第27話 カメラロール

 受け取ったスマホの電源を入れて動作確認をしてみる。期待はしていなかったが電波は当然圏外だった。マップアプリもトークアプリもダメ。通信機器としての機能を諦めたヤコは、最後にアルバムのアプリを立ち上げた。ローカルストレージに保存していた写真がサムネイルでズラリと表示される。鮮やかな夕焼け、近所のケーキ屋さんの新作、道端の草花、学校の帰り道で撫でさせてくれた野良猫――そんな何気ない写真だが、今となっては失われてしまった日常を一枚ずつめくっていくと、2年前に父と遊園地に行ったときの写真が出てきた。メリーゴーランドの前で誰かに頼んで撮って貰った物だ。データが破損しかけているのか、画像にはノイズが走っていたが、雫がポタリと落ちてそこを覆い隠す。

「優しそう、お父さん?」

「っふ……、っく、はい」

 涙を拭いながら頷く。父と最後に交わしたやりとりを思い出したヤコは、激しい後悔に苛まれた。

「あの青い雪が降った朝、私お父さんとケンカしちゃったんです。ワケの分からない事ばっか言ってないで、ちゃんと働いてよって」

 母が交通事故で亡くなってからというもの、父はヤコとの時間を大切にするようになった。会社を辞め、常に家に居てくれるのは幼い時は嬉しかったが、思春期という微妙な時期に差し掛かったヤコにとって、やたらと干渉してくる父を煩わしく感じてしまっていたのも事実だ。

「もうすぐお母さんが帰ってくるってそればっかり……私、新しいお母さんなんて要らなかったのに、っ」

「……」

「私、バカです。一度別れたらもう二度と会えないこともあるって、お母さんの時で分かってたはずなのに」

 しばらくぐすぐすと泣きぐずる。その時、誰が操作したわけでも無いのにどこからかポーンと電子的な音が鳴った。驚いて顔を上げると、続けて柔らかい女性のナレーションがスピーカーから降ってくる。

『本日は当プラネタリウムにお越し下さいましてありがとうございます。当館は歴史あるW市の援助を受けて、20××年6月に完成したものであり――』

「あれ、上映プログラムでも始まったかな?」

 のんきに言うニアだったが、続く内容を聞いたヤコは大きく目を見開いた。

『皆さんもご存じの通り、青い雪が降りしきる『終焉の日』を境に世界は一変しました。街は砂に呑み込まれ、残された子供たちは星々の船に乗り込み世界をめぐったのです』

「これ……おかしくないですか? 私たちの事、話してる」

 あの日の事を語れるのは、文明崩壊後でしかないはずなのに。

 流暢な説明に合わせるように、スクリーンに砂漠を移動する大型船の映像が映し出された。ざわりと不穏な気が全身を包む。それは間違いなく自分たちが乗り込んでいるフォーマルハウトと同じ型だったのだから。

『なんとか力を合わせ生活していた子供たちでしたが、星船の内部に蓄積されたエネルギーは次第に枯渇し、一機、また一機と停止していきました』

「えっ……」

 あまりにも不吉な予言に顔が強ばる。映像の中の星船は次々に停止し、砂の中へ埋もれていった。

『ですが、あの星……##name1##だけは全天の中心・ポーラスターにたどり着き、新天地へと旅立って行きました。かの船は未来へ向けて走り出したのです』

 新天地? ネームワンとは何のことだろう? ポーラスターは分かる。北極星のことだ。全天の中で唯一動かず、はるか昔から旅人たちの道標となっていた星の名前をヤコは口の中で転がす。

『子供たちよ、##name1##の子らよ、ポーラスターを目指すのです。星座盤の導きのままに……』

 ドラマチックに語り終えたナレーションはブツリと切れる。それと同時にカチッと音がして、投影機から何かの円盤が吐き出された。それを手に取ったヤコはまじまじと眺めてみた。お皿ほどの平面で薄さは2ミリほど。全体を深い青色で塗装されており、銀の星々がちりばめられた模様は確かに星座盤に見えなくもなかった。受け取ったニアが驚いたように言う。

「これ、データROMだよ、フォーマルハウトに同じ規格のがある」

「ロム?」

「うん、船の速度調整とか、配給食料の種類を増やすのにも、全部船のどこかにあったロムをコンソール室にインストールすることで機能解放されたんだけど――ああ、なるほど、これをウチの船にインスコすれば、さっきの##name1##ってところに『フォーマルハウト』って単語が入るのかな?」

「?? ???」

「もしかしたらそれで目的地が新しく設定セットされる? そういう意味では星座盤、導きのポーラスターか。……でも、それが何でこんなところに」

 機械関係に疎いヤコは目を白黒させるしかない。一人でブツブツと呟いていたニアは、しばらくしてこちらに振り向いた。

「まぁ、これは持って帰って調べてみるよ。そろそろ行こうか」

 時計を見れば、船を出てからすでに3時間が経過していた。ここから市街地へ向かっている船に合流するには――うん、夜明けまでには充分間に合うだろう。

 探索はここまでだ。そう区切りをつけたヤコは改めて礼を言うことにした。

「ニアさん、一緒に来てくれてありがとうございました。謎の声の正体は分からなかったけど、お父さんの写真も見られたし、来て良かったです」

 ペコリと頭を下げて顔を上げる。こちらを見下ろしていたニアは、フッと笑うとこんな事を言った。

「ねぇヤコちゃん。さっきの話だけどさ、僕が思うにたとえケンカ別れしちゃったとしてもお父さんは怒ってないと思うんだよね」

「え?」

「だって、ヤコちゃんが優しいのは、出会って数か月の僕らでも分かるぐらいだし。きっとお父さんも本当のところは分かってたよ」

 優しい声で言われて目を見開く。じわりとにじんだ涙を見られないように俯いたヤコは、胸元を握りしめながら言った。

「そう……でしょうか。そうだと、いいなぁ」

 それが残された者への慰めでしかないとしても嬉しかった。軽く笑い合って、改めて二人は投影ドームから出ようとする。その背中を見つめながらヤコはぼんやりと思った。

(ニアさんの方がよっぽど優しいと思うんだけどな)

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