第8話 ガード見習い

「本当ですかっ」

「ただし!」

 意気込んで前のめりになったところで、目の前に指を突き立てられる。ひっくと息を呑んだヤコは目を瞬いた。

「いざという時の為に、力の使い方と訓練だけはきっちりつけさせて貰う。それが俺からの条件だ」

 つまりはガード見習いということなのだろう。最大限譲歩してくれたのだと考えると、受け入れる他なかった。

「は、はいっ! わかりました、それでしばらくはお願いします!」

 助かった。その準備期間で自分のダメっぷりを見せつければ、彼もムリに戦場に出ろとは言わないだろう。たぶん。

 勢いをつけてペコリと頭を下げる。身の振り方が決まってホッとしたのもつかの間、間髪入れずに事態は進んだ。

「よし、そうと決まればついてこい」

「……へ?」

 思わずマヌケな声を出すと、いきなり首の後ろ襟をむんずと掴まれ引きずられる。トットッと移動しながら慌てて手を振り回した。

「は、ハジメさんっ? 待って、どこへ」

「ここで暴れるわけにはいかないだろう。訓練場だ」

「いきなりですかっ!?」

 ぎょっとして顔を向けると、こちらを見下ろす切れ長の瞳と目があった。気の毒そうに目を細めたハジメは、奇妙な事を聞いてくる。

「朝食は食べたのか?」

「す、少し……?」

「戻すなよ」

 不穏な発言にサーっと青ざめる。それはつまり、吐いてしまうほど厳しい訓練が待ち受けているという事では。

「安心しろ、明日ギリギリ動ける程度には手加減してやるから」

「待って、何ですかそれ聞いてない!」

 涙目になりながら引きずられていく。


 その日から、ヤコの一般クルーとガード見習いとしての二重生活が始まった。


 ***


「よかったねー、一緒の配属になれて」

「う、うん、そうだね……」

 数日が経ち、ヤコはツクロイと並んで大判のシーツを物干し竿に掛けていた。

 ここは展望ルームから外へ出た外周リングの上。整然と並んだ白いシーツは本日の抜けるような快晴の下で風を含みゆるく踊っていた。洗濯ばさみを受け取り、シーツが飛んでいかないように固定する。少し離れたところでは見張り番が双眼鏡を覗いていたが、今日はどうやら襲撃の気配は無さそうだった。

 船での起床は朝7時が基本だ。身支度を整え、食堂で朝食を受け取り、8時には各々が共同生活を維持するために必要な作業に赴く。

 先だっての希望通り、ヤコは衣類・リネン班へと配属されツクロイの元に付く事になった。まだ数日だが、仕事はそこそこ覚えてきていると思う。一般クルーとしての生活に問題はない。問題なのは――

「なぁ、新しく入ったヤコってアンタ?」

「はい、そうですけど……?」

 中の展望室から顔を出した同年代の少年が声を掛けてくる。嫌な予感がしながらシーツをカゴに戻すと、用件が伝えられた。

「ハジメさんが呼んでたよ。1330ヒトサンサンマル集合だって」

「ひっ……!」

 バッと、近くの時計を振り仰ぐ。壁に取り付けられた文字盤の長針に目を凝らすと、時間まではあと数分も無いようだった。

「ツクちゃんごめん! ちょっと抜けるね」

「許可出てるからそれはいいけど……平気? 何かあったら言いなよ?」

「ありがとう!」

 心配そうな顔で見送るツクロイに礼を言い駆け出す。ここから訓練場へは道を間違わなければギリギリ間に合うはずだ!


 そもそも、この移動要塞船『フォーマルハウト』の内部は大まかに、縦半分にした後、輪切りにした階層で区分けされている。表と呼ばれる部分は主な居住区だ。部屋や食堂など一般クルーはこちら側で生活をしている。そして裏側には船のシステム全体を担う機関部などがあるという。専門的な任務を受け持つ者以外はあまり立ち入らないところなのだが――

「間に合ったか。経路はだいぶ覚えてきたようだな」

「っはぁ……はぁ……ひどいです……ハジメさん……」

 訓練場は、その裏側3階にあった。広さは、学校の体育館を縦にも横にも3倍にしたほど。船内内部と同じく黒の材質で作られているのでサイバー感がある。

 何とか集合時間に間に合ったヤコは、膝に手をつきながら苦言を呈した。

「試すようなマネとか、やめてくださいよぉ……」

 彼との特訓はいつもこうだ。クルーとしての仕事をしていると、いきなり呼び出しを喰らって間に合うかどうかのテストをされるのである。今日は何とかなったが、初日は道を間違えて間に合わなかった事を思い出す。罰と称して追加されてしまった地獄の特訓メニューはうっかりトラウマになりそうな厳しさだった。だがハジメは少しも悪びれた様子はなく、腕を組んで冷静に言い返した。

「何を言う、緊急時に迷子になっていたなどとシャレにならんぞ。方向音痴のせいでクルーを殺したくは無いだろう」

「でもぉ……」

「肝に銘じておけ、一秒一殺だ!」

 鬼の隊長は口答えする間も与えてくれない。すぐさま今日の特訓メニューが始まった。

「まずは走り込み往復200回!」

「うわぁぁん」

 スパルタだ、鬼軍曹だ。ヤコは涙目になりながら走りだした。

 船内でこれだけ大きく動ける空間は他にはないので、訓練場はガードが訓練で使わない日などは一般クルーにも開放されている。その証拠にコートの片隅にはサッカーボールやラケットなどが転がっていた。砂漠化したあちこちの町跡地から拾ってきた物らしい。

「も、むり……」

 そんな、二人では持て余すほどの広い空間を全力で何往復も走らされる。運動部に所属していたわけでもないひ弱なヤコは序盤で倒れ込むこともしばしばだった。一足飛びにやってきたハジメが呆れたように腕を組む。

「普通に走ってどうする。それではただの一般クルーと同じだ」

 バテバテで焦点も虚ろなヤコはやっとのことで上体を起こす。差し出された水を流し込むと涙が出るほど美味しかった。

「貴様はすでに覚醒しているのだろう。一度でも特異な動きをしたことがないか?」

 その言葉で思い出すのは、やはり世界が変わったあの日の事だった。襲い掛かる砂の人形から逃れ、飛び上がって目の中に鉄パイプを突き込んだ……。ようやく落ち着いてきた呼吸の合間に、その時の戦いをつぶさに報告する。

「それだ。能力を使うのに難しいことは何もない、強化したい部分に意識を集中すればいいだけだ」

 ハジメが言うには、能力者として動くにはイメージがとても大切らしい。目を閉じて己の中をめぐる『氣』を探ってみろと彼は言う。よく分からないが、とにかく視界を遮断して念じてみる。

「っ!?」

 するとどうだ、全身を赤い何かがめぐっているのが感じ取れた。見るのではなく、確かに感じる。それと同時に、左肩甲骨の辺りがなぜかじわと熱くなった。

「どうした?」

「肩……が、何かヘンな感じで」

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