第9話 中二のいつメン
目を開けて押さえると、ハジメは「あぁ」と、合点が言ったようにつぶやいた。
「お前の刻印はそこか。心配することはない、覚醒者は全員どこかしらに印がある」
彼が無造作に黒い皮手袋を引き抜くと、右手の甲に痣らしきものがあった。ヤコの背中にある物と図案が少し似ている。
「刻印が発現しているのならなおさら自信を持てばいい。やってみろ」
「っ、わかりました!」
再度、目を閉じて氣の流れを追う。赤い光が自分の足に集まるよう思い描いた。ここだ!というタイミングで師匠から指示が入る。
「よし、走れ!」
「はいっ!」
強く、早く、と念じたヤコは、グッと足に力を込めて『思いっきり』地面を蹴った。
「え……」
そして気づく。前に走るつもりだったのが、なぜか宙を駆けている。推進力を保ったままのヤコは悲鳴をあげながら、すさまじい勢いで訓練場の天井に突っ込んでいった。
「……」
言葉を失うハジメの視線の先で、落下したヤコが床にべちょりと叩きつけられる。前途が思いやられるその様に、彼は頭を抱えてため息をついたのだった。
***
クルーとして日々のタスクをこなし、ハジメと鬼のような量の特訓をし、そして部屋に帰り死んだように眠る。そんな日々を繰り返すヤコに、冗談ではなく悲しんでいる暇など無かった。
(しんどい……!)
あの時は二つ返事で了承してしまったが、よく考えるとこの二重生活は普通のガードより厳しいのでは? 食堂でカレーライスのスプーンを咥えながら、ヤコはそんな事を考える。真向いのツクロイが目の前で手を振って呼びかけた。
「ちょっとヤコ、大丈夫? 焦点合ってないわよ」
「ふぁ、起きてる。生きてるます」
日本語もあやしくなりながらハッと我に返る。ツクロイは苦笑しながらスプーンを振っていた。
「ま、精神的にクるのも分かるけどね。どう? ここの生活にちょっとは慣れた?」
「あ、うん。みんな優しいし――」
「よーっす! オレも同席していい?」
頷こうとした時、調理場の方からお盆を抱えた男がやってきた。広く額を出した明るい雰囲気の彼を見て、ツクロイがゲッと声を上げる。
「出たわねお調子者。調理班が昼時にサボるんじゃないわよ」
「サボりじゃなくてれっきとした休憩ですぅ~、これから戦争だから先休んどけってセンパイが。ヤコちゃんどう? 今日のカレーはオレが仕込みしたんだ、改心の出来っしょ?」
「おいしいよ、ナツハ君。料理上手なんだね」
笑顔で答えると、
「だろー! オレん家、定食屋だったんだ。いやぁ~まさかツクロイにこんな可愛い友達が居たとはなぁー」
「ナンパならよそでやりなさいよっ、つーかヤコに手を出すな!」
「痛ァ!」
投げられたスプーンがデコにヒットし、ナツハが悶絶する。そこから始まるやりとりにクスリと笑っていると、辺りから同学年の子供たちが集まってきた。
「まーたやってるよ夫婦漫才。ナツハも懲りねぇなー」
「ほんとに大丈夫? ヤコちゃん。何か困ったことがあったらすぐに言ってね」
黒髪を二つ結びにした女子に気遣われ、ヤコは柔らかく微笑み返した。
「ありがとう。みんな親切で本当に助かってるよ。早くみんなの役に立てるよう私も頑張るからね」
ヤコの言葉に、その場にいた者たちの間にホワッとした空気が広がる。口喧嘩をしていたツクロイたちも毒気を抜かれたのか苦笑しながら黙り込んだ。すると突然、ニマニマし出したナツハが思い切り拳を突き上げる。
「っしゃあ! オレら中二メンツがこの船を盛り上げていこうぜー!」
食堂中に響き渡る大声に、皆は軽く笑ったがまんざらでもないようだった。
「まったくナツハは、すーぐ調子に乗るんだから」
「でもそうよね。あたしたちにだってできる事はあるかもしれないもんね」
「前向きさって大事だよな。あーギターがありゃなぁ、夜の自由時間でみんなの好きな曲やってやれるのに」
「今度の街探索で探してみようよ。私、吹奏楽部だったからサックスできるよ」
「マジで? バンド組むか!」
見知らぬ者同士が集まり、精いっぱい希望を持とうとしている。その光景にヤコはなんだか胸が熱くなった。
「オレらは仲間だ! これからも助け合って、この世界を生き抜こうぜ!」
「ま、そのためにはガードの皆さんに護ってもらわなきゃいけないんだけどね~」
「良いんだよ、オレらはそれを支えるのが仕事なんだから」
だが、からかうようなツクロイの言葉にヤコはドキッとする。それに気づいた様子もなく、周囲はこの船の守護神について瞳を輝かせて語りだした。
「きっとこの船は大丈夫だよ、だってガードの人たちがあんなに強いんだもん!」
「もう無敵! って感じだよね。あー、憧れちゃうなぁ、レイ様~」
「……」
口をはさめず、無言で皆の話を聞く。落ち着け、この船は盤石の守りで固められている。きっと自分の出る幕なんかないはずだ。このまま彼らと同じ『守られる側』に溶け込んでいける……。そう考えたヤコは、笑みを浮かべて話の輪に入ろうとした。
「だよね、私もレイ様に保護して貰ったんだ」
「えー、話くわしく聞かせて!」
「うん、私もこれから『一般クルーとして』あの人たちを支えていきたいって思って――」
その時、視界の端に居た人物と目が合い、笑顔が引きつるのを感じた。その人物は曖昧な笑顔を浮かべると、軽く手を振って食堂を出ていく。特徴的なポニーテールがふわっと揺れた。
「ナナちゃん……」
「えっ、ナナちゃん? どこどこ? あ~ん、お話ししたかった~」
「ナナちゃん様と言えばさ――」
めまぐるしく話題が移り変わる中、ヤコは後ろめたさにギュッと胸を掴んで黙り込んだ。そういえば初日から忙しくて、なんだかんだと顔を合わせられずに来てしまった。レイから『ガード保留』の件は聞いたのだろうか。
(ごめんね……)
あんなにも喜んでいた彼女には忍びないが、やはり自分には無理な気がする。
モヤモヤとしたものを抱えていると、周りは午後の予定について盛り上がっていた。
「いけない、そろそろ小4クラスへ授業してあげる時間だ、早く食べなきゃ」
「イェー! 算数なら任せろ! 分数得意だったぜ!」
拳を突き上げるナツハを横に、ツクロイが半笑いを浮かべながらツッコミを入れた。
「忘れてるようだけど、その後のコマで、あたしらが先輩から数学の授業受ける側だからねー」
「因数分解って何なんだよォ! それこの世界で使う!?」
アハハハと周囲と一緒になって笑うものの、ヤコの心中はどこか晴れなかった。
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