第22話 晴れ間のひと時

「おいおい、こりゃまた上物じゃねえか」


 行商人は驚きの声を上げた。


「どれくらいになる?」

「そうだな、不死の王が残した宝玉も合わせると……こんなもんか」

「いい額だ……」


 提示された金額は、なかなかのものだった。


「それなら銀と同じ量でいい。今度は……ダマスカスを頼めるかな?」

「はいよ、了解」

「それと……竜胆石についての情報は何かあった?」

「いいや、やっぱり単純に存在自体が確認されてない。七年前のはすぐに使われちまったみたいだし」

「そっか。何かつかんだら頼む」

「はいよ、それじゃまた」


 行商人はギルドをあとにする。

 ルカが求めているのは、どんな病も治す妙薬の原料『竜胆石』

 そして、その竜胆石を持つ魔物の発生情報だ。

 圧倒的な希少性と、『超』が付くほどの高価格。

 竜胆石を求めて魔物と戦うにしろ、発見者や入手者と交渉をするにしろ、いち早い動きが重要になる。

 その時に備えてルカは、早くも新素材に手を伸ばす。

 メモを取り出し、【次の素材】のスキル値をもう一度確認する。



【ダマスカス】:耐衝3・耐魔2・パワーレイズ3・滑走跳躍1・魔力開放1・耐火耐熱

【ミスリル】 :耐衝2・耐魔3・パワーレイズ1・滑走跳躍2・魔力開放2・耐火耐熱・抗瘴気



「ダマスカスとミスリルの混合鎧なのは間違いないとして、担当箇所だよなぁ……」


 ダマスカスを試してみての結果次第ではあるが、その辺りは悩ましい数値だと言える。


「まあ、その前に鉄鎧と組ませることになるから一度打ち直しが必要なんだけど」


 そう考えると、やはりガントレットか。

 ただし今度は【パワーレイズ】が『3』あるから武器を持つ右腕にして、左腕は鉄製で防御固め。

 いざという時にはまた【魔力開放】専用の青銅ガントレットに換えるというのが無難だろう。

 そんなことを考えながら、ルカは鍛冶作業に戻る。


「あんまり……忙しくない」


 しかし今日は、稀に訪れる凪のタイミング。


「そこの剣士さん、その鎧の傷直していかない?」

「要らねえよ、こんなのかすり傷だ」

「そこの魔術師さん、バックラーの接続は大丈夫?」

「問題ない」

「そこの魔獣使いさん、首輪をゴツイ鎖に新調しない?」

「鳥に首輪はいらねえよ」

「そこの剣士さん…………直したベルトの調子はどう?」


 凛々しい歩き姿でやって来たユーリに、声をかけるルカ。 


「まったく、何度確認しても同じだよ。君には私がそんな甘い冒険者に見えているのか?」


 ユーリはお得意の冷淡さで問い返して来る。


「ユーリ」

「なにかな?」

「……お弁当は持った?」

「……はい? いや携帯食がある」

「剣は? 剣は持ったの?」

「ここにある」

「トイレに行きたくなったら我慢せずに――」

「分かった分かった! 私が悪かったよ! やはりまだ私の事を許していないんだな!?」

「そんなことないよ」


 赤面しながら謝り出すユーリに、思わず笑う。


「気をつけてな」

「…………行ってくるよ」


 恥ずかしさに慌てつつ、ユーリはギルド酒場を後にした。


「おいルカ」

「はい?」


 そんなユーリを見送ったルカに声をかけて来たのは、ギルドマスター。


「ここは俺が見ておくから、お前は森に薬草取りに行ってこい」

「薬草?」

「天気もいいし、そろそろ生やしっぱなしじゃもったいないだろ?」

「あー……」


 薬草摘みでは【魔装鍛冶】のレベルは上がらない。

 これと言ってプラスにならない、完全な雑用に息を吐くルカ。すると。


「はいっ、それならわたしも行きます」


 そう言ってピンと手をあげて、雑用に名乗りをあげる少女。


「ほら、行こう」


 笑顔で駆け寄ってきたのは、トリーシャだった。



   ◆



 冒険者向けの宿屋や飲食店、ギルドの出入り業者などの家が並ぶ一帯を抜け、森を進むことわずか。

 心地よい陽光の中で、二人は雑談をかわしながら薬草を摘んでいた。


「なんだか懐かしいね、こうやって一緒に薬草摘むの」

「そう言えばそうだな。昔はよく手伝いでやらされてたっけ」

「……なんだか最近、前にも増して忙しそうだよね」

「あー、そうかもな」


 夜はダンジョンに潜っている日もあるため、トリーシャにはそう見えたのだろう。


「でも前よりは楽しそうな感じだから、ちょっと安心したよ」

