第42話 最後はあなたの手で
「うぅぅ、うぅぅぅ、宙、そらぁぁ~~」
不明瞭な鳴き声を上げた博士は、うずくまると頭を抱えこんで咽び泣いてしまった。その背中にそっと寄り添い、SOL-Aiは打って変わって優しく語り掛ける。
「私を作ってくれてありがとう。宙は照れくさくて中々言えなかったみたいだけど、今から言う事はまぎれもなく彼女の本心よ。いつまでも愛してるわ、あなた」
ぐちゃぐちゃの顔を上げた博士が、憑き物が落ちたかのように安らかな表情になっていく。この世界を作り上げた黒幕は……ただ普通の幸せを追い求めただけだった父親は、一筋の涙を流しすぅっと目を閉じた。その身体が淡い光に包まれていく。
「いつかきっと、また会えるから」
優しく抱きしめた妻の腕の中で、博士は青い光となって消えていった。人工知能は天に昇っていくそれをじっと見送る。
「お母さん……」
そっと呼びかけると、母は膝を払いながら立ち上がる。振り向いた彼女は両手を広げて穏やかに笑っていた。
「さぁ、この世界を終わりにしましょう」
そう言われたヤコは、そうだ、とポケットの中から携帯端末を取り出す。中に居るニアの指示に従っていくつかのタップをしていくと、突然ぶるっと震えた画面から青い光が飛び出した。床に着弾したデータは、懐かしい姿でむくりと起き上がる。
「んぁぁ~っ、やーっと出れた! よく考えればもう管理者も居ないし、隠れてる必要も無かったか」
「ニアさん!」
笑顔で呼びかけると、伸びをしていた彼はこちらに振り向いた。にへらと笑うと軽く手を上げる。
「おひさ~、よく頑張ったね」
「えへへ、皆さんが助けてくれたおかげです」
そこまで言ったヤコははたと気づく。一気に青ざめると入ってきた入り口の方を振り向いた。
「あぁっ、そういえばレイさんとハジメさんっ」
「あー、やられちゃったみたいだね。でも大丈夫、あっちの世界でみんなすぐ起きられるよ」
それなら安心だと胸を撫でおろす。彼らが居てくれて本当に助かった。一人では到底ここまでたどり着けなかっただろうから。
「……」
その時、少し離れた位置にいた母がじっとこちらを見つめている事に気づいた。実体化したニアを見ているようだが、その視線はどこか訝し気な物だった。しかしハッと目を見開くと固まってしまう。
「お母さん?」
不思議に思って呼びかけると、彼女は我に返った。だが何かを言う前に、横に居たニアがおどけたように割り込んでくる。
「どーもどーも、初めましてヤコちゃんのお母さま。娘さんと結婚を前提にお付き合いさせて頂きたいニアと申します! 血液型AB型! 趣味はハッキング! 生まれも育ちも電脳ヲタクでございます!」
またもゼロ距離で肩を組んできたので、ヤコは真っ赤になって横隔膜辺りをドスッと突く。
「なっ、何いってるんですか!!」
「ぐげェーッ、ナイス抉り!」
そこからやいのやいのとやっていると、クスッと笑う声が聞こえた。振り向けば口元に手をあてて母が笑っていた。
「あー、おかしい。よぞらがそんな大声出すなんて、面白い人ね」
「ち、違っ、ニアさんとはそういうんじゃ……っ」
わたわたと否定していると、ニアをジッと見つめた母は微かに微笑んだ。
「……そう、あなたも……」
「?」
その笑みが、どこか切なそうに見えたのは気のせいだろうか? けれども、その理由を尋ねる前に彼女は話を先へと進めてしまう。
「それじゃあ、ニア君に手段があるみたいだし任せようかしら?」
「ね、ねぇっ、やっぱりこの世界をパンク?させなきゃダメなのかな、お父さんも目が覚めたなら外から止めてくれるかもしれないし」
「あらダメよ」
そっちの方が平和的じゃないかと訴えるのだが、苦笑した母はそれを否定した。
「あの人がそんな踏ん切りつけられるわけないわ。やっぱり誰かがちゃーんと引導を渡してあげないとね」
確かに、とヤコもつられて苦笑する。自分の優柔不断さは父譲りだった事を思い出したのだ。
白いワンピースの裾をひるがえした人工知能は、ドームの中央へ歩き出す。首だけ振り返りながら掲げた右手には青い光が宿っていた。
「私は何かあるといけないから、中天に居るわ。できるだけ元の位置にいた方がいいと思うし」
「あ、じゃあついでにシステム保持お願いしてもいいスか? 致命的なエラーとか吐かれちゃたまんないんで」
「はいはーい、っていうか管理者権限持ってるけどそれ渡した方がいい?」
「じゃあ一部だけ許可下さい。空間座標だけでいいんで」
「オッケー、承認」
「助かります」
ヤコにはよく分からないやり取りを母とニアが交わしている。記憶の中の母は自分と同じく機械類がニガテだったはずだが、そこはやはり人工知能ということで違うのだろうか。
自分も起きたら少し勉強してみようかと考えていたヤコは、準備を終えたらしい先輩に呼ばれてそちらに行った。母が向かった中央は天からの月明りが射し込み明るいのだが、こちらは暗がりだ。そんな場所で改めて真正面から向き合うと気恥ずかしくなってしまう。ヤコが視線を落としてモジモジとしている間に準備は整ったらしい、ピローンと音がして、二人の間にウィンドウ画面のような物が出現する。
「わっ」
「準備完了っと。あとはこの実行ボタンを押すだけ」
そう言われて、ヤコは身を屈めてぼんやりと光る文字をまじまじと見つめた。
次のプログラムにこのコンピュータへの変更を許可しますか?
xxxxxxxxx
「はい」「いいえ」
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