一〇 生存確率みたいなやつ
ユウは右手を軽く上げて開口一番に「ぐぎゃぎゃ」と言った。どうしよう。
「女子としては出してはいけない音声だと思うけど」
「あ、翻訳するね。やぁ、わたしだよ。五分五厘とゴブリンって似ているゴブね」
「確かに語感はそうだね。というかその短い言葉でこれだけの
「なんかね。ゴブリンのことを考えていたらね。いてもたってもいられなくなって遊びにきちゃった、てへごぶっ」
「舌をだして“てへぺろ”っぽくいわれてもなー、ときめかないんだよなぁ」
そんなユウはライトグリーンのシャツにミリタリー柄のカーゴパンツ、上着にカーキのフライトジャケットという装いでやってきた。首に巻いたライトブラウンの毛糸を使ったスヌードがもふっとワンポイントで暖かそう、よい塩梅だね。今日もちょこちょこと動く姿がかわいい。なんというか緑を基調とした姿から本日はゴブリンが捗りそうですね。それにしても遊びにくる理由よ。
「ワンチャン『ごぶごりんゴブリン』とかいるよね。ホブゴブリンみたいに」
「いねーよ。どんなだよそれは」
「全身の体毛を五分に刈り込んだ、オリンピックに出場したことのあるゴブリンだよ。きっとそうゴブよ」
スパパーン。
「ああっ! なんてことを、生存確率が五分五厘しかないゴブよ!」
「やかましいわ」
ユーザーに優しいガチャのSSRくらいの確率でしか生き残れないのかよ。
「ぐふっ、ごぶごりんゴブリンごりんじゅうゴブ」
「よく噛まずに言い切ったな」
ハリセンがクリティカルヒットしたようです。
「まぁ、ヤツは四天王のなかでは最弱ごぶ、今度はこの
「またけったいなヤツがポップしたなぁ。韻を踏みたいだけだよね?」
「海ゴブリン不倫でダブリンにプリンを食べにツーリング、ごぶ」
「リンがゲシュタルト崩壊するスキルを使ってくるとはやるリンな」
「おまえもな。ぐふっ、ごぶ臨終ごぶ」
「なにもしていないのに。なんのために登場したのか……」
「ヤツは海の中で生活してるから、エラ呼吸ごぶよ」
「地上にでちゃったか。無茶しやがって」
「つぎはあっしの出番ほぶごぶな。名前はボブ。人呼んでホブゴブリンボブほぶごふっ」
あ、舌噛んだ。涙目だ、かわいい~。いやー、いつもにも増してしみじみとアホだなぁ。
「それにしてもこんなことを話すために全身を緑揃えのコーデにしてきたの?」
「ちっちっち。このスヌードの茶色は
「あ、えっと。そっすか」
すん。って感じの受け答えしかできないなぁ。
ところで猫の獣人の語尾ににゃんをおねだりしたことがあったけど、文末のごぶっはマジないわ。ごぶりん
「議題として語尾問題を提起したいと思います」
「その議論は必要ごぶか?」
「いや、なんというか可愛くないし萌えないから」
「萌えないゴミということごぶかー、ごぶかー」
「なんか深緑色だし、ごぶごぶいうし。いいところが見つからないよね」
「あっし、陰キャですから。まぁ
「このゴブリンは毒を吐きますよー」
そもそも、ゴブリンとオークなんて近縁種みたいなものだろうに、互いに足を引っ張り合うのはやめようぜ。
「それにしても、なんでゴブリンも毒も緑色なんだろうな」
「ピンクだとえっちっぽいからじゃないかゴブ」
「そのなんでもピンクでえっちにする癖やめような」
桃色のイメージが強固すぎる。
「ゴブレッド推参」「ゴブグリーン」「ゴブカレー」「ゴブルー」「そしてゴブピンク。わたしが逆ハーレムの主。つまり王様ごぶよっ」
微妙に声質を変えながらひとり五役をやりにいく姿勢が揺るぎない。そしてピンクの役どころがまたひどいな。ピンクに優しくしようよ。脚付きのグラスになっちゃってるヤツもいるしなぁ。
「またややこしいのがでてきやがった」
「変異種はどこにでもあらわれ、世界を席巻するごぶっ」
「やかましいわ。しかも色じゃないのがまじってるから」
「あ、お呼びではないごぶか? ではカレーに爆散、ど~~んっ!!」
「戦隊モノのど真ん中で爆発がおきてるじゃねーかよ」
「とほほ、ピンクが池の真ん中に頭から刺さって殺られてしまったごぶよ」
