今夜だけ魔法使い

 翌日10時半すぎ。絢花は喫茶ローズブルーの店内にいた。侑吾と向かい合って。二人から注文を取った店員が一礼して去っていく。侑吾が唐突に言った。


「ワンピース似合ってるね」

「ほ、あ、ありがとうございます!」


 絢花は口が回らなくなりながらもお礼を口にした。侑吾はにっこり笑う。


「いや、急に呼んで悪かったな。用事とかなかった?」

「ないです! 全然!」


 ぶんぶんと首を振る絢花。


「よかった」


 侑吾の言葉に、絢花は口を開こうとしてやめる。どうして今日自分を誘ったのか。気になったが聞けなかった。それを察したかのように侑吾は続ける。


「別に理由とかないんだけどさ、親睦深めようかなって。絢花は忘れてるかもしれないけど、昔は結構仲良かったし。嫌?」

「い、いえいえ! 全然嫌じゃないです! そ、それに忘れてません! 全然忘れてません!」


 ガラッと椅子を引く大きな音が店内に響く。絢花が立ち上がったのだ。侑吾は面食らいながらも笑う。


「そっか」

「ご、ごめんなさい私。立ち上がったりして」

「いや別に。ありがとな」


 そこで会話が途切れた。居心地の悪い沈黙が二人を包む。破ったのは侑吾だった。


「あ、絢花って誕生日いつ? 俺もうすぐなんだよね」


 絢花はおずおずと答える。


「10月14日です」

「おお! 俺10月15日! 一日違いじゃん!」

「……知りませんでした」


 嘘だった。本当はよく知っていたが、知らないふりをした。その方が侑吾が喜んでくれると思ったからである。思惑通り、侑吾はニコニコと笑った。


「運命かもな」


 絢花は泣きそうになる。それがバレないようにうつむいた。


「侑吾君!」


 絢花と侑吾は一斉に声の方を向く。店の入り口に唯奈が立っていた。唯奈は嬉しそうに二人の席までやってきた。


「唯奈!? なんで」


 驚きを口にする侑吾。それを唯奈はさらりとかわす。


「え、たまたま。ねえ私もいい?」


 困ったような視線を送る侑吾に、絢花はにこやかに言った。


「私は、大丈夫ですよ」




 数時間後。絢花は自室のベッドにうつぶせになり、泣いていた。悔しかった。悲しかった。自分が情けなかった。その全てが涙となりあふれてくる。


「浅賀先輩……」


 絢花は昔侑吾にもらったハンカチを手に言う。つぶやきは誰にも届かず、宙に消えた。はずだった。


「あやちゃん」


 自分を呼ぶ聞きなれない声に絢花は顔を上げる。誰もいない。声のしたあたりには、てんびんを持ったうさぎのぬいぐるみが置いてあった。


「気のせいかな」


 少しの気味悪さに、絢花はわざと声を出してみる。瞬間てんびんうさぎがぴょんと跳ね、絢花を呼んだ。


「あやちゃーん!」


 絢花は驚きに声も出ない。目だけを皿のように丸くした。てんびんうさぎは話し続ける。


「僕はてんびんうさぎ! 今夜だけ魔法使いなんだ! よろしくね!」

「よろしく……」


 絢花は思わず返事をした。てんびんうさぎはにっこり笑うと、絢花にてんびんを持っていない方の手を差し出す。


「さあ、僕の手を取って!」

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