第37話 人材評価システム
この世界が、ゲーム? 言っている意味が分からず3人は固まる。
「日本で一番おっきなスパコンあるでしょ? あれをちょこっとだけお借りして、この建造物とか君たちが乗ってきた船とか、吹いてる風や太陽、月、雨の気象変動、私や君たちがいま動かしてるアバターのモデリングとか構築してるんだ。だからこの指先一つの挙動も全部0と1で出来たデジタルデータなんだよ」
ぽかんとする一同の中で、真っ先に反応したのはやはりハジメだった。噛みつくように叫ぶ。
「バカな! これが現実じゃないだと?」
「証拠みせるよー、ちょっと待っててねー」
どこか浮かれ気分で手元のパネルを操作した博士は、ルンルンと鼻歌など歌いながら実行ボタンを押した。途端にレイとハジメの身体が光に包まれ分解され始める。悲鳴を上げたヤコは父に向かって止めるよう叫んだ。
「やめてお父さん!」
「あはは、ごめんごめん。でもこれで信じて貰えたでしょう?」
軽い冗談だよぉ、と笑う博士だったが、底知れぬ恐怖が子供たちを包み込んでいた。たとえここが電脳世界だとしても分解されてしまえば現実ではどうなるのか。ただ目が覚めるだけ? それとも……。底が読めない博士の一挙一動に背筋が冷たくなる。
3人は目配せして互いの出方を伺っていたが、やはり話を進めたのはレイだった。小さく挙手した彼女はかすかに震えながら問いかける。
「わかりました、ここが電脳世界だと仮定して話を進めます。それで、何が目的でこんなことをしているんです?」
話している内に調子が戻ってきたのか、レイはいつもの凛とした眼差しで相手を問い詰めていく。
「博士、あなたは最初に『ゲームクリア』といった。子供たちを何百……いや、他の船も含めたら何千人? この世界に放り込んで何をしたかったんです。個人の趣味というにはスケールが大きすぎる」
ほけっとした表情の博士は、やはりどこからどう見ても人畜無害な一般人にしか見えない。町内会のゴミ拾いをしているのがお似合いだ。動機を問いただすと、彼は破顔した。
「あぁ、そのことかぁ。僕はね、君のお父さんから依頼されてこのメタバース世界『
博士がピッと指を一本立てると、途端に周りのモニターに無数の映像が映し出される。それは今も各地で奮闘している子供たちの顔だった。写真の横には何かのデータのように棒グラフが伸びている。中には白黒になっている子供も居て、その意味を悟ったヤコはぞっとする。
「この『移動要塞船に乗って』のシナリオは、君たち次世代の子供たちの素質を見抜くリアルなVRPG……バーチャルなオリエンテーションプログラムなんだ。君たちがこの世界に来てからの行動データは全てサーバーに保存されている。大人たちの居なくなった世界において何も分からない子供たちはどのように動くか? 意思、行動、選択、集団組織における己の役割。これらはとても貴重なデータになるんだよ」
ここでレイを指した博士は、手元に何らかのデータを表示させる。空中に表示されるディスプレイには「SS」と表記されているのが見えた。
「例えば
「いや待て、意識をフルダイブさせるにしても、俺たちはそんな動作をした覚えがない!」
ハジメの指摘ももっともだ。ヤコは青い雪が降った『終焉の日』の朝を思い出した。どこまでが現実でどこからがパソコンの中の世界だったのかまるで区別がつかない。何なら今でもここが現実なのではと疑っている。
「あぁ、それは簡単だよ。これをご覧」
博士は人差し指に乗せた極小の何かを差し出した。こんな距離では見えるはずもなく、ヤコ達は怪訝な顔をする。ごめんごめんと呟いた博士はまたもディスプレイに画像を表示させた。
「これは1ミリほどのデバイスなんだ。君たちも小さい頃に予防接種を受けただろう? 千本木製薬はそこに極秘でこのチップを何万個か混入させていた」
ひっ、とレイから小さな悲鳴が漏れ出る。彼女は顔面蒼白になって話の行く末を聞くしかない。
「体内に入り込んだチップは数年かかけて脳までたどり着く。そして電極を脳幹に差し込むと、五感を電気信号として入力可能となる。あとは外部から操作してやればシームレスに……それこそ現実と錯覚するぐらい自然に電脳世界にダイブできるってスグレモノさ! いやぁ、すごいよね」
だからこの世界には子供たちしか居なかったのか。千本木製薬と言えば国内最大手の製薬会社だ。そこがそんな事を秘密裏に行っていたなど、とんだスキャンダルである。
「そんな……狂ってる、本人の承諾なしにそんな物を混入させるなんて人体実験もいいところじゃないか……」
その会社の跡継ぎらしいレイが全身をわなわなと震わせる。激昂した彼女は足元をダンッと踏みしめ叫んだ。
「こんなことは決して許されることではない! この世界でどれだけの子供たちが傷ついたと思っているんだ! 私は告発するぞ、たとえそのような非道な行いをしたのが我が父だとしても……いや、身内だからこそ法の裁きに掛けて罪を自覚して貰う! 博士、あなたにもだ!」
「えぇぇ、そんな怖いこと言わないでよぉぉ、だってこれには国も一枚噛んでるんだよ? 国家も巻き込んだプロジェクトなんだから」
「は」
国? と、さすがのレイも面食らう。だが彼女は頭を振りたくると反論した。
「たとえそうだとしても私は必ず世間に公表を! っ、あのクソ親父!! 前々から外道だとは思っていたが倫理観を母親の腹の中に置いて来たのか!? 目が覚めたら縁切ってやるクソ!!」
「落ち着けレイ、あの社長に逆らったら――」
それをなだめようとしたハジメに怒りの矛先が向かう。
「お前もあの男につくのか! 私の従者なんだから味方になってくれたって良いだろう!」
「お、俺が親父に殺される……」
タジタジになる二人の現実世界での関係性が少し見えた気がしたが、ヤコはそれよりも気になる事があった。
「お父さん、私まだよく分かってないんだけど、ここはつまりパソコンの中の世界で、現実じゃないってこと、だよね?」
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