第37話 ギルドの変化

 ギルド最強格のパーティであるレッドフォードたちが敗れたヒュドラを、たった一人で倒した青年。

 噂になっていた全身鎧の正体は、鎧鍛冶のルカだった。

 それは、ギルド始まって以来の大事件として知れ渡ることになった。


「ヒュドラを一人で倒したって本当なの?」

「どんなスキルを使ってるんだ!? 戦い方は!?」

「そもそもいつからダンジョンに潜ってたのよ!?」

「おい! 噂の鎧鍛冶が来てるぞ!」


 ルカが三日ぶりにギルドに顔を出すと、冒険者たちが一斉に押し寄せて来た。


「ほ、本当に竜胆石、使っちまったのか!?」

「本当だよ」


 中でもヒュドラの持つ『竜胆石』に関しては、特別関心が高いようだ。

 万病を癒すが、数がない。

 ゆえにそれ一つで貴族にもなれてしまうほどの富が得られる、奇跡のアイテム。

 ヒュドラを倒した後、ルカはトリーシャと共に帰還。

 その日のうちに竜胆石を煎じて使用した。

 翌日には小康状態まで回復したトリーシャの母は、娘の看病もあってすでに日常生活に戻りつつある。

 今にして思えば、一人で抱えてしまうクセは母親に似たのだろう。

 沸き立つギルド。

 そんな中で一人、ルカを待っていたのはユーリだった。


「……君は、冒険者だったのか」

「正確には違うんだけど、ダンジョンにもぐってたのは間違いないよ」

「どうしてその事を隠していたんだ?」

「それは――」


 ルカがその理由を話そうとしたところで――。


「おーいおいおい! 誰かと思えばルカ・メイルズさんじゃねえかぁ! ああ!?」


 現れたのは元金髪の冒険者ことテッド。

 いつも通りの大げさな物言いでルカの前にやって来ると――。


「お疲れ様ですっ!!」


 ズバッと頭を下げた。

 テッドは自分より立場が上と見なした者には、即座に態度を変えられるタイプのようだった。


「そういうことか……」


 察したユーリが息を吐く。

 ルカはギルドの雑用係。

 冒険者でもない人間が突然ダンジョンを異常な早さで攻略し始めたら、周りは良く思わない。

 そうなれば当然、面倒なことも起こってくるだろう。

 だが。それも結果一つで変わってくる。


「オラァ! ルカさんが来たぞ! 道を開けろザコ共ォ!」


 冒険者の集まるこのギルドには、『強さ』が尊ばれる風潮がある。

 ギルドでもトップクラスの実力者となった今なら、面倒を心配する必要もないだろう。

 とはいえ、これにはさすがに苦笑いのルカ。

 ……ユーリもこんな風にできたら、今頃みんなに愛されてるだろうなぁ。


「今どうして私を見ながら苦笑いをしたのかな?」

「いや、なんでもない」


 鋭い視線を向けてくるユーリに、思わず目をそらす。

 するとそこにやって来たのはレッドフォード達。

 三人並んで、礼儀正しく頭を下げる。


「礼を言う。君には命だけでなく、功を焦った自らを反省する機会までもらった」

「そんな大したものじゃないよ」

「復帰次第、受付の彼女にも謝罪をするつもりだ」

「今日はこれからダンジョンへ?」

「ああ、俺たちにはもっと……修練が必要だからな」


 覚悟を新たに、ダンジョンへ向かうレッドフォード達。


「俺も……後始末をしないとな」


 あの日ルカは、仕事を放り出してダンジョンへと飛び込んだ。

 そのまま三日。連絡もせずにトリーシャとその母のそばにいた。

 さらに禁止されている『冒険者登録なしのダンジョン攻略』まで犯してしまっている。

 どんな形であれ、その件について話をつけなくてはならない。


「――――ルカ」


 折よくやって来たギルドマスターが、ルカの姿を見つける。

 二人の間に流れる、険悪な空気。

 マスターはその強面に深いしわを寄せ、鋭い目を向けてきた。そして。


「すまなかった」


 唐突に頭を下げた。

 驚くルカのもとに、マスターを押しのけて壮年の男たちがやって来る。


「あんたがここの鎧鍛冶か!? こいつらめちゃくちゃじゃねえか! ベルトの交換一つでも平気で人にやらせるくせに、一日で装備一式直せとかバカなこと言いやがって! そんなにズレが気になるんだったら直接肌に縫い付けやがれ!」

「まったくだ!」


 二人の怒声に、居心地悪そうにする冒険者たち。

 ルカが来なかった三日間、ヒュドラ退治の話に奮起した冒険者たちが多かったせいで仕事が激増した。

 いよいよギルドマスターは付近に住む退職済みのベテランを呼び寄せたが、それでも二、三日待ちが当然になった。

 聞けば、それが当たり前なのだという。


「どうやら俺たちは、勘違いしてたみたいだ」


 そこにいて当たり前だった青年は、ギルドを支える貴重な柱の一つだったのだ。

 ベテランたちに強めに怒られたことで、その事にようやく気がついた。


「そのうえギルドの顔でもあるトリーシャや、主力のレッドフォードたちを助け出してくれた。ともすれば他にもヒュドラの犠牲になってたヤツだっていたかもしれねえ……全部お前さんのおかげだよ、助かった」


 そう言ってもう一度、頭を下げるギルドマスター。


「……それでこれからどうするつもりなんだ? なんだったらこのまま冒険者になってもいいぞ。未登録攻略の件は俺の方で収めておく」

「いえ、鎧鍛冶自体は続けていきたいです」

「分かった。ダンジョン攻略については特別な資格を作る形でなんとかしよう」

「それが可能なのであれば、お願いします」


 目的は達成したものの、【魔装鍛冶】のスキルはその上限を見せる気配がない。

 また、ヒュドラ戦によって得たのは竜胆石だけではなかった。

『思わぬ鉱石』の発見が、さらなる可能性を示している。

 どうせなら行きつくところまで行ってみたい。

 そうなれば、さらなるレベルアップのために鎧鍛冶の仕事は必要不可欠だ。


「さっそく仕事、手伝ってきます」

「すまねえな」


 そう言い残して鍛冶場へ向かうと、すぐさま仕事に取り掛かる。

 そもそもルカは、鎧自体が好きなのだ。


「……お前さん、とんでもない効率化をしてんだな」

「道具の配置にまで全部意味があったのか……やるねぇ」


 ルカの早く的確な仕事に、驚く鎧鍛冶たち。

 その日、噂の全身鎧を一目見ようと集まった冒険者たちによってギルドは絶えず賑わい続けた。

 集まって来た冒険者たちによって仕事も増え、ルカは忙しい時間を過ごすことになるのだった。

 ただ、これまでと違うのは――。


「兜のへこみ、終わったよ」


 鎧鍛冶がさらに楽しくなったこと。そして。


「もうできたんですか!? ありがとうございます! ありがとうございます!」

「ルカさん! こっちも、こっちもよろしくお願いします!」

「あ、うん……」


 その急な手の平返しが、むず痒くてしょうがないことだった。

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