小さな魔女が落ちてきた

双六トウジ

第1話

「よし、そろそろ店閉めるか」


 春川未来は、ニコニコ街のはずれにある工具店『ハルカワ工具』の一人息子だ。

 高校を卒業してすぐに店を継いだ孝行息子。それが両親とご近所の、彼への評価だ。

 少し前に父がすっ転んで足の骨を折って入院。母は父の世話の為に病院近くのホテルに滞在。

 だから今、家業は未来に託されている。


 だから今、未来は心細かった。


「あ~あ……」

 クリスマスイブの夜。満月の下、未来はあくびか落胆か分からぬ声を出した。

 両親がいなくなって以来の習慣になっている工具店の掃除をし終えて、彼は外に出て伸びをした。

 まだ連絡が取れている同級生たちは皆、親がいない時間を過ごせて羨ましがっていた。しかし今の彼には、この寒空はきつい。

「……だけど、あの月は綺麗だ。うん」どんなことにも幸運と幸福を感じるのは、彼の長所だ。

 そうしてぼぉっと満月を眺めていると……、黒い点が月に浮かんでいることに気づく。

「ん? なんだあれ」

 目を細めて観察をしてみると、その点はどんどん大きくなっていくのが分かる。そしてそれにつれもっと重大な事実が分かっていく。

 あれは人だ。ほうきに乗った、小さな人。いわゆる魔女の帽子を被っている。

「ま、魔女? いや、それより……」

 ここで未来が驚くべきは魔女が存在することなのだろうが、しかし優先すべきことがある。

 その魔女は、自分のほうに向かってきているのだ。

「え、うそだろ、来るなよ!」

 未来は慌てて後ろに走ろうとするが、しかし魔女はスピードを落とさない。いや、落とせないのだ。

 なぜなら瞼を閉じて眠っているのだから!


 ガーンッ、と鈍い衝突音。

 未来と魔女は、頭を打ち合った。


 ***


「うああああん、ほうきがこわれちゃったぁあああ」

 未来の目の前で小さな魔女が泣いている。

 小学生くらいの女の子が、魔女の帽子とローブを身につけ、折れたほうき片手に、わぁわぁと泣いている。

(バカ! 泣きたいのはこっちだ。見ろよ、おでこのたんこぶ。周りになんて言い訳をすればいいんだ)

 しかし幼い子に文句を言うわけにも行かないので、未来は閉める直前だった店に招いて暖かいお茶を飲ませてやった。

 そして、ほうきの柄(手で持つところ)を見る。乗るため用だからなのか、普通のほうきよりも太くて平たい。が、真ん中がポキッと折れている。ぶつかった時の衝撃でこうなったのだ。

