第6話 ツクロイちゃん

 自然に出来たとは思えない。どこか羽根の絵のようにも見える。しばらく眺めたり触ったりしていたが、答えてくれる人もこの場にはいないので気味悪がりながらも保留する。

 髪を軽くタオルドライをして、用意されたシャツとハーフパンツに着替えるとサイズはピッタリだった。ベッドに入りコンセントを探したが、それらしきものは見当たらない。諦めたヤコは電源の入らないスマホを握りしめたまま横になる。今となってはこれだけが日常につながる唯一の物のように思えた。

「どうして、こんなことになっちゃったんだろう……」

 枕元のダイヤルをひねると部屋の光量は落ちていった。ふと、横になった腹の辺りに小さな丸窓があることに気づく。何と無しにカーテンを開けてみると、月明りに照らされる夜の砂漠が見えた。風景画のように美しくはあったが、遠くであの巨大な砂人形が揺らめいたような気がしてギクッとする。慌てて閉め、意識しないよう背を向けると膝を抱えて丸くなった。

(大丈夫、こんなおっきな要塞だもん。守ってくれる人だっている……大丈夫、だいじょうぶ……)

 一人きりの空間の中、耳をすますと遠いところからブゥゥンと微かなモーター音が聞こえてくる。ヤコは少しだけ泣いて、そして落ちるように意識の底へと沈んでいった。


 ***


 夢は見なかった。ふっと意識の焦点が合った時、少女は自分がどこに居るのか分からなかった。

「……?」

 ここはどこだろう。と、首をひねったところで昨日の事を思い出す。少女は――ヤコと新しく名を与えられた少女は――一つ頭を振って身体を起こした。

 今は何時かと室内を見回すと、ベッドの足側の壁に昨日は気づかなかった時計があった。短針は朝の10時を少し過ぎたところだ。思ったより疲れていたのかもしれない。

 少し乾燥してしまったサンドイッチを口に押し込み、再び制服に着替える。


 おそるおそる部屋を出て外を伺うと、船内はもう動き始めていた。大きな赤いクリスタルがある広場を結構な人数がせわしなく行き来している。

 手すりを掴んでそれを見下ろしていたヤコは、起きたら指令室に来るようにと指示されていたことを思い出した。説明された道順を思い出しながら上階へと向かう。階段を上り、『展望ルーム』と書かれた扉を開ける――と、急に射し込んできた陽光に目を細めた。

「わ……」

 そこは閉鎖的な下層とは違い、全面ガラス張りの陽が差し込む明るい階層になっていた。ワンフロアまるごと仕切りがなく、ちょっとしたホールのようだ。よく見るとガラス戸から外に出てデッキを歩けるようになっている。外から見えた外周リングはどうやらこの階層に位置していたようだ。

 きょろきょろと辺りを見回しながら、さらに上層へ向かう階段を探す。この階では小さめの子が何グループかに分かれて座り込み作業をしていた。少し年上の少女を中心に、それぞれ10人ほど集まって談笑しながらタオルや衣服を畳んでいるようだ。

 その横を通り抜けようとした時、ふと見知った顔があったような気がしてヤコは思わず足を止めた。髪の毛を頭の高い位置で一つのお団子にまとめたシルエットにも見覚えがある。気配に気づいたのか、向こうもこちらを見上げた。お互いに大きく目を見開く。

「え……まさかアンタ」

「あすかちゃん!?」

 間違いない、そこに居たのは小学生の時に遠方へ引っ越してしまった親友の明日香だった。立ち上がった彼女の元へ駆け寄り手を取り合う。ヤコはようやく知り合いに会えたことで、それまで張り詰めていた緊張感がぷちんと切れてしまった。

「あっ、あすかちゃ、どうしよぉぉ、やっぱりこれ、夢じゃないのぉ……!?」

 ヤコは情けなくボロボロと涙をこぼしてしまう。抱き着いて泣くと、彼女はやさしく背中を叩いてあやしてくれた。

「よしよし、落ち着いて。そっか、昨日拾われた子ってアンタの事だったんだ。この辺りT市なのね……」

「あすかちゃ、あすかちゃん」

「ストップ」

 口の前で指を立てられ、むぐと噤む。目を瞬くと彼女は苦笑しながら船のルールを思い出させてくれた。

「その名前で呼んじゃダメだって。ここでは『ツクロイ』って呼んで」

「繕い?」

「そう。番号は296番なんだけど、ほつれた洋服とか繕って直してたらそんなあだ名が付いちゃった」

 苦笑しながらツクロイは言う。そんな彼女を取り囲み、小さな子たちが「ねぇねぇツク姉ぇ、その子だぁれ?」と、しきりに聞いている。

「そっちは? なんて呼べばいい?」

「あ、えっと、昨日、ヤコって名前は貰った……」

「ってことは85番? へぇ、ずいぶん若い番号もらったんだ」

 本当は8番なのだが、何となく言うのがためらわれて黙り込む。ツクロイはさほど気にした様子はなく、自分の事情を語った。

「あたしも途中で保護されたの。船自体はS市方面から来てるみたいよ」

 そこからしばらくお互いの事情などを話し合っていたが、朗らかに話す彼女を見ていたヤコは気になった事を聞いてみた。

「あす……ツクロイ、ちゃんは寂しくないの?」

 こんな普通とは言えない生活によく馴染んでいるように見えて、思わず尋ねてしまう。するとツクロイは苦笑しながらこう答えた。

「そりゃ半年も経ってるもん。最初はみんなで泣いてばっかりだったけどさ。でも嫌でも慣れるわよ。だって頑張らないと明日のご飯も食べられないわけだし」

「……」

 ヤコにとっての空白の半年間で、彼女たちはすでに悲しみを乗り越えているのだ。共に泣いて、支え合う仲間たちが居たから……。その事に気づいた瞬間、せっかく出会えた友達なのに少しだけ距離を感じてしまった。そんな様子には気付かず、ツクロイはキラキラと瞳を輝かせながら語りだす。

「あたしを助けてくれたのは、レイ様たち幹部の皆さんだった。ヤコはもう見た? ガードの能力に覚醒した人たちは一桁台のナンバーを与えられてるの」

 ギクッとして両手を固く握りしめる。そんなナンバー8ヤコの異変に気付いた様子もなく、彼女はテンションを上げて話し出した。

「砂のバケモノと戦うのがここから見えるんだけどね、アニメみたいにズバーッと切ったりして、もーホントカッコイイの! ヤコも近いうちに見られると思うよ。見たら絶対ファンになるって!」

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