多く、生菓子の類、たとえばショートケーキなどは置いていない。

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