第5話

「莉愛さん、起きてますか~?」

 明後日から夏休み。そろそろ学校も長期の休みに入るという朝、俺は、莉愛さんの住むマンションの前に立ってインタフォンに話し掛けていた。


 どうしてここに立っているかというと、そう。保留になっていた例の『お出迎え』案件が、あの後すぐ莉愛さんの許可によって実現されたのだ。


 お陰で俺は毎日愉しくて仕方がない。なにしろ毎朝1番に莉愛さんと会えて、毎日一緒に登校できるのだ。これ以上贅沢な朝の始まりがあるだろうか??いや、ないと断言する。


 ──って、それはそうとして。


「莉愛さーん!遅刻しますよ?」

 マンション玄関のセキュリティ装置で、彼女の部屋番号を押しつつ話し掛けるが、まったくと言っていいほど応答がない。これはひょっとすると、昨日夜更かしして寝坊してるパターンだろうか。

『なに……もう、時間…?』

 そろそろ諦めて1人で行くべきか、それとも諸共遅刻覚悟で呼びかけ続けるべきかと考えあぐねていると、ようやくインタフォンの向こうから莉愛さんの声が聞こえてきた。しかも、たった今起きたみたいな寝惚け声で。

「時間どころか……あと8分で出ないと全力ダッシュでも遅刻するッス」

『えっ……あ!?わ!?』

 俺の指摘を耳にして目が覚めたのか、インタフォンの向こうで慌てた気配がする。と、同時にマンションの玄関が自動で開いた。誰か出て来たのか?と、ギョッとしてるとそこには誰もおらず、代わりにインタフォンから『ちょっと手伝って!!』と莉愛さんの声。

「え………良いんすか?」

 相当ヤバいんだな。と、慌てる声で状況は察した。だが、それよりなにより、追い詰められ逼迫していたからとはいえ、急きょ部屋へ招かれたことが信じられなくて、俺は一瞬、その場で凝固してしまっていた。


えっ、マジで??

部屋行っていいの??


『良いから早く!!』

「は、はいっ、今行きます!」

 夢か幻か幻聴か?と呆然としているところへ、さらに追撃で急かされた俺は、慌ててマンションの中に駆け込んだのだった。


「早く早く!!」

「莉愛さんっ、ボタン掛け違えてます!」

「えっ、えっ!?どこどこ!?」

「あーっ、もう、ちょっと貸して下さい!髪、梳いて!」

 部屋へ入ると莉愛さんはパニック状態で。俺はこんな慌てている彼女の姿を、前世でも今世でも初めて見たと思う。つーか、あとになって考えてみたら、俺、ものすげえラッキーだったのかも知れないが、この時はそんなことを考えている暇も余裕もなかった。

 慌てまくる莉愛さんを宥めて落ち着かせ、乱れた衣服と身だしなみを代わりに整えてやり、手早く登校の準備をしてマンションの部屋を出るまできっかり10分。

 この時点で少しタイムオーバーしていたので、2人して学校まで全力失踪し、校門が締まる直前になんとか滑り込みセーフした。

「な、なんかあったん、すか…莉愛さん…ッ」

 遅刻しても気にしなさそうだった莉愛さんが、どうしてここまで慌てたのかと意外に感じた俺は、教室へ向かう途中気になって彼女に聞いてみた。すると、

「遅れると…琢磨が……心配、するから」

 なんでも以前、遅刻したついでに1日サボったら、学校から連絡の行った師団長こと琢磨さんが、半狂乱で会社から戻ってきたらしい。そして莉愛さんの部屋へ駆けつけ、二度寝していた彼女を具合が悪いものと勘違いしたあげく、車で病院へ搬送するほどの大騒ぎとなってしまった。


 以来、莉愛さんは遅刻もサボりもしないよう、真剣に心がけているとのことだった。


「ああ………なるほど」

 理由を聞いて納得。

 つーか、あの過保護親父の琢磨さんが、どんな顔してただ寝ていただけの莉愛さんを過剰に案じ、狼狽しつつ病院へ駆け込んで、罪もない医師に詰め寄ったのか──割と容易に想像がついてしまうのが哀しい。


「目が覚めたら病院なんだもの…ホント驚いた」

「ハハ……そこまで爆睡してたんっすか…」

 そんな大騒ぎの最中、全然、気付かず寝ていた莉愛さんも凄いが。

 うん…でもまあ、俺が莉愛さんでも、2度はゴメンだ。いや、マジで。


「お陰で間に合った。ありがと、貴由」

「いえ。どういたしまして」

 だからこそ俺のお迎えを許可してくれたんだろうな。

まあ、それでも良いけど。なんて思いつつ、俺は莉愛さんと共に教室へ入った。


 そうしてとりあえず遅刻もせず、平穏無事な1日を過ごした俺と莉愛さんだったが、実を言うと気が落ち着いてからの俺は、かなり頭がヒート状態で平穏無事どころの話ではなかった。

 何故かと言うと、

『ちょ…俺、みみ…莉愛さんの着替え……ッッ!?』

 朝の内はパニくった莉愛さんに引き摺られて、俺も、まともに考えられる状態ではなかった。けれど、落ち着いてきてからよくよく考えてみると、俺は、自分が物凄い状況を体験していたことに気付かされたのだ。


「貴由、制服取ってきて!!」

「あっ!?は、はい!!」

 最上階にある彼女の部屋へ大急ぎで駆け付け、ドア横のインタフォンを鳴らすと、すぐに鍵が開いて部屋の中へ招き入れられた。中から出てきたのは歯ブラシを咥え、髪は跳ねまくったままの莉愛さん。その姿にドキンとしたが、そんな場合ではないと頭を振った。

「制服っすね!?解りました!!」

 言われるまま靴を脱いで部屋へ上がり込んだ俺は、壁に掛けてあった制服をハンガーごと掴んで戻ると、手早く歯を磨き終えて洗面所から出てきた莉愛さんに手渡した。


 今考えればこの時すでに彼女は、寝間着に手を掛け半裸状態だったのだが。


「鞄!!鞄!!」

「はいっ!!って、どこっすか!?」

「ベッドルーム!机の上!!あっ、教科書揃えてないかも!」

「うっす!!任せてください!」

 制服を受け取った莉愛さんは、上衣をハンガーから外して袖を通し、続いてスカートを足から通して腰まで引き上げた。


 ブラとパンティーだけという、危う過ぎる下着姿で!!!!


『えっ、え!?みみ……見たよな??あれ、夢なんかじゃねえよ、な??』

 急激に甦ってきた鮮やかな記憶に、俺は、火が付いたみたいに顔が熱くなった。

 バクバクと激しくなる心臓。夏の直射日光を浴びた様な熱さ。そして、ぐるぐると脳内を渦巻く莉愛さんの──莉愛さんの『半裸』姿。

『ちょっ……えっ、え!?』

 当社比肌色90%の、水着姿より極めてヤバイ、下着姿の莉愛さん。

 綺麗で豊かな乳房を包む可憐なブラ。股間を隠す控え目で小さな逆三角形。いかにも柔かそうで魅惑的な胸の谷間と、妄想を掻き立てる足の隙間。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 あれだけ慌てていたけど、俺はバッチリ見ていた。見てしまっていた。

 若干サイズが小さいブラから、はみ出しそうな白い乳房を。細い腰のラインと、へこんだお腹と、そこにある可愛らしいおへそを。そして女の子用の小さ過ぎるパンティーから、すらりと伸びた太腿と、これまたはみ出しそうな丸いお尻を。

『ヤバイヤバイヤバイ!!!!!!!!!!!』

 鼻の奥が熱くなった、と、思った次の瞬間、俺は盛大に鼻血を噴いてしまっていた。

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