大胆に吹き飛んだのね。
「そもそもなんで普通にゴブリンと会話してる流れなんだよ。おおむね、ぐぎゃぎゃとかしかいわないだろうが」
「ごぶりんがる~♪」
だぁ~~。話が進まねぇ。変なもの開発しやがって。会話が成立しちゃうと、討伐しにくいとおもうのだけど。
それはさておき、変なゴブリンの亜種はさらっとスルーしてだ。ゴブリンといえば異世界物やファンタジー作品群では定番のやられキャラの代名詞みたいなところではあるので、語らない訳にはいかないだろうね。今日の君とボクの間では。
異世界ではよく、寒村なんかを襲っていて村人が困るとかあるからね。それで冒険者ギルドに斡旋されて足を運ぶわけだ。近隣の森林とかを調査するとコロニーとかできちゃってるんだよね。結局は主人公の奮闘でなんとかなるんだけれども。
導入はいつだってこうだ。村人が言うわけですよ、ゴブリンがきて悪さすると。家畜や女子供が連れて行かれるってね。定期的にくるからどうしようってね。
「そう、こんな風にね」
「若い女とわらしはおらんがねぇ、ごぶっ」
「ちょ……はぁ。また、おかしなのが現れたよ」
ゴブリンは小鬼という表記もたしかによく見るけれど、それはなまはげだし。どこからそのお面だしたの!
「なまはげって来訪神。神さまですよ、誘拐とかしないから」
「
「たしかにクリーチャーっぽくはあるけどね」
「顔面攻撃力はストロンゲストなんだよ。これに襲われたらヤバいごぶよ~」
別に顔によって打撃の強弱は変わらねぇ――おい、お面外して振りかぶんな。それは痛そうだから。
「まったく、わるい
無形文化財に失礼ですよ。
「ねぇ、どうしてゴブリンってずんぐりとした醜悪な生き物なのかな?」
「元元はイギリスあたりの民間伝承にでてくる、洞窟に住んでいるちょいっといたずら好きな妖精さんの
たぶんヨーロッパとアジアって昔から戦争していたのもあって、ずんぐりとした体型とか肌の色は、ヨーロッパ人から見たモンゴロイドのメタファーだったりするのかもな。欧州の文化圏からいえばアジア方面からの侵略者だろうしね。ずーっと命の奪い合いをしてきたわけだしね。
「でもユウがイメージしているのはあれだろ? 中つ国に住んでいるヤツ。あれは呪われて闇落ちしてるバージョンな」
「指輪捨てに行くやつ?」
「そうそう。みんながすぐ思い浮かべるような怪物になったのはアレが原因」
邪悪で人間に敵対する異形の人形生物として登場したらインパクトすごくて受け入れられまくってしまったんだろうね。大型の近縁種のホブゴブリンとかオーガとかね。敵対勢力に限らずドワーフやエルフなんかもおおむねソレで設定されているんだよね。
「つまり妖精ではいられなくなっちゃった、ワケです」
「僕はパック、妖精ごぶっ」
なんだ、突然。たしかにシェークスピアの『真夏の夜の夢』に登場する典型的なトリックスターのパックは、ホブゴブリンだという説もあるしね。妙なこと知ってるな。
「トリックアンドトリック! うぃずトリック! ほぶごぶっ」
「おい、いたずらはやめろ」
「いたずら星から参りました。
「トリックスターの意味はそんなのじゃないからね。なんか混ざりすぎだろ」
コレが
「ちみちみ、ダイバーシティ&インクルージョンなりよ」
「うるせーよ、そんな多様性に寛容にはなれんわ」
やべぇ、今日のユウはとばしてるぜ。ツッコみきれねぇ。
「残念。妖精さんなら可愛いほうがいいのにね」
「可愛かったら敵には不向きだろうが」
「そこはあり方を模索するんだよぅ」
「それ必要か?」
「必要むしろ大事。とかいいながらちょっと期待しちゃってるよね? よね?」
「不安しかないわ」
「八秒だけ目をつぶって、ストップして!」
「しゃーない、早くなー」
ユウは唐突にそう言い募る。目をつぶったボクの後ろからはなんだかゴソゴソとした音と微かな呼吸音が聞こえる。背後に回り込んでなにかしてるらしい。やがてゆっくりとお腹に腕をまわしてきた。背中に顔を埋めてのハグ、鼻の部分が顔の造形的にくすぐったいのだけれど。とはいえ服越しに唐突に伝わってくる柔らかな感覚と微熱に心臓がはねた。ずるいんだよな。キョドるぞ。なにも言えなくなるわ。