「な、なぁ。あんまり泣くなよ。直してあげるからさ」

「……おにいさん、なおせるの?」

「う~ん。木工用ボンドとか、ダクトテープとかでなら?」

 斯くして、お人好しの未来は店の商品を開けてほうきを直すことにした。だって仕方ない。涙を溜めながら必死に喋る子供をほうってはおけない。

 割れた境目にボンドを塗って元通りにくっつけ、テープを何重にも回す。

 少し時間を置いてから、慎重に持ち手を触ってみる。一応くっついたようだ。

 それから外に出て、魔女に乗ってみてもらう。

「ほうきよ、わがめいれいをきくがいい。さぁ、うけっ」

 魔女がほうきに跨がりそう叫ぶと……、浮かない。

「あれぇ、なんでぇ?」

 その後何度もやったが、ダメだった。


 未来は仕方なくもう一度店に戻り、店の中のほうきを取り出す。

 しかし、それも魔女を空に飛ばすことはできなかった。

 未来は次々に店からほうき的な物を出した。モップ、枝切りばさみ、デッキブラシ、熊手。

 魔女は未来からほうき的な物を受け取る度、何回も呪文を唱える。

「さぁ、うけっ」「うけったら」「ねぇ、ういてよぅ」「……ぐすっ」

 ダメだ。また涙が出てきてしまった。

「はぁ……」さてはて、誰のため息だったのだろうか。


 ***


 冬の夜は寒くて悲しい。

 未来はもう一度店の中に魔女を招き、ストーブを焚いて暖かくしてやる。

 それから彼は店の二階に上がり、春川家の冷蔵庫を開けて牛乳を取り出す。それをカップに入れてレンジで暖め、魔女に差し出した。

「なぁ。君はどうして空を飛んでいたの? 居眠り運転は良くないと思うけど」

 未来は雑談のつもりだったが、魔女は顔を下に向けた。

「きょう、サンタさんのおてつだいしてたの」

「サンタの手伝い? 魔女が?」

「まいとし、ししょーやおかあさんたちがやってるの。ことしはあたしもやりたいっていったの。さいきん、とべるようになったから」

 衝撃的な事実だ。サンタは魔女だった。

 いや、一晩で世界中の子供にプレゼントを渡すのなら、たった一人のおじさんよりも多くの魔女のほうができる可能性は遙かに高い。

 どうして今まで気づかなかったのだろう、そんな当然の事に。

「君はちゃんとお手伝いできたの?」

「うん! たくさんあったプレゼントもね、ぜんぶくばれたよ!」

「おお、すごいじゃないか」

「でもほうきがないから、おうちにかえれない」

「ああ……、そっかぁ……」


「はぁー……」

 ふと、どこからかため息が聞こえてきた。

 それは自分のでも、目の前にいる小さな魔女のものでもなかった。


 未来が疑問に思ったその瞬間、彼の頭の片隅に「もっと店の奥を探せば何かあるかも」という考えが浮かんできた。それからすぐさま体が動き出し、店の奥に向かい始める。

「(あれ、これって本当に俺の意志なのか?)」

しかしその考えはすぐさま消え、手を動かすことだけに集中する。せざるを得ない。

「えーと、えーと、……おや」

 奥の倉庫を探してみると、なかなかいい感じのほうきがあった。

 柄がもともと魔女が持っていたものと同じような形だし、何となく頑丈そうな気がする。

 うん、これがいいかも。

 魔女に渡してみると、彼女の方もこれをいいと感じたらしい。すぐさま外に出て、ほうきに跨がり呪文を掛けた。

「さぁ、うくがいい!」

 ほうきはふわっと浮いた。

「わー! やったー!」魔女は大喜び。

「うわー! やったじゃーん!」未来も大喜び。

 ついでに手のひらをパチンと打ち合わせる。

 これでサンタクロースの手伝いを成した、偉大で小さな魔女はおうちに帰れる。


***


「おにいさん、これあげる!」

元々のほうきを渡される。

「……廃品回収じゃねえぞ、ウチは」

「でもね、もっててほしいの。サンタさんなのにあげれるものがなにもないから」

「……そうか、ありがとうな。そんじゃ、これでお別れだな。サンタのお仕事お疲れさま」

「うん! おにいさんもおつかれさま!」

 お別れの挨拶を交わした後、満月に向かって魔女は飛ぶ。

「今度こそ居眠り運転をするんじゃないぞ~」


 地上には、もう使えないほうきだけが残されていた。





「はぁー……」

 小さな魔女に魔法を教えている師匠は、長いため息を吐いた。

「弟子よ。一般人にサンタクロースの秘密を喋るとは、なんということです」

「も、もうしわけありません、ししょー……」

「さっきは私が助け船を出しましたが、次同じようなことをしたら許しはしませんよ」

「は、はい」




 


「未来ー、このほうき何? こんなのウチにあったっけ?」

「ああ、うん。そうだよ? 知らなかった?」

「なんか直した跡があるけど、これ捨てて新しいの買う?」

「え、駄目だよ! それ、大事なものなんだから」

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小さな魔女が落ちてきた 双六トウジ @rock_54

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