第6話 愚者の試練Ⅲ
もし、喫茶店で
そう、俺のことである。
俺が過去にしでかした
俺はてっきり、
実際、明日香からすれば何の
しかし、あまりにも本心を包み隠さずに伝えてしまったのが良くなかった。
明日香は俺の本心を聞いた直後に
その反応を見てからでは遅いが、俺も自分で何を言ったのか自覚したのもその瞬間のことだった。
「もうちょっと、場所を選んでほしいかな……」
明日香は
恨めしそうに小声でつぶやく明日香を見て本当に申し訳ないことをしたと思うが、明日香の照れた顔もまた可愛いなと、そんな事を考えてしまった。
さて、そのような会話があって同じ場所に長く滞在できるほどメンタルが強くない俺は、とりあえず店を出て少し歩こうと提案して、二人肩を並べてゆっくりと散歩していた。
しばらく歩いて、俺はぎこちない空気に割って入るように話の続きを口にした。
「それで、さっきの話なんだけどさ」
「う、うん……」
「就職、しようと思うんだ」
「うん、本当はね。その話、しようと思ってた」
明日香は俯きながら、横顔からは気まずそうな表情を浮かべていると分かった。
「小説を考えている祐樹くんも、私は好きだけど」
明日香は深呼吸をするかのように間をあけて、俺の方を向く。
「私も、祐樹くんとずっと一緒がいいから」
「…………っ」
明日香は仕返しだと言わんばかりに、自分も照れながら笑顔でそう言った。
不意打ちで明日香の気持ちを聞かされた俺は、なんだか顔が熱くなっているのかもしれない。
あれれ? 熱中症かな?
「でも、ちょっと安心した」
「ん?」
「祐樹くん、ちゃんと考えていてくれたんだなって」
「ああ……まぁね」
嘘です。
本来の俺はもっと幼稚な男です。
何も考えていなかったから、未来の俺は後悔していたんだから。
「正直、小説で成果が出なかったのは悔しい。でも、それも俺の実力なのかもなって思うようになったんだ。でも、このまま
俺は、再び本心を口にした。
これは未来を見てきた俺の本心だ。
今さらどの口が言っているんだと、心の中の自分が訴えている気がした。
だけど俺は、今になって明日香の気持ちについて知りたくなったんだ。
「私が好きになったのは祐樹くんだよ。小説を書いていても、いなくても。私は祐樹くんのことが好きだから、幻滅なんてしないよ」
明日香の言葉を聞いて、俺は少しだけ後悔した。
恋人にそんな事を言ってもらえるなんて嬉しいはずなのに、未来で花嫁姿の明日香が幸せそうに笑っていた姿が脳裏をかすめる。
俺に、そんなことを言ってもらえる資格なんてない。
明日香の言葉が嘘だと言いたいわけではない。
この時点での明日香は、こんなくだらない彼氏との将来を案じてくれていた。
もしも、この試練が過去を変えるものだとしたら。
もしも、責任の
あの石像が言っていた内容とつじつまが合う。
タイムリミットも分からないし、ヒントもない。
もしかしたら今日で終わってしまうかもしれない。
けど、それがなんだってんだ。
この仮説が間違っていて、俺の人生が強制終了されても悔いはない。
これ以上の答えを俺に期待してくれるな。
俺は決意を新たにこぶしに力を入れて、明日香の方へ向き直る。
「既卒で雇ってくれる会社を探そうかと思う」
「うん、応援してる。祐樹くんなら大丈夫だよ」
明日香はそっと俺のこぶしに触れるように手を伸ばし、さらりとした手からは外気とは違う優しいぬくもりが伝わってくる。
手をつなぐなんて恋人なら自然なことなのに、俺はそんなことでさえ心臓が跳ね上がるように驚いてしまった。
「良い会社、見つかるといいね」
「ああ、そうだな」
俺は今まで居酒屋のアルバイトしかやってこなかったフリーターだ。
大学時代から自慢できるような資格や経歴なんて持っていない。
でもさ、こんな可愛い彼女と一緒に過ごせる未来があるなら、掴み取るしかないだろ!
☆☆☆
さて、結論から先に言ってしまおう。
どうやらこの試練とやらは1日で終わるわけではないらしい。
明日香と一緒にいた時は試練など知るかと言わんばかりに強気だったくせに、いざ自宅に戻って布団に入ろうとしても、その夜は寝付けなかった。
やっぱり死ぬのは怖いって。
今日1日で試練とやらが不正解だったら、俺の人生は強制終了されるかもしれないし、タイムリミットも何日残っているとか具体的な条件は提示されていない。
夜の0時を過ぎた頃に何も起こらなかったことに安心すると、そこから一気に緊張の糸が切れて強めの眠気がやってくる。
けれど、その眠気は自然なものだ。
コーヒーでも飲めば覚めてしまうような眠気。
俺はふわぁと布団の中で大きなあくびをした後に、今後の事を考えていた。
「就活、か」
独り言を天井に向かってつぶやいて、まるで言葉が雲のようにふわふわと浮かんで、同時に頭の中はバイトをどうするか、どうやって仕事を探すかなどの不安要素がぐるぐると駆け巡っていたが、しばらくすると俺は眠ってしまっていた。
朝が来て、起き抜けの頭に一つだけ浮かんだ答えは、シフトを減らしてもらえないか店長に相談してみようという事だけだった。
大丈夫。
まだ俺の命が続いているということは、まだ間違っていないはずだ。
この試練が無責任だった俺の過去を変えるためのものだとしたら。
俺は就職して、明日香との関係にもしっかりと責任を持ちたい。
彼女のためなら、俺はどんな責任だって持てる男になりたい。
俺の責任の在処は、彼女との未来にあると俺は信じたい。
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