「もう目を開けていいよ~」
「……な、なにをしてるのかな」
ようやく紡ぎ出せた言葉はチープだった。
「ぐへへ。つかまえたゴブよ。わたしゴブ子さん、あなたの後ろにいるごぶよ?」
「………………」
「ごぶっ?」
「……ぼくのときめきを返せ」
「そう禁断の愛の物語が今はじまる、どやっ」
「はじまらないなー。お話としては斬新だけど、はじまらないなー」
「らぶごぶごぶらぶ、ぐぎゃぐぎゃぐぎゃらぶ」
「突然ゴブ語に戻すな。ゴブリンガルはどうした。そもそも、目があったら殺し合いに発展する間柄なのだよ」
「ごぶ・あんど・ぴーすだよ」
ふーん。それで。
「敵対する種族の壁をこえてひかれあう二人はやがて恋に落ちるんだよ。でも決してそれは許されないなんて、胸熱だよね~」
「ロミジュリっぽい流れだけど、ビジュアルがすべての邪魔をするんだよ!」
「ピンクにすれば大丈夫だから」
「おまえのなかのピンクはどーなってるんだよ」
「妄想しないで! 感じるのよ」
「わけわかんねーよ」
お腹にまわされた白く細い腕をほどいて背後を振り向くと、ちょうど眼下にユウのつむじがみえる。相変わらず背が小さくて、頭がちょうどよい位置にあるので思わず撫でてしまった。条件反射みたいなものかもしれない。サテンのような触り心地のよいサラサラの髪がボクの指の間を音もなく滑り落ちていくのが楽しい。甘い幸せがボクの鼻腔を満たしてくる。
そうこうしているうちに手のひらの下からもぞもぞと見上げてくるユウと目があった。よく見るとピンク地に白の水玉柄のビキニを着ているじゃん。なにしてんのあなたは。
「ふふ、目があっちゃいました~」
「そ、そうだな」
「殺し合うのかな、それとも……ちゅーでもしとく?」
「……」
ユウは挑発するように上目遣いでいってくる。けれど、どうしてそんなに耳まで真っ赤になってるんだよ。いや肌が白いからピンクかな。んっピンク! 誤解しちゃうだろ。ユウが言ったんだよね。ボクたちの関係はいままでもこれからも仲のいい幼馴染だよって。
「…………えっと」
「ぶっぶー。残念。時間切れ。ごぶりんじゅうでーす」
「……へ、へんな言葉作んな」
「えへへ。どきどきしちゃった~?」
「くっそ、手汗が引くくらいすげーでてきたわ」
「ドロー。続きまして登場いたしますのは、ゴブリン
切り替え早いな。もうすこし余韻がないですかねぇ。まだ鼓動が早いんだが。あなた王族設定でした? てか生きてたんですか? ピンクの人だよね? といいますか、なにを
「かなり語呂が悪いよね。ゴブリンキングにしとこうよ」
「すん。わたしが場に存在するかぎり、すべてのゴブリンは攻撃力にプラス1される。さぁ、わたしのために踊るのよ!」
「なにそのカードゲーム。フレーバーテキストみたいなのまであるじゃねーか」
「ゴブリンはすべてにおいて奔放なんだよ」
「そうだね。
でもソレが魅力でもあるんだよね。やれやれだよ。
「節操なく次から次へとポップしますなぁ」
「ゴブリンは一匹見つけると三〇匹はいるごぶからねぇ」
「それはGぢゃねーか」
「だから
あー、そーゆーヤツ?
「それにしてもユウはなんでさっきからゴブリン役をやってんの?」
「ふふふ。実はスタンピードが発生していましたよっと。ほらほらお約束でしょ?」
「それでへんなゴブリンがめっちゃ沸いていたのか」
「キミに随分と倒されちゃったけどね」
「倒しちゃったかぁ」
「だが、ゴブたちの戦いはこれからもつづく!」
「やっすい最終回っぽいな~」
「いちめんのごぶりん
いちめんのごぶりん
いちめんのごぶりん
いちめんのごぶりん
いちめんのごぶりん
いちめんのごぶりん
なきごえぐぎゃぎゃ
いちめんのごぶりん」
「えぇぇー」
この戦いはいつまで続くのだろうね。
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