「まあ、無理しないよう気をつけるよ」


 そう先に言ってやると、トリーシャは「よろしい」と言って笑う。


「よし、こんなもんで十分だろ。二人で採っただけあって、すぐ終わったな」

「ねえねえルカ。薬草はいっぱい採れたし、少しサボっちゃわない?」

「サボる? どうやって?」

「んー、そうだ! 川に行こうよ!」


 提案するや否や、トリーシャは走り出す。

 たどり着いたのは、薬草の生地からまた少し歩いた先にある河原。

 幅が広く深度は浅いその川には、透き通った水が流れている。

 気分転換にはもってこいだ。


「うわー冷たい!」


 さっそく足首まで水に浸かったトリーシャが声を上げる。


「ルカも来なよ」

「俺はいいよ」

「ほらほら、おいでって」

「俺は大丈夫だよ」


 繰り返してそう言うと、トリーシャはニヤッと口端に笑みを浮かべた。


「あっ、これはマズい予感!」


 ルカの予想は見事的中。

 トリーシャは両手でくんだ水を飛ばして来る。


「冷てっ! こらやめろ!」

「来ないならこっちから行くまでだっ!」


 バシャバシャと水をすくっては飛ばして来るトリーシャ。

 いよいよスカートをたくし上げると、その足で豪快に水を蹴り上げた。

 舞い散った水滴が太陽の光を反射してキラキラと輝く。そして。


「あっ!」


 勢いよく足を上げたトリーシャは、そのままバランスを崩して尻もちをついた。


「あはは、ビショビショだよぉ」


 そう言いながら、じっとルカを見て……。


「道づれだー!」

「やめろー!」


 そのまま正面から抱き着いてきたトリーシャに押されて、ルカはしぶきをあげて倒れ込む。


「……お、重い」

「これは成長だよっ」


 即座に反論するトリーシャ。

 ……確かに。

 自身を上から押し倒す形になっているトリーシャを見て、ルカは思わず息を飲む。

 少し視線を下げた先には、水にぬれたせいで服がぴったりと張り付いた大きな胸。

 そして、谷間が丸見えだった。

 明るい性格だけでなく、実はそのスタイルの良さもギルドで人気の理由だ。


「ん? あ、もしかして水に滴っちゃうギルド嬢の、妖艶な一面に惚れ直しちゃったかな?」

「……直したってことは、最初から惚れてはいる設定なんだな」

「おやおや、違いましたか?」


 トリーシャはさらに「んー?」と顔を近づけてくる。

 その大きな瞳が、ルカでいっぱいになるほどに。


「それでいいです」

「よろしい」


 うんうん。と満足げにほほ笑むと、立ち上がって川をあがる。

 スカートをたくし上げ、肉付きの良い太ももをあらわにすると、トリーシャは大きな石の上に腰を下ろした。


「こんなの何年ぶりだろ」

「本当だな」


 二人一緒になって、駆け回っていた頃を思い出す。


「トリーシャは相変わらずだな。川に行きたいっていきなり突っ走って行くところとか」

「そうかな?」

「登りやすそうな木があるからって駆け上がって、降りれなくなったの忘れたか?」

「それを言ったらルカだって、ヘビに木の枝でケンカを仕掛けて追い回されてたよね?」

「薬草を取りに行った二人がボロボロになって帰って来るんじゃ、元も子もないよな」

「それでお母さんに何度も怒られたもんね」

「……そういえば。病気は大丈夫なのか? トリーシャは早帰りを続けてるみたいだけど」

「んー、今度は少し長引いてるみたい」


 もう何年にもなる、トリーシャの母の病気。

 それは、放っておけば自然と良くなるものではない。


「でも、大丈夫だよ」


 そう言ってトリーシャは笑ってみせる。

 その前髪から落ちる水滴が、陽光をキラリと弾いた。


「いい気分転換になったね」

「……もしかして、俺の調子を確認するために外出を志願したのか?」

「ん? わたしも気晴らししたかったからだよ?」

「わたしもってことは、俺も含めてってことだなぁ」

「ふふ、そうだね。さーて、そろそろ帰ろっか」


 元気よく立ち上がったトリーシャは、ギルドへの道を戻り始める。

 その背を見て、ルカは不意にトリーシャの母親にかけられた言葉を思い出した。



『――この子は元気で面倒見がいいんだけど、一人で抱える癖があるから、その時は頼むよ』



 そんな、懐かしい言葉を。

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