第4話

「そういえばティーアロット師団長って、高校どこなんすか」

 高校に入学して4ヶ月。もうすぐ夏休みという初夏のある日、俺はついに師団長らと再会すべく、莉愛さんと共に日曜日の電車に揺られていた。


 きっかけはバーベキューパーティーだった。


 どうやら莉愛さんの今世の家には、庭でバーベキューできる設備があるとかで、それを知っていたヘルズ竜騎士長が『復活パーティーやろうぜ!!』と盛り上がって企画し、このたびめでたく開催される運びとなったらしい。


 本当はどうするか迷ったが、今回、転生して再会済みの奴はほぼ全員来ると聞いて、さすがに俺も行かない訳にはいかなくなってしまった。

 それで仕方なく参加することに決めたんだが──でも、やっぱり気は勧まないでいると。

「じゃあ、一緒に行こうか」

「えっ……はい、行きます!!」

 莉愛さんに当日一緒に行こうと誘われた俺は、現金にも『厭々』から『行く気満々』になってしまったのである。自分が正直過ぎて、なんて言っていいやら。


 莉愛さんの家へ行く。

 なのに、なんで本人も一緒に電車へ乗るのかというと、実は、彼女はこれから向かう実家に今は住んでおらず、近くに借りた部屋から学校へ通ってきているのだ。

 わざわざ親と別居するに至った理由はなんなのか。ちょっと心配になって聞いてみたが、案ずるほどのたいした理由はなく、ただ単に『朝、起きれないだけ』なんだとか。まあ、莉愛さんらしいったら、らしいけどな。

「俺、朝迎えに行きましょうか?」

 これよりも少し前、莉愛さんの今の住まいが、俺と同じ町内にあると判明した時は、どこに住んでんだろ??と、気になってさりげに探りを入れたりもしたものだ。

「うーん……」

 そんな俺の下心付きな提案に対する莉愛さんの解答は『保留』で、おかげで今も彼女からは直接、どこに住んでいるのか教えて貰えてはいない(と言いつつもホントは、だいたいの察しがついてるんだけども)

「人間目覚まし時計が必要になったら、いつでも言ってください!」

 一応、誤解を招かぬよう言っておくが、俺が住居を調べたり探し出したりしたのではない。莉愛さんの普段の言動から察しただけだ。でも、だからって、無断で押しかける訳にもいかないから、俺は大人しく気長に彼女が許可してくれるのを待っているのである。

「うん。わかった」

 正直、駄目元で言ってみた俺としては、キッパリハッキリ断られなかっただけでも上出来というか御の字だった。なんてことを、ぼんやり考えていたら、

「……あっ」

 ガタン。電車が大きく揺れた拍子に、隣に立つ莉愛さんが俺に掴まってきた。

「大丈夫っすか、莉愛さん」

「ん。ごめん」

「俺はイイっすから…しっかり掴まっててください」

「うん」

 言うなり細い手が俺の腕に絡まってくる。うう、柔かい。もしかしてちょっぴり胸も触ってる!?ついでにイイ匂いするし、莉愛さんと腕組めるとか、どんなご褒美だよ!?

 あり得ないくらい近い莉愛さんの身体に、俺はこの上ない幸福感に包まれていた。

 というのも、前世にもまして身長の低い莉愛さんは、つり革が高くて掴まるのも大変なので、さっきから幸せなことに俺の腕へ掴まってくれているのだ。

『ふぁあああ~~幸せ過ぎる…!!』

 しかも、よくよく考えてみれば、これが初めてという莉愛さんの私服姿!!それもめっちゃ可愛い!!あつらえた様に似合ってる!!綺麗に着飾ってる彼女と2人きりだなんて、もう、これってデートじゃね!?なんて浮かれて脳内ハッピーなことになってる俺!!

『それにしても…莉愛さんの私服…』

 てっきりズボラで無頓着な彼女のことだから、前世とそう変わんない雑な服を着てくるのでは、と考えていた俺の予想は見事に裏切られ、今日の莉愛さんは今時の女子っぽい可愛らしい服を着ていた。

『マジ、か……可愛い……』

 めっちゃ写メりたい。記念に撮っときたい。こんな可愛い彼女と並んで電車乗ってて誇らしいっつーか、嬉し気恥ずかしいっつーか。なんかさっきから電車内の注目の的じゃね??つっても本人はまるで気にしておらず、突き刺さる視線をガン無視してるけど。

「莉愛さん…その服、似合ってますね」

「そう?師団長……琢磨が『着て来い』って一式送ってきた。ホントは、こんなひらひらしたの面倒だけど…着ていかないと怒られるから…」

「はあ………」

 なるほど、それでか。無頓着な莉愛さんにしては、上から下までコーディネイトも凝ってると感心してたら、全部用意されたものをそのまま着てきただけだった。納得いく答えを貰った俺は、『さすが莉愛さん』と心から頷く。

 にしても、わざわざパーティー用に服を送り付けてくるなんて、今の師団長はいったい何してる人なんだろ??俺もあんまり詳しくはないけど、莉愛さんの着ている服は明らかに、そこらで売ってる安物とは違って見えた。


 そこで冒頭の『学校どこ』発言へ繋がる訳である。


「高校……琢磨の??」

「はあ。師団長…琢磨さん、今、どこ通ってるんかな…って」

 俺の問いかけに莉愛さんは、不思議そうに顔を見上げて来る。質問の意味が解らなかったんだろうか。それとも聞き方がまずかったのかな?と問い掛け直すと、今度は要領を得た表情で莉愛さんは口を開いた。

「会社」

「えっ」

「だから会社勤めてるの」

「会社……って、えっ、琢磨さん、そんな年上なんすか?」

 高校じゃないなら、ひょっとして大学生?なんて思っていたら、まさかの会社勤めだった。しかも、さらに驚きの新事実が、莉愛さんの口から飛び出してきたのである。

「年上……確か今年38歳だったかな…??」

「えッッ!!??ちょっ、まさか!もう40近いじゃないっすか!」

「まさかって??……なんかおかしい?」

「おかしいっつーか…り、莉愛さん…!」

 もうすぐ16歳の莉愛さんと、40歳前の師団長さんって、20歳以上も離れてる2人が付き合ってんの!?前世ならともかく、今世でそれヤバくね??と、俺の脳裏には『援助交際』だの、『未成年淫行』だのという、危険な単語が飛び交っていた。

 しかし莉愛さんは平然とした様子で、むしろ何が悪いの?とでも言いたげだ。お陰で俺1人が空回りっつーか、最悪の事態を妄想して1人オロオロしまくる事態に陥ってる。

「なんなの…貴由」

「いやだって、まずくねっすか…??こんなのもし警察とかに知られたら、その…」

「…………は?」

「え…………?」

 俺は誰かに聞かれたらまずいと、ヒソヒソ声で莉愛さんに話し掛けるが、彼女は一向に悪びれる様子もなく、事態を理解できてない顔で小首を傾げるばかりだった。うう、その仕草、超絶可愛いっす。じゃなくて!!

「まずいって…何が?」

「何がって…だって、莉愛さんは未成年で、琢磨さんは成人男性なんでしょ!?そんな2人が付き合ってると世間に知れたら…」

 仕方なく俺の危惧する事態を細かく説明しようとすると、莉愛さんはますます不審そうな顔で特徴的な太めの眉を顰めた。

「琢磨と私が付き合う…って、なんのこと」

「……付き合ってるんじゃないんすか?」

「父親なのに?」

「父親……って………はあ?」

 え!?父親と交際してんの!?近親相姦!!??それ、ますますヤバイじゃん!!!!と、一瞬、頭の中が大暴走しかけたが、ギリギリ口に出す前に俺は冷静になった。

「琢磨さんが……莉愛さんの父親?」

「うん」

「義理の…とか?」

「ううん。ホントの親」


 え。マジで。


 衝撃の事実に頭が真っ白になる。


「あ…そ、そうなんすか…そっか…そうなんだ」

「言ってなかったっけ?」

「いや、聞いてねえっす」

 正真正銘、初耳の事実。師団長の現世の名前も今聞いたばかりだ。

しかし俺にとってコレは、一縷の希望ともなりうる事実だった。


 なにしろてっきり俺は、師団長が莉愛さんの恋人なのだとばかり信じ込んでいたから。そしてもしも2人が恋人同士であるなら、俺になど付け入る隙は無かったからだ。


 しかし──

『えっ…??じ、じゃあ、莉愛さんってフリー?』

 最大の障害であり強敵でもある師団長が彼女の実父だと言うなら、もしかするとひょっとして俺にもワンチャンあるんじゃないだろうか。

「り、莉愛さん!!」

「あ……着いたみたい」

 思いがけない幸運の事実を知った俺は、自失から覚めるとその勢いのまま彼女に告白しようとした。だが、いつの間にか電車が目的駅に到着していたせいで、思いっきり肩透かしを食らってしまう。

「行くよ、貴由」

「あ…は、はい!」

 くそっ、あっさり腕組みも解かれてしまった。気が付くとボーっとしていた俺を置いて、莉愛さんはさっさとホームへ降りちゃってるし。うう、温もりの消えた腕が寂しい。けど、まあいいや。これからいくらでもチャンスがある、はず。

『頑張るぞ……ッッ、俺!?』

 慌ててホームに降りた莉愛さんを追いながら、俺は『この世の春が来た』とばかりに浮かれ、地に足がつかぬほど舞い上がっていた。


 まさか俺の恋路に抗する『最強の敵』が、今もバリバリ現役で健在なばかりか、さらにパワーアップしているとも知らずに。


「莉愛ああああ~~~ッッッ!!」

 莉愛さんの実家とやらは一軒家かと思いきや、ずいぶんと立派なマンションの最上階(しかもフロア丸ごと)だった。そして、俺ん家がまるっと入りそうな、テラスという名のだだっ広い庭付き。

 セキュリティーも厳重なマンションへ莉愛さんと一緒に入り、エレベータで最上階へ着くなり見覚えのある大男が走り寄ってきた。黒い髪と少し日に焼けた肌。ちょっと年食ってる気もするが十分若く見えるその男は、ご想像の通り俺らの師団長ティーアロットだ。

「莉愛ッ、莉愛ッ、元気してたか~!」

「ん。琢磨も元気そうだね」

 40歳近いとは思えない若さの団長は、莉愛さんの姿を見るやいなや、物凄い勢いで駆け寄り小さな身体を抱きすくめる。そして、すりすり頬ずりするわ、白い頬にキスするわ、頭をなでなでするわで、猫可愛がりっぷりを惜しみなく披露しまくった。

「はあ~~可愛い、可愛いなぁ!!いつ見ても俺の莉愛は世界一可愛いぜ!!つか、前世の頃から可愛かったけど……って、いやいや、んなこと、口に出して言えねえし!!」

 思いっきり声に出てます。師団長。

「莉愛くらい可愛い女の子だと、変な男が寄って来てうるせぇだろ!?大丈夫だったか、変なことされてねえか??莉愛ァ!」

「うん。全然平気」

 まあ、確かに顔姿はトップクラスで、クラスの男共からも大人気っすけどね。性格がアレなんで近寄る男は俺くらいっすよ。しかも俺、彼女に男認識されてねえっす。たぶん。

「莉愛と離れ離れなんて、俺ぁ心配で心配で…イイか!?毎日電話して来いよ、莉愛ぁ!?」

「休み時間ごとにメールしてるし」

 そんなこまめに連絡してたんだ!?つーか、過保護なおっさんと化したな、この人??

「んだ!?貴由か、久しぶりだな」

 あ、今気付いたんっすか。

「お久しぶりです、師団長」

「ハハッ、師団長はねえだろ。琢磨で良いぜ、貴由」

 我に返って俺に笑いかけてくる師団長は、前世と変わらぬ度量の深さとカッコよさを惜しみなく発揮していた。つーか、どうでも良いけど、熱烈な親馬鹿っぷりを見せた後のギャップすげえな。

「まあ玄関先でもなんだ…入れ入れ」

「あ、はい。失礼します」

 前世の師団長も実はこんな人だったんだろうか?と、目の前の現実に面食らいつつ、俺はようやく玄関先から室内へと招き入れられた。

 莉愛さんはというと、きっとこれがいつものことなんだろう。まるで何ごともなかったみたいにスルーして、広いリビングのソファへ腰掛けている。

「これで全員集まったな…」

「え?…俺らが最後っすか?」

「おう。みんなもうテラスに出て準備してるぜ」

 それはまずいことをした。下っ端なのに1番最後とか。条件反射的にそう考えた俺は、『自分も手伝います』と言ってテラスへ向かおうとした。すると、

「イイって。アイツらにやらしとけ」

「え……でも…」

「良いから座ってなよ、貴由」

 師団長と莉愛さん2人がかりで引き留められ、仕方なく俺は居心地悪く勧められたソファへと腰掛ける。うう。なんか他の人が仕事してんのに、何もしないで座ってるのって落ち着かないな。などと、今更ながらに染みついた自分の下っ端根性が情けなくなる。

「貴由、こっちきて」

「え?……は、はい」

 『冷たいものを用意してくる』と言って師団長さんが席を立つと、莉愛さんはスマホから目を離さずに片手で俺を自分の隣へ呼び寄せた。なんだろう?と思いつつ言われるまま莉愛さんの隣へ座ると、

「これ、どうやんの」

「え?…ああ……」

 いつもの如く無防備な莉愛さんは俺に身を寄せ、自分のスマホの画面を見せつつ操作方法を聞いてきた。ドキドキするほど近い距離。いつもこういう時、彼女が俺に気を許してくれてるのが解って嬉しくなる。

「コレはですね……」

 頼られるのも嬉しくて俺は莉愛さんに身を寄せ、小さな画面を一緒に見ながら操作法を教え始めた。彼女の顔が、身体が近い。小さな息遣いや、温かな体の温もり、微かなイイ匂いが、俺の鼓動を激しくする。

 男と認識されてないがゆえの(というか、自分が女という認識がそもそもない)ご褒美に、俺は電車内の幸福再びとばかりに胸をときめかせていた。だが、

 ガチャーン。

 コップのガラスの割れる音が、そんな俺のささやかな幸福時間を打ち破った。

「貴由~~~っ」

「え?……あ、あの??」

 地の底、地獄からの声っていうか、暗黒そのものの声っていうか。とにかく魂を震わせる恐ろしい声に顔を上げると、そこに悪魔と化した師団長が、黒い目を金色に光らせて立っていた。


 この後、何が起こったのかは、各々のご想像にお任せしたい。

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