キツネとタヌキ

遊真野 蜜柑(ゆまの みかん)

赤と緑とアイツと俺

商店街の明るい通りをトボトボと歩いて目的のスーパーへと向かっていた。

「はぁ……」

出てくるのは溜息だ。

冬空の寒さで吐く息が白く煙った。


今日は、仕事でミスを連発しまくった。


初めは簡単な入力ミスだったんだが何回もしてしまったり、机にコーヒーをこぼしてしまったり、書きかけのデータ保存するの忘れてやり直したり……。


挙げればキリが無い。



そりゃそうだよな。



俺は昨日7年付き合った彼女に振られた。

大学時代から付き合っててお互いの親にも紹介し合ってて……最近ブライダルフェアにも行ってそろそろ結婚…なんて冗談交じり笑い合ってて


サプライズでプロポーズする筈の昨日


テーマパークに出掛ける前の待ち合わせ場所でアッサリと振られてしまった。


思い出してしまい泣きそうな気分になる。




…………テーマパーク前売り券じゃなくてよかった…………マジで。




そんなことを考えながらスーパーにたどり着く。

まともに自炊する気にはなれなくて、惣菜と弁当コーナーに一直線だ。


とは言っても、もう夜の8時過ぎだ。

惣菜コーナーや弁当コーナーには余り物的にチラホラと残ってるだけだ。


デミグラスソースのオムライス

あぁ……たまにアイツが作ってくれたよなぁ。

作る度に卵破ける事減っていって…最後に作ってくれた時なんかタンポポオムライスになってて……


懐かしい思い出が蘇る。


オムライスは駄目だ。

思い出が辛い。


次の弁当へと目を移す。


チキンカツ弁当

チキンカツがドドーンと弁当の半分以上の大きさでとても存在感がある。

正直、重そう。


チキンカツ弁当はパスだな、パス。


そうすると弁当は他にはもう無い様なのでどうするかな……



温かいもの食べたいし、カップ麺にするか……。

彼女と過ごしてた時には余り食べていなかった一人暮らしの定番、お手軽カップ麺様。


カップ麺コーナーへと移動し、何を買うか迷う。


うどん、そば、ラーメン、焼きそば。

パスタもあるな……


悩むねぇ。


彼女と別れた事で仕事でミスしまくって自暴自棄にならないだけマシだと思う。

飯食おうと思えるだけまだマシだ。


ふと赤いきつねと隣に並んでる緑のたぬきに目が行く。

大学時代バイト代が尽きて金欠だったりした時は仕送りの赤いきつねと緑のたぬきを二人で食べたりしたな。

俺んちには緑のたぬきが、アイツんちには赤いきつねが仕送りで届いて。

よくカップ麺持って家に来て食べたなー。


俺がそば食べて、アイツがうどん食べて……

途中で交換して食べて……

お揚げいつ食べる、かき揚げいつ食べるって喧嘩した事もあったな……


そんな些細な思い出が手伝ってか、腹が減っていた俺は赤いきつねと緑のたぬきを1つずつカゴに入れた。

ついでに適当に発泡酒やつまみになりそうな値引きの刺身や柿ピーやあたりめ等をカゴに放り込んで会計へと向かった。



アパートの部屋に戻り炬燵のスイッチを入れケトルに水を入れ沸くのを待つ間に買ってきた物をコタツの上に広げモゾモゾと炬燵に入る。

まだ暖まってない炬燵は寒いが買ってきた発泡酒に手を伸ばす。


プシュッ

缶の開く小気味良い音が部屋に響く。

すぐさま俺は缶に口を付けグイッと呷る。


久々に飲んだ酒の味は余り美味いとは思えない。


もう一口、二口と飲んで買ってきた物に目を向ける。


あー…刺身用に醤油と生姜とワサビ取りに行かなきゃなー……


のそのそと炬燵から出ると丁度お湯が沸いたのでついでに飯の準備に取り掛かる。


まぁ、包装破いてお湯入れるだけなんだけどさ。


うどんとそばどちらを食うか悩む。

いつもならそばだけど、今日はうどんも食べたい…


…ヤケ食いしてもいいんじゃないか?


お湯はたっぷり準備してある。


ヤケ食いを決意してカップ麺の包装を2つとも破り、作る。


お湯を注いで待つこと五分。


その間、ちびちびと発泡酒を飲みながら買ってきた刺身を食べる。


テレビを付けるとお笑い芸人が漫才やコントをしていた。


明日も仕事だしさっさと食べて風呂入って寝よ


出来上がった両方のカップ麺の蓋を開ける。


アイツはかき揚げは後乗せ派だったなぁ


なんとなく思い出に浸りながら食べているのは酒の力と、多分懐かしいこのうどんとそばの匂いのせいだ。


ズルルルルッ

ズルルル

ズズッ


「ふはぁ……あっつ……」

麺を食べつつ汁を飲むとどうしても暑くなってくる

タイマーで付けていたエアコンのスイッチを切り、発泡酒をグビッと飲みながらまた麺を食う。


俺はアイツが仕事に悩んでるのをわかってて見ないふりした。

結婚したいのは仕事を辞めたいからだと冗談交じりに言っていた。


考えながらかき揚げの包装を外し汁に少しだけ付けて囓る。


ズルルルルッ

ザクッ

ズルルルルッ

シャクッ

ズルルル

ゴクッ



「はぁ……食った……流石に2個はきついや……」



仕事や転職の相談をしていた同僚と最終的に浮気している事も知っていた。

それでも俺を選んでくれると思っていた。


満腹感と炬燵の暖かさで眠気に襲われ、そのまま後ろに倒れて目を閉じる。


昨日の場面を思い出す。


……私には勿体ない位優しい貴方をこれ以上傷付けたくない……

……夏に子供が産まれるの……

……ごめんね……さよなら……



終わりは呆気なくて寂しさや虚しさや悲しさや悔しさで一杯だ。

でも、結果的に別れることを決めたのは俺達二人だから。


決めた事だから。


二人でカップ麺食べて笑い合ってた幸せな時を思い出して不意に涙腺が緩む。

俺は目を開けて起き上がりテーブルの上の容器を見る

あの頃のように2つ並んでる赤いきつねと緑のたぬき。


思い出すのは幸せだった頃。


俺にとってこの赤と緑は幸せの色だ。


かけがえのない大切な思い出。


幸せだったあの頃を噛み締めて俺はゆっくりと立ち上がる。


残った汁を流しに捨てると


静かに赤と緑の容器を重ね合わせてゴミに捨てる。


簡単には捨てれない感情を今後、緑のたぬきを食べることでゆっくりと思い出に変えて行こうと思う。






完。




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キツネとタヌキ 遊真野 蜜柑(ゆまの みかん) @yukiusa